今でこそ一般市民が公益活動を実施するための基盤として、複数の法人の形態があるので、目的や手段によって選択をすることは可能ですが、今から30年ほど前は公益活動をするための法人の選択が極めて限られていました。
その代表的なものは社団法人と財団法人で、そう簡単には設立できない制度上の縛りがありました。社団法人は人を基盤とする制度で、活動内容はもちろんのこと、全国組織であって、会員の数も厳しく定められていました。
財団法人の基盤となるのは活動を推進していくための財産(資金)で、30年前であっても1億円は必要とされていました。これは会社の資本金とは発想が異なっていて、この公益活動のための基本財産は減らすことができないものです。
1円でも下回るようなことがあったら財団法人ではなくなる、取り消されるという制度で、これを知ったら現在の公益財団法人と一般財団法人の制度は、いかに“楽なもの”かということがわかります。
当時は、社団法人も財団法人も選択肢に入らない場合には、収益よりも公益活動を目的とした会社(株式会社、有限会社)を設立するか、もしくは任意団体として活動するという形しかなかった時代でした。
当時は任意団体でも金融機関で口座を開設できたことから、かなりの数の団体が設立されました。社会的意義がある団体であっても、簡単に設立できて簡単に解散できるということで、中途半端な活動で終わってしまう例は、いくらでもありました。
このような状況が一変することになったきっかけは、阪神・淡路大震災(1995年)でした。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕






