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日々修行251 財団法人の設立と移行

財団法人というと、以前は格調が高い団体という印象があって、設立するためには最低でも1億円は用意しないといけないという事実が大きく関係していました。 1億円というと、それほどの金額ではないという人がいないではなくて、その金額を用意するから財団法人を設立してほしいという依頼を受けたことが何度かあります。 その依頼は、今の特定非営利活動法人(NPO法人)の設立くらいの軽い感じでしてくる人が多


セカンドステージ52 他人が決めた仕組みからの脱却

新たな活躍のステージを考えるとき、これまでの仕事の経験と実績、得意分野や人脈を活かそうとするのは当然のことです。もちろん、これまでとは違ったこと、場合によっては逆のことに挑戦しようとする人がいるのは承知しています。 本人としては大きな変革をするつもりで、周囲が驚くような行動の決断であっても、看板を変えただけと見られることがあります。それでは、せっかくの決断が活かされないことにもなります。


発達栄養学43 視覚過敏で起こる食事への影響

感覚過敏の視覚過敏では、白いものしか食べられないという子どもがいる一方で、逆に白い食べ物や飲み物が嫌いであったり、まったく受けつけない子どもも少数派ではあるものの、存在しています。 これは視覚過敏が原因であるだけでなく、記憶や思い出が関係していることもあります。 牛乳が飲めない理由が、牛が大きくて怖い、牛が臭くて牛乳も飲めない、嫌っている牛乳を無理に飲まされてから拒否反応が起こるように


5月7日の記念日

「ココナッツの日」キリン・トロピカーナがコ(5)コナッ(7)ツの語呂合わせで制定。 「ブラックモンブランの日」竹下製菓(佐賀県小城市)がアイスクリームのブラックモンブランが発売された1969年5月7日にちなんで制定。 毎月7日:「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「Doleバナ活動の日」(ドール)


日々修行250 左利きの矯正

日本の文字は右利きを原則として作られているので、左利きには不利となるという認識がありました。そこで字を書く機会が増える小学生になる前に矯正されるということは当たり前のように行われていました。 左利きの割合は世界的には10%ほどです。日本人の場合には右利きが88.5%、左利きが9.5%とされています。残りの2%は何かというと両利きです。 自分のことで言うときに“二刀流”は言い過ぎかもしれ


学習特性サポート30 視覚系に課題がある場合の読み書きの困難さ

文が読めない子どもで、視覚系に課題がある場合には、繰り返し練習をしても文字を一つずつ拾って読む逐次読みが続くことがあります。 聞いて理解する能力は年齢相応か年齢以上であっても、読むことと文字を追うことが精一杯で、意味を理解しながら読むことができない状態が続きます。 これは視覚系に課題がある場合が多く、目と顔全体の動きを分離することが不十分で、目だけを動かして文字を追っていくことに苦労を


業苦楽18 後ろから竹槍で刺される

共通の敵と戦っているときには、どんなに強敵であったとしても敵の方だけに気を使っていればよい、というのが常識的な判断です。そして、自分と一緒に戦っている味方は、強ければ強いほど安心できる存在です。 敵との戦いに勝ったら、それでよいということではなくて、そこからが本当の戦いが始まります。敵との戦いに勝ったとしても負けたとしても、敵がいなくなった途端に、これまで味方であった人が急に敵に変わることが


5月6日の記念日

「ふりかけの日」国際ふりかけ協議会が、ふりかけの元祖とされる吉丸末吉薬剤師の誕生日の1887年5月6日にちなんで制定。 「コロッケの日」味のちぬや(香川県三豊市)がコ(5)ロッケ(6)の語呂合わせで制定。 「アクティブシニアの日」タカラベルモント(大阪府大阪市)が、こどもの日の翌日を元気なシニアをイメージして制定。 「コロネの日」山崎製パンがコ(5)ロ(6)ネの語呂合わせで制定。


学びの伴歩14 学習障害の特性

学習障害(LD:Learning Disabilities)は、全般的な知的発達には問題がなく、視覚、聴覚にも問題がなく、さらに学習環境や本人の意欲にも問題がないにも関わらず、読む、書く、計算するなどの学習に必要な基礎的な能力のうち一つないし複数の特定の能力について、なかなか習得できなかったり、うまく発揮することができないことによって、学業成績や日常生活に困難が生じる状態を指します。 学習障


日々修行249 ずっと敬語で話していた

久しぶりに大学時代の同年代の同窓生と会ったときに、自分の話し方を再確認することになりました。 話し方については、これまでも意識はしていたものの、長い年月を一足飛びに縮めて(40年以上も会えていなかった)、大学時代とあまり変わらない(と感じさせる)口調で話してくるのに対して、私はといえば敬語を使って話をしていました。 大学時代の距離感や上下関係を引きずっているというわけではなくて、敬語で