「ガパオの日」ガパオ食堂のベース(東京都渋谷区)が、設立日の2007年6月8日にちなんで制定。
「ロハスの日」スーパーホテル(大阪府大阪市)が、地球環境と健康を意識した行動様式のLohasの取り組みを知ってもらうためにロ(6)ハ(8)スの語呂合わせで制定。
毎月8日:「お米の日」、「歯ブラシ交換デー」(ライオン)、「ホールケーキの日」(一柳)、「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「にわとりの日」(トリゼンフーズ)、「スッキリ美腸の日」(日本美腸協会)
「ガパオの日」ガパオ食堂のベース(東京都渋谷区)が、設立日の2007年6月8日にちなんで制定。
「ロハスの日」スーパーホテル(大阪府大阪市)が、地球環境と健康を意識した行動様式のLohasの取り組みを知ってもらうためにロ(6)ハ(8)スの語呂合わせで制定。
毎月8日:「お米の日」、「歯ブラシ交換デー」(ライオン)、「ホールケーキの日」(一柳)、「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「にわとりの日」(トリゼンフーズ)、「スッキリ美腸の日」(日本美腸協会)
「三献の茶」は、豊臣秀吉と石田三成の出会いから生まれた言葉で、名言として文句が出ないような物語性があります。
石田三成は安土桃山時代の武将で、豊臣秀吉に仕えて、豊臣政権の中核を担った五奉行の一人として知られています。
秀吉が近江国の鷹狩りの帰りに喉の渇きを感じて、寺院に立ち寄り、寺小姓に茶を所望します。そのときに寺小姓は、最初に大きめの茶碗でぬるめの茶を出し、次に一杯目よりやや小さい茶碗で熱めの茶を出し、最後に小振りの茶碗で熱い茶を出しました。
ぬるめの茶で喉の渇きを鎮めさせ、後に熱い茶を充分に味わってもらうという寺小姓の細やかな心遣いに感服した秀吉は寺小姓を家来として召し抱えました。これが後の石田三成だ、という逸話です。
この逸話の舞台は観音寺(滋賀県米原市)と伝えられていて、これが三献の茶(または三杯の茶)と呼ばれています。
この逸話を見習って、後に同じことをして出世を願う人が相次いだとも伝えられていますが、その通りにすれば同じ結果になるとは限りません。むしろ同じ結果にならないほうが多いはずです。
逸話が広く知られていれば「真似をしているだけか」と言われることになります。逸話を知っていなくても、お茶を飲む人の気持ちがわかっていなければ、余計なことをしたと言われかねません。
「小さな親切、大きなお世話」と言われるか、言われないかの差は、相手を思いやる心の持ちようであり、ワンパターンではなく、臨機応変の対応にかかっています。
三献の茶(さんけんのちゃ)は、相手の思いをつかんで対応したからこそが名言として伝えられているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
発達障害児の支援をするときに心がけることとして、よく言われるのが平等と公平の違いの認識です。“平等”は、同じような支援をすることで、その例として壁があって、そこに背の高さが違う子どもがいて、野球などのスポーツ競技を見ているシーンが使われます。
1人は背が高くて頭が壁から出ているので壁の向こう側を見ることができます。2人目は頭の先が壁の上端に届きそうで、もう1人は壁の上端までかなりの距離があります。
全員に同じ高さの踏み台を用意するのが平等の例としてイラストに描かれています。それだと1番目の子どもは踏み台がなくても見えているので余計なものとなります。2番目の子どもは頭が出て見ることができます。
3番目の子どもは踏み台に乗っても頭が出ないので見ることができません。そのような結果に違いが出て、平等のつもりが不平等になっていることを示すのに使われています。
これに対して“公平”は、同じ高さの踏み台を用意するのではなくて、それぞれの子どもに合わせることで、背の高い子どもには踏み台は必要ありません。
2番目の子どもには踏み台を1個用意して、背が低い子どもには踏み台を2個用意して、全員の頭が壁から出て、全員が見られるようにしてあげることを示して、平等と公平の違いを理解するように例示しています。
これは発達障害がある子どもに対する対処・対応でも同じことで、機会の均等の平等ではなく、結果が均等になるようにする公平を考える教材となっています。しかし、それが本当の公平なのかというのが、今回の「新たな認識」という問いかけです。
障害の状態に差がある子どもにとっては、同じ高さの壁でも困難さが異なります。
壁の違いという障壁を越えさせることに着目するよりも、さらに進めて壁そのものを取り除く、壁が取り除けないなら、障害に関係なく見ることができるように、ちゃんと見ることができる観客席を用意するといった選択もあるはずです。
これまで常識とされてきた支援でよいのか、他の方法はないのかと考える機会を与えることが障壁を取り除くために必要だと考えています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕
「高くてもよいものを」は、価格が高くても健康効果が得られるものを買ってほしい(売る側)、価格が高くても健康効果が得られるものを買いたい(買う側)という感覚・感情です。
このことが醸成されるまでは、価格競争に巻き込まれるのは仕方がないことです。
ある程度の価格帯の商品であれば、高級感や食のブームなどを打ち出して高めの価格設定をすることは可能です。低価格商品と高価格商品では2〜3倍の差があるというものも少なくはありません。
ところが、私たちが業界の全国PRに携わった納豆、豆腐、豆乳には通じにくいことです。しかし、それぞれの商品の健康効果が正しく伝われば、高いものであっても買ってもらえるという期待は以前からありました。
実際には、スーパーマーケットなどでは納豆も豆腐も目玉商品、特売商品の代表的なもので、低価格にする客寄せに使われることもあって、低価格競争(値引き競争)に巻き込まれて、販売数が伸びて、売り上げが伸びても、利益は伸びないという実情がありました。
しかも冷蔵をして販売するので、流通ルートでも冷蔵が必要で、さらに容器やパッケージの費用も食品材料の価格からすると高くつくという状態でした。
そうであっても、多くの種類がある、選択肢があるということが伝われば、価格競争に巻き込まれないという業界の願望をかなえることができます。
その先陣を切って全国PRに取り組んだのは全国納豆協同組合連合会で、その有効性の部分とメディア対応が私たちのところに回ってきました。その初めのイベントは2002年の“納豆の日”(7月10日)でした。
四半世紀をかけて続けてきた全国PRも、価格高騰と実質賃金の据え置き(逆にマイナス)という時代には危機的な状況と見られています。
今は「安い=売れる」という時代であり、日々の食材費からすると安い納豆や豆腐は、それでも優先的に購入されています。これを喜んでよいのかどうか判断が難しいところがあります。
今だけでなく、これからもあらゆるものが値上がりする時代であっても、他の食品の値上がり率が高くて、逆に目立たなくなっています。
しかし、商品の分類でみると価格差が大きくなっていって、より健康効果が期待できるものが求められる風潮は変わっていません。
それを私たちの全国PRへの取り組みの成果と言うことはできなくても、納豆と豆腐の健康効果、食品のアレンジによるプラスの健康効果の情報発信が続けられてきたことが少しは貢献しているのではないかと考えているところです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
「おしゃかになる」というのは、使い物にならなくなる、出来損ないになる、駄目になるという意味があって、漢字では「お釈迦になる」と書かれます。この“お釈迦”は、お釈迦様、つまりブッダを指していて、悟りを開いて、仏教を広めた偉大な存在が使い物にならないというのは、なんとも奇妙な感じがします。
幼いころは、母親の実家の寺院に親元を離れて暮らしていたのですが、私の誕生日(4月8日)には門徒(檀家)の方々が集まって、お祭りごとをしていました。
私の誕生祝いをしてくれていたわけではなくて、お釈迦様の生誕日を祝う花祭り(灌仏会)でした。
おしゃかになるという言葉を初めて聞いたのは、幼いころの住職の祖父からで、そのときには鋳物職人が阿弥陀像を作るつもりだったのに、間違って釈迦像を作ってしまったので、注文と違うものになった、ということでした。
江戸時代の鼈甲(べっこう)細工の職人が、鼈甲を柔らかくするために火をあてていて、火が強すぎると鼈甲が変形して使い物にならなくなるということから、“火が強かった”が「しがつようか」にかけて、お釈迦になると言うようになった、ということを後に知りました。
次の説は、江戸時代の博打打ちが勝負に負けて、身ぐるみを剥がされたときにも“お釈迦になる”というものです。花祭りでは誕生仏(幼少時代の釈迦像)に甘茶をかけて供養をしますが、その像は裸であったことから使われるようになったということです。
どれが正解かというよりも、庶民の言い伝えは諸説があるのが常です。期待と違うことになるということでは共通しているわけで、ちょっとした過ち、判断ミスで取り返しがつかないことがないように、慎重に進めていくべきだという戒めの言葉です。
〔小林正人〕
「緑内障を考える日」緑内障フレンド・ネットワークが、緑(6)内(7)の語呂合わせで制定。
「むち打ち治療の日」むち打ち治療協会が、む(6)ち打ちをな(7)おそうの語呂合わせで制定。
毎月7日:「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「Doleバナ活動の日」(ドール)
三波春夫さんの「チャンチキおけさ」は、故郷を離れて都会で働く若者の郷愁を誘った歌詞の内容であったことが大ヒットの大きな要因だと伝えられていました。
「チャンチキおけさ」のおけさは佐渡おけさにちなんだもので、佐渡島に伝わる民謡です。
佐渡島は、3歳から小学校入学直前まで暮らした母親の実家の寺院(新潟県出雲崎町)の遠景に見えていて、佐渡おけさのことも聞いていたのですが、楽曲として聞いたのは小学生になってからなので、私にとっての“おけさ”は「チャンチキおけさ」でした。
「チャンチキおけさ」の賑やかな曲調からのイメージだったので、佐渡おけさも随分と賑やかな民謡なのかと思っていたら、まったく違っていました。
「チャンチキおけさ」は明るい雰囲気を感じても、歌詞を見ると哀愁を帯びていて、集団就職で上京して都会で暮らすようになった方々が歌った気持ちも、よくわかります。
1番
月がわびしい 路地裏の
屋台の酒の ほろにがさ
知らぬ同志が 小皿たたいて
チャンチキおけさ
おけさ切なや やるせなや
2番
一人のこした あの娘
達者でいてか おふくろは
すまぬすまぬと 詫びて今夜も
チャンチキおけさ
おけさおけさで 身をせめる
3番
故郷を出るとき 持って来た
大きな夢を さかずきに
そっと浮かべて もらすためいき
チャンチキおけさ
おけさ涙で くもる月
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
2002年から2004年は健康ブームの真っ只中で、テレビ各局も競うように健康をテーマにした番組を制作していました。大人気番組の「発掘!あるある大事典」の最終回は2004年の3月でした。
2001年は国の行政改革で厚生省と労働省が統合されて厚生労働省となり、今も続く施策が次々に打ち出されていきました。保健機能食品等のアドバイザリースタッフの通知が厚生労働省から発表されたのは2002年で、これは2001年から始まった医薬品成分を食品成分として販売できる食薬区分の変更と重なる時期でもありました。
2001年はコエンザイムQ10が許可され、2002年はL–カルニチン、2004年はα–リポ酸と、代謝促進成分が3種類とも食品・サプリメントの成分として販売することになりました。
その一方で、食品そのものの健康効果への関心も高まり、テレビ局(全国キー局)から新たな切り口での高視聴率の獲得の機運が高まっていました。
2002年は納豆、2003年は豆腐、2004年は豆乳とメディアを活用した全国PRが始まりました。それと時期が完全に重なったことから、いかにテレビ番組の企画として入れ込むかが全国PRの成功を左右する判断基準とされました。
その頃は健康番組で、他の番組との違いを出すために、通常ではあり得ない食品を組み合わせて番組内で調理する、出演者に食べてもらうというのが当たり前のように行われていました。
納豆や豆腐を番組で取り上げるときには、従来の組み合わせとは違っていて、しかも美味しいということが求められていました。
初年度こそ単体の食品でも紹介してくれましたが、納豆に続いて豆腐の全国PRが始まると、納豆は単体ではなく食べ合わせが求められました。それに応じて私が考えたのが“納豆キムチ”です。一般にはキムチ納豆と呼ばれていましたが、納豆の販売数を伸ばすのがミッションであったので、ネーミングも納豆を先に出しました。
納豆で不足している栄養素を補う万能食品とするための組み合わせです。
納豆キムチを広めたのは自分だという人に何人にも出会いましたが、本当のことを知っているのは業界関係者くらいです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕
3歩進んで2歩下がるは、「三百六十五日のマーチ」の歌詞では1日1歩、3日で3歩の次のフレーズで、“結局は1歩だけか”というのは、リリースされた1968年から言われてきたことです。
その多くはギャグとして使われてきましたが、“ただ下がっているわけではない”ということも同時に言われてきました。(こちらは記憶に残りにくかったようです)
1日に3歩進んだときに何をするかということで、1日に1歩しか進まないところが3歩進んだというのは、その勢いや背景には何か特筆すべきことがあったはずです。
そのことを気づいて、これを自らの行動にプラスにしようとするのか、それとも“調子がよいときもあれば悪いこともある”という程度の感覚で済ませてしまうのかで、その先が違ってきます。
そして、2歩下がるということが起こったときには、これを何があったのか、これでよいのかと振り返るタイミングで、3歩進んだあとに3歩下がって帳消しにならないように、4歩も下がってマイナスにならないようにという見直しのチャンスともなります。
「三百六十五日のマーチ」の1番の歌詞
しあわせは歩いてこないだから歩いてゆくんだね
一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩さがる
人生はワン・ツー・パンチ 汗かき べそかき歩こうよ
あなたのつけた足あとにゃ きれいな花が咲くでしょう
腕を振って足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
休まないで歩け それワン・ツー ワン・ツー
〔小林正人〕
生きている限りは、体内で活性酸素は発生し続けます。
それならば身体に悪影響を与えるほど活性酸素が多量に発生しないようにすればよい、と考えるかもしれませんが、それは不可能なことです。
活性酸素が体内で多量に発生する要因としては、過剰な運動、農薬、食品添加物、薬剤、化学物質、排気ガス、タバコ、アルコール、紫外線、電磁波、放射線、身体の傷や炎症、水道水の塩素、病原菌の侵入、酸化した食品、ストレスなどがあげられます。
現代人は活性酸素の多量発生を抑えることができない環境の中で暮らしているわけです。
吸い込んだ酸素のうち2〜3%が活性酸素になるということは、吸い込む酸素の量が多くなるほど活性酸素の発生量が多くなります。
活性酸素の発生量が特に多くなるのは運動をして大量の酸素を取り込み、大量のエネルギーを消費しているときで、身体を動かすほど吸い込む酸素が多くなり、エネルギーを多く発生させるほど活性酸素の発生量は増えていくことになります。
活性酸素は歩くだけでも平常時(安静時)に比べると1.5倍以上が発生して、軽いジョギング程度の運動をしたときには平常時の5倍以上の活性酸素が発生するといいます。
ある教育系大学の卒業生の健康度を長期間にわたって追跡した調査で、文科系学部の卒業生と運動系学部の卒業生の寿命を比べたところ、運動系の卒業生のほうが平均で約6年も寿命が短くなっていた、という報告があります。
運動をする人は一般には健康度が高いと考えられています。運動系の卒業生は体育の教師が多く、スポーツ選手ほど身体に負担はかからず、むしろ適度に身体を動かすことで健康的な生活をしていると考えられています。
ところが、印象とは異なった結果になったわけですが、その大きな理由としてあげられているのが活性酸素による身体への影響です。
運動の機会が多く、活性酸素の発生量が多い人は、活性酸素を消去するケアをしないと身体にダメージが蓄積されて、寿命にも関わる結果となるというわけです。
運動量が増えるにつれて体内で酸素から活性酸素に変化する量は増えるものの、活性酸素を消去する働きがあるSODなどの抗酸化酵素が作用するためには酸素が必要となります。
運動をしても最大酸素摂取量(運動によって測定された酸素消費量の最大値)の75%ほどに達するまでは酸素を利用して抗酸化酵素の働きが高まるので、活性酸素は、それほど多くはなりません。
しかし、75%のラインを超えると、活性酸素の発生量は急激に高まっていくことになります。この75%のラインを超えたときが過剰な運動となるわけです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕