意味解明4 おしゃかになる

「おしゃかになる」というのは、使い物にならなくなる、出来損ないになる、駄目になるという意味があって、漢字では「お釈迦になる」と書かれます。この“お釈迦”は、お釈迦様、つまりブッダを指していて、悟りを開いて、仏教を広めた偉大な存在が使い物にならないというのは、なんとも奇妙な感じがします。

幼いころは、母親の実家の寺院に親元を離れて暮らしていたのですが、私の誕生日(4月8日)には門徒(檀家)の方々が集まって、お祭りごとをしていました。

私の誕生祝いをしてくれていたわけではなくて、お釈迦様の生誕日を祝う花祭り(灌仏会)でした。

おしゃかになるという言葉を初めて聞いたのは、幼いころの住職の祖父からで、そのときには鋳物職人が阿弥陀像を作るつもりだったのに、間違って釈迦像を作ってしまったので、注文と違うものになった、ということでした。

江戸時代の鼈甲(べっこう)細工の職人が、鼈甲を柔らかくするために火をあてていて、火が強すぎると鼈甲が変形して使い物にならなくなるということから、“火が強かった”が「しがつようか」にかけて、お釈迦になると言うようになった、ということを後に知りました。

次の説は、江戸時代の博打打ちが勝負に負けて、身ぐるみを剥がされたときにも“お釈迦になる”というものです。花祭りでは誕生仏(幼少時代の釈迦像)に甘茶をかけて供養をしますが、その像は裸であったことから使われるようになったということです。

どれが正解かというよりも、庶民の言い伝えは諸説があるのが常です。期待と違うことになるということでは共通しているわけで、ちょっとした過ち、判断ミスで取り返しがつかないことがないように、慎重に進めていくべきだという戒めの言葉です。
〔小林正人〕