私にとっての「予算にない仕事」の経験は、臨床栄養の民間の研究所のメンバーになったとき(1986年)から始まりました。その研究所は国立病院の栄養部門のトップにいた管理栄養士が退職を1年早めて設立したHDS研究所といって、HDSはHospital Diet System(病院栄養管理)の略です。
私が主任研究員として渡された名刺には、HDS研究所とあるだけで、病院も栄養も書かれていませんでした。Dietは、栄養業界では“やせること”ではなくて、栄養管理であることは常識だったからです。
研究所のメンバーは病院出身の管理栄養士、医師、医学博士、大学教授などの“先生”で、栄養や医学の世界では太刀打ちできない方々ばかりです。私に求められたのは機関誌の取材と編集、新たに設立する団体の事務局、広報活動などで、先生方の不足しているところを補うことくらいでした。
補うことだけでは面白くないという考えがあり、補って完璧な形になったら、その完成形と私が得意とする“何か”を掛け合わせることを期待していました。
そのときに着目したのは一般的なDietのイメージでした。やせるのはダイエットではないと病院関係者が力説しても、一般の人にはやせる、食事を減らすというイメージがあるので、臨床栄養の世界でいうDietの普及・広報ということで一般向けの活動として雑誌やテレビ番組などへの先生方の考えを伝えることを仕事にさせてもらいました。
そこで役立ったのがHDS研究所の名刺で、私はHospital Diet System以外に「Healthy Diet Science」の意味があると説明して、知り合いのメディアに売り込みを始めました。
〔小林正人〕






