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75歳以上の高齢者ドライバーは運転の能力の判定として認知機能検査が実施されます。高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えたり、赤信号でアクセルを踏んだり、道路標識を無視したりということが多くなることから、認知機能を確認する検査で危険性がある人をあぶり出して、認知機能に問題がある人には運転免許証の返納を求めていくという制度です。
実際に、どんな検査が行われるのかというと、次の4つの項目です。
1 時間の見当識として年、月、日、曜日、時間を聞かれて正しく返答する
2 手がかり再生として4種類のイラストが描かれた4枚のボードを示され、16種類の中から楽器は、電化製品は、といったように描かれているものを返答する。
3 介入課題として言われた数字を斜線で消していく。
4 時計描画として時計の文字盤に言われた時間を描く。

医療機関で実施される認知機能検査の多くは長谷川式認知症簡易評価スケールという9項目が実施され、かなり記憶力を試されます。それに比べたら簡単な検査で、安心した人もいるかもしれませんが、本来の目的は運転能力があるかどうかの確認で、記憶力で判断できるのかという考えがあります。
運転能力は、アクセルとブレーキの操作、ハンドルの操作に加えて信号や道路標識の認知、他の車両や通行人への反応ができればよいというものではなく、思わぬ反応をする車両や通行人への対応ができなければなりません。
高齢者の歩行者は信号無視、急な飛び出し、左右の不確認が増え、自転車走行中のふらつきなど不規則な行動が多く、高齢社会は高齢者が高齢者に注意をしなければならないので、相当の反射能力が求められます。高齢になると、ただでも注意力、判断力、反射能力が低下していくので、認知機能だけでなく運動の能力が低下しない方法、さらに高める方法も求められます。
そのために効果があるものとして注目されているのがラケットスポーツです。ラケットスポーツは、その名の通りラケットを使って行う球技のことで、ボールやシャトルを行き来させて競うものです。普通にボールを打ち合っているだけでも、ボールが予測しない動きをしたり、対戦相手がフェイントをかけてきたりと、思わない動きがあり、それに即座に対応してボールを打ち返さないといけないので、身体と頭の動きを瞬時にコントロールする能力が求められます。さらに集中力、忍耐力、持続力といった能力も高めることができます。
この能力が、そのまま運転に活かされるので、ラケットスポーツは高齢者ドライバーの運転能力を高めるためにすすめられるスポーツとされています。
ラケットスポーツはテニス、バドミンドン、卓球などがありますが、高齢になってから始めるのは、なかなか大変です。そこですすめられているのが競技の基本は、それらのラケットスポーツと同じであるものの、用具やルールが簡単にできるようにアレンジされたもので、テニスのアレンジ系ではバウンドテニス、パドルテニス、エスキーテニスなどがあります。

NHKの健康情報番組の中で納豆が取り上げられ、美味しく食べられる工夫としてヨーグルトと一緒に食べる方法が紹介されていました。これを見ていた民放のプロデューサーから「時代が早すぎましたね」との連絡がありました。日本メディカルダイエット支援機構の理事長は、以前に納豆ブームを巻き起こしたときのメディアと流通に向けての毎月のリリースを作り、テレビ番組の仕掛けもしていたことから、有名な民放の日曜日夜の番組で納豆がテーマとなったときに、身体によい納豆なのに味などが気になって食べられない人のための工夫の提案をして、番組中に納豆嫌いだったMCに無理なく食べてもらうという企画で成功させたことがあるからです。
その中で、粘りが苦手な人には大根おろしを加え、臭いが気になる人には臭いで打ち消す野沢菜漬けを提案して、味が苦手な人にはヨーグルトがよいと提案したのですが、見た目がよくないなどの理由で別の方法が番組では紹介されました。
納豆にヨーグルトを加えるのは、味の解決もさることながら、納豆の弱点をカバーすることも考えての提案でした。納豆のPRをするときには、納豆はスーパーフードであり、必要な栄養素が含まれているというような書き方をしていましたが、実際には弱点がないわけではありません。ビタミンE、ビタミンK、ビタミンB群は豊富に含まれているものの、ビタミンといえば必ずと言っていいほど出てくるビタミンAとビタミンCは期待できず、これを補うために食べ合わせとして考えついたのがキムチです。
翌年のPRのテーマの納豆○○の看板として納豆キムチを打ち出しました。キムチには納豆菌が多く、これが腸内細菌の善玉菌と同じような働きをします。そのことを意識しすぎたせいか、「納豆さえ食べれば、おなかがスッキリ」という取り上げ方をしたメディアもあって、それは言い過ぎではとの思いから、実際に納豆を食べてもスッキリする方法を提案したいということで、2種類の有益菌の組み合わせにしたわけです。
しかし、本来なら食べやすくて、乳酸菌の宝庫であり、納豆の植物性のたんぱく質とヨーグルトの動物性のたんぱく質の両方が摂れて、さらに納豆の食物繊維が加われば便通の改善にもってこいという考えでした。
ヨーグルトと納豆の組み合わせなら、味だけでなく、粘りも臭いも解消できます。テレビ番組的には、それぞれの難点を別のもので解決というのがよい見せ方ということでしたが、そんなことを言うなら大根おろしも味、粘り、臭いを解決するので同じじゃないかと頑張ってみたのですが、採用されませんでした。
そのときには、あくまで納豆の販売者側のPRで納豆がメインだったので、それにヨーグルトを加えると妙なビジュアルになったのは確かです。ヨーグルトの量を多くして、その中に浮かぶ小豆やドライフルーツのような感じにしたのがNHKの番組で、これはスポンサーの意向を考慮しないでよいことからできたことかもしれません。

何も成果が得られないのに頑張って運動をしろと言われても、それは難しいことです。運動をすれば身体によい結果が現れるであろうと多くの人は考えるので、「ウォーキングをすれば健康になるから、それでいいじゃないか」と発言する運動科学の先生が出てくるのも仕方がないことですが、なぜ身体によいかがわかるだけでも続ける気が高まります。その理論に従って、よい結果が出たら、もっとやる気が起こって続けていくモチベーションになります。
しかし、これには限界があって、もっと目に見える利益が欲しいと感じる人もいます。そんな人のために考え出され、成果を上げているのが“健幸ポイント”です。これは健康と幸福の造語で、利益としてはベネフィット(benefit)を指しています。ベネフィットは「幸福につながる利益」のことで、健康のためによいことをすることによって、得られる利益なら健康になることが幸福そのものであるとの考え方もあります。
とはいっても、それだけでは続かないのが事実で、金銭的な利益を与える仕組みが健幸ポイントで、健康診断を受診する、健康づくりイベントに参加する、運動をするという実績に応じてポイントが付与されます。
これについては厚生労働省をはじめとした官公庁、関連する法人、支援する企業、自治体などによって活動しているスマート・ウェルネス・コミュニティが有名で、最高金額を定めて(2万円程度)金券を提供しています。この金券の使い道は自治体によって違いがありますが、すべてを健康に関連するところに使わなければならないということではありません。予算の関係から限度額があり、参加できる人数も決まっているので、せっかくの成果も頭打ちの感があります。そこで、健康づくりに関わるインセンティブが与えられるように、もっと範囲が広げられるように案が練られているところです。
これは大きな規模で進められているわけですが、独自のポイント制度を考えている自治体もあり、その協力をするのも私たちの役割の一つです。小さな自治体ではポイントの交換先を健康づくりに限るとなると、健康に役立つ食品の提供や運動イベントへの参加というのが多いようですが、本当に欲しいと感じるもの、行ってみたいと思うところでないと“宝の持ち腐れ”、そもそも“宝”と感じてもらえないことになります。
その自治体に、これまでなかった楽しい運動施設ができて、そこで楽しむことができるというポイント交換なら行くかもしれませんが、自治体が施設を作ったり、資金援助をして設けられた施設だと、自治体に住む人たちに等しくサービス提供する性格のものとなるので、特典として提供するのに向かないということもあります。
自治体内にあっても近隣にあっても、民間の楽しい施設のサービスが無料で楽しめるのがポイント還元先であれば、そしてサービスの内容が健康づくりに直接的に関わることなら、これは喜ばれる健幸ポイントとなります。楽しい健康づくりサービスというと、例えばフィットネス施設では自治体の体育館などにある一般的なトレーニングマシンではなく日本国内にも数台しかないマシンがあるとか、エアロサイクルも自転車漕ぎを黙々と続けるのではなくペダルを漕ぐと目の前の景色が変化していく、音楽に合わせて身体を動かすフィットネスの種類を好きに選べる、映像に合わせて身体を動かすだけで健康効果が高められるといったことが必要と考えます。
こういった楽しめるサービスを提供しながら、より効果的な継続できる健康づくりを実施するのも私たちの役割の一つです。

健康のために食事の量を減らすか、運動の量を増やすかの選択を迫られたとき、どちらか取り組みやすいほうを選ぶ人が多いのかと思ったら、最も多かったのは“できれば”どちらもしたくないという返答があって驚いたことがあります。
選択を迫られたといっても、何を目的にしているかによって意気込みは大きく違い、少し太ってきたからやせたいということなら、食事の量を少し減らすとか、甘いものを減らす、太りやすいとされる脂肪が多く含まれる食品を減らすといった程度のことをするはずです。これに対して糖尿病で本人は厳しい食事制限をしていると思っているなら、これ以上の食事制限は無理と思い、運動を選択するかもしれません。
これが生活習慣病対策となると、どちらか一方で対応するとなると厳しくて実現不可能、やれたとしても長続きしないということになりかねないので、私たちは食事と運動の両方でのアプローチをすすめています。
メディカルダイエットの手法では、食事と運動のタイミングによって食事量を減らさず、運動量を増やさずに体脂肪を減らすことも逆に増やすこともできることから、それぞれの人に合った方法、続けられる方法を指導させてもらっています。
個人の状態を知って、最も効果のある方法を指導するのは、そんなに難しいことではありません。問題は、それが続けられるかどうかで、苦しくはない方法ではなく、楽しく続けたくなるような方法でなければ、せっかく頑張ったのに、無理をしたために無駄になったということにもなりかねません。
“無理なく無駄なく”がモットーの活動をしている私たちとしては、特に続けにくい運動習慣については、楽しくて、自分から続けさせてほしいと言ってくるようなものを提供しています。それは運動の種類だけではなく、やり方も大事で、さらに個人に合ったプログラムを提供できなければ、楽しさを伝えただけで終わります。楽しくない運動なら、やめても悔いはないのかもしれませんが、楽しさを知ったのに、それが続けられなかったとなると、これは精神的な苦痛を与えることにもなりかねません。
個人に合ったプログラムは当然、続けやすいと同時に、効果のある方法でなければなりません。効果が実感できなければモチベーションも高まりません。モチベーションを高めることとして誉めるという精神的な方法があり、目標を達成したら表彰する方法もあるものの、いくら誉められても言葉だけ、励ましだけでは、やる気も長続きしません。そこで今すすめられるのがポイント制によるベネフィットです。ベネフィットは「幸福につながる利益」のことを指していますが、幸福の感じ方には個人差があって、運動をして健康になることだけで幸せという人がいれば、金銭的もしくは金銭に還元できる利益でなければ幸せと感じない人もいます。
金銭的な利益のほうがやる気が起こったとしても、運動そのものが辛ければ“目の前に人参をぶら下げた”状態であっても長続きません。楽しいことは、その運動が楽しいスポーツなどであることも大切ですが、一人で黙々と続けなければならないことは、これも長続きしません。一緒に楽しむ仲間がいて、運動を通じて身につけた知識やノウハウを次の世代に伝え、教えてあげた人から敬われ、先生と呼ばれることも楽しく続けられる要因です。
そういった楽しく続く運動習慣の提供も私たちの役割の一つです。

健康に関するセミナーのときのこと、「来年から高齢者になるのが楽しみ」と話している人がいました。高血圧の基準の変遷についての質問に対するやり取りの中でのコメントですが、年金の話とか医療費の自己負担の話かと思ったら、高齢者が血圧の基準が“甘くなる”ので楽になるとのこと。医療費の負担は所得にもよるものの70歳以上で2割、75歳以上で1割なので、高齢者になるのが楽しみというのはわからないでもありません。
年齢を重ねるほど血管の弾力性が低下してきて、同じ血圧であっても血管にかかる負担が強くなっていき、これが動脈硬化の要因となります。動脈硬化が進めば血流が低下して、脳に送られる血液が減ることから血流確保のために血圧が上昇します。高齢者は高血圧に注意しなければならないということですが、ある事実から考えると、高齢者になるのが楽しみという考え方が出てくるのも納得ができるところです。
現在の高血圧の診断基準は収縮期血圧(最高血圧)が130mmHg以上、拡張期血圧(最低血圧)が85mmHg以上となっています。これは若者の場合で、高齢者では140mmHg以上、90mmHg以上とされています。なかなか130mmHg、85mmHgのラインをクリアできなかった人が、今日から高齢者となって基準値が10mmHg高くてもよいということになれば、塩分の少ない食事や運動習慣など無理をしなくてもよいのでは、という考えになるのも当然かもしれません。
日本人は血圧が高い傾向の国民で、高血圧は日本人の体質そのものと考えられていた時代もあります。1989年に高血圧の基準が変わるまでは、なんと180mmHg以上、110mmHg以上が高血圧と診断されていました。それが1989年の改定で160mmHg以上、95mmHg以上が高血圧となりました。これをギリギリ下回っていた人は、今では“立派な”高血圧患者です。
2000年には140mmHg以上、90mmHg以上となり、2004年には130mmHg以上、90mmHg以上となり、さらに2009年に130mmHg以上、85mmHgという現在の基準になりました。
この変遷については、WHO(世界保健機関)が高血圧による動脈硬化、動脈硬化による脳血管疾患や心疾患(心臓病)を減らすことを目指して基準を下げるたびに、これを日本でも採用してきました。それだけ早く高血圧の薬を使うことができるようになり、高血圧の薬は使い続けなければならないので医療機関も製薬会社も“儲かる”という批判も出てきました。基準を厳しくするたびに患者が増えて、高血圧が最も患者数が多くなった原因でもあります。
高齢者といっても、65歳から男性の平均寿命の80歳、女性の平均寿命の87歳、健康長寿の見本のような100歳越えの人までいます。それを高齢者なら収縮期血圧が140mmHg、拡張期血圧が90mmHgという基準でよいのかという考えも当然のようにあります。
高齢者の血圧について、「年齢+90」ということが言われたことがあります。65歳の人なら収縮期血圧は155mmHgという計算ですが、これなら2000年の基準より緩やかです。70歳なら160mmHgとなり、1989年の基準でよいことになります。
血圧だけに注目すれば、この考えでもよいことになり、食事や運動への取り組みも随分と楽になるわけですが、動脈硬化に注目すると血圧だけでなく、血糖値、中性脂肪値、LDLコレステロール値も重要になります。これらの生活習慣病の検査数値は食事と運動、生活環境・習慣などによって大きな影響を受けるだけに、全体を見て、無理なく続けられる生活習慣改善が必要になります。これについては、このサイトの「体質改善」や「最新情報」の中で徐々に明らかにしていきます。

日本人は腸が長い、という話は事実として語られています。これは教科書にも載っていることで、私たちも、それに基づいて腸が長いことのメリット、デメリットを紹介しています。このことは『本当は健康寿命が短い日本人の体質』(宝島社)にも取り上げています。そして、デメリットを克服するための方法については、このサイトの「体質改善」の中で紹介していきます。
しかし、「日本人の腸が長いというのは間違いだ」という話が広まっていて、これまで日本人の腸が長いことから解決法の研究を進めてきた製薬会社や乳酸菌飲料会社、健康食品会社などは戸惑いを感じており、1社だけですが、私たちの相談をしてきたところもあります。
日本人と欧米人とを比較して、腸の長さに大きな違いはない、むしろ日本人のほうが短いという発表もされています。その一つとして、よく取り上げられているのはイギリスと日本の医師による1995年の発表で、東洋人は欧米人よりも短いというものです。これは面白いデータかと思って見ていたら、欧米人の腸の長さは死体で測定されています。日本人のデータは生きている人なのか、そうでないのかは明らかではないのですが、死ぬと腸は緊張が解けて伸びてしまいます。それで生きている人のデータと比較するのには無理があります。
3D−CT(仮想内視鏡)による1300名の検討という50歳以上の日本人とアメリカ人650名の腸を観察したデータが知られています。これをもって日本人とアメリカ人の腸の長さは変わらない、年齢を重ねるとともに腸は長くなるということが発表されています。これは決定的なデータかと思って見ていたら、大腸だけのデータでした。腸の長さが日本人の健康に影響するのは栄養素を吸収する小腸の長さのほうで、そのデータでなければ長短を言っても仕方がありません。
腸の長さで気になるのは、胴体の中に、どんな納まり方をしているのかということです。久里浜医療センターではCT画像によって日本人の80%ほどに見られる“ねじれ腸”について発表しています。その名の通り、捻れた状態になっている腸で、そのために便通が悪くなっているので、捻れを解消するマッサージが便通改善には効果的という発表もされています。
捻れていると腸は短くなるわけですが、ねじれ腸として発表されたのも大腸のデータです。小腸は捻れていなくても、日本人の小さな胴体の中に長い腸が詰まっていると、どうしても捻れた状態になります。それをCT画像によって見ると短くなるわけです。
日本人の腸の長さについて反証を掲げるなら、こういったことも考えてからにしてほしいものです。

生活習慣病の検査数値を基準以内に抑えることは若いときには、それほど大きな努力は必要なかったのに、年齢を重ねると基準値を上回らないようにするのに多くの努力、大きな努力が必要になってきます。生活習慣病は、まさに生活習慣が反映されるので、健康づくりを支援する方々が、どんなに努力をしても、健康であり続けたいと願っているすべての人の検査数値を基準内に抑えておくことは不可能とされています。
糖尿病のように発祥のメカニズムがわかっていることなら比較的抑えやすいと言えるかもしれません。という話をすると、「それなら、なぜ糖尿病は国民病になってしまったのか?」という疑問が必ず寄せられます。糖尿病であることは血糖値を測定して、基準よりも高まっていたら判定されます。そして、基準以内に抑えることができたら改善した、治ったと言われます。メカニズムがわかっているので、メカニズムに合った医薬品が開発されています。
的確な医薬品を使って、それで血糖値が確実に下がるなら、こんなに簡単なことはないわけですが、糖尿病は血糖値が上昇しすぎない的確な食事をすることが第一となります。血糖値を抑えるためには運動に効果があることが知られていますが、運動をしても的確な食事ができていないと運動による血糖値抑制効果も充分に得られなくなります。医薬品を飲んでも、食事と運動による対策ができていなければ医薬品の効果が充分には発揮されなくなります。血糖値を下げる医薬品を飲んでいる一方で、血糖値を上げる生活習慣を繰り返していたら思ったように下がってくれないということです。
しかし、医薬品に期待しすぎるのか、糖尿病の薬を飲み始めると安心して好きなものを食べる、運動もやめてしまうという人が少なくありません。
若いときには生活習慣を改めなくても医薬品だけで血糖値を抑えることができるとしても、年齢を重ねるほど医薬品の効き目が出にくくなります。このことを、「年を取ると薬への反応が落ちてくる」とか「薬に慣れて効きにくくなる」と考える人もいますが、年を取って変化してくるのは“対応力”です。身体には恒常機能があって、身体が変化すると元の状態に戻そうとする機能が備わっています。その機能が年齢を重ねて、60歳を超える頃から低下していきます。
病気の最大の因子は“年齢”だと訴えている医学者がいますが、本当の因子は“老化”です。老化は体質も関係はしているものの、これまでの生活習慣によるダメージの蓄積が老化を進めていくだけに、正しい生活習慣こそが病気を予防する第一の方法ということです。

高齢者は1日に8000歩を目標に歩き、そのうち20分間は中強度の歩行が健康づくりに効果があるということは今ではそれなりに知られるようになってきましたが、これが発表されたのは中之条研究です。これは群馬県中之条町のすべての高齢者(歩けない人を除く)を対象にした調査の研究成果ですが、中強度の歩行というのは息が弾んでも、なんとか歩行中に会話ができる早歩きのことを指しています。
高齢者の場合には、歩くことに問題はなくても、早歩きとなるときついという人が増えてきています。そこで日本メディカルダイエット支援機構では早歩きのために高齢者にすすめているのはポールを用いたウォーキングです。2本のポールを用いたウォーキングは一般にはノルディックウォーキングとポールウォーキングに大きく分けられて語られていますが、高齢者の歩行だからポールを前について歩くポールウォーキングのほうが適していると言うつもりはありません。
ポールウォーキングとノルディックウォーキングは用いるポールのグリップとポールの先のゴムの形が違っていますが、どちらも北欧で始まったポールを用いた歩き方が発祥となっているので、どちらもノルディックスタイルのウォーキングであるとして区別はしていません。そのときの歩き方や用途によって使い分けすればよいという考え方をしています。
ポールを用いたウォーキングの体験会や指導会に行くと、自分たちがやっている方式ではないといって断られたり、うまく参加できなかったりということもあると聞くことがありますが、そういったことを私たちはしていません。目的に合った速歩のサポートになればよいというスタンスです。
ポールを使って歩くと、ポールの支えと腕の力も使われるので歩行が楽になり、早く歩くことができるようになります。それだけでなく、しっかりと上体も使って歩くことによって消費エネルギー量が20%ほども高まることが知られています。ポールを使っても、普通の歩行スピードしか出せない人であっても、運動量としては中強度で歩くことができます。つまり、ポールを用いた歩き方そのものが健康増進に適した運動量となるので、1日に20分ほどでもよいのでポールを使って歩くことをすすめているのです。

日本メディカルダイエット支援機構の理事が著者の『本当は健康寿命が短かった日本人の体質』(宝島社)の中で、日本人の体質的な弱点について、これでもかというくらいにデータを示しながら説明しています。付き合いのあるメディア関係者に書籍の紹介をしたので、読んでもらった方々から質問や意見が相次いでいます。特に多かったのが「体質の弱点はわかったし、その生理学的なメカニズムもわかったけれど、では何をすればよいのかがわからない」、「解決法はヒトケミカルしかないのか」ということです。
今回の書籍は体質の弱点は呼びかけることと、その根本的な対策として三大ヒトケミカルのα‐リポ酸、L‐カルニチン、コエンザイムQ10の有効活用法に絞りました。皆さんが知りたがっている解決法については別の書籍を考えていますが、その一部は、このサイトの「体質改善」を通じて発信していきます。このサイトの「最新情報」を三大ヒトケミカルについて繰り返し述べていることから、「もっと三大ヒトケミカルのエビデンスが知りたい」という声も多く寄せられました。この情報については、ページの下側にある「健康応援団」のシクロケムのサイトを参照してください。ページ中程の右側の「まめ知識」の「健康編」に驚くほど多くの情報が掲載されています。
日本人の体質の話の中で、多くの関心が寄せられたことに肉の脂の種類と健康に関する話題があります。これは「最新情報」の中でも触れていますが、ごく簡単に紹介すると肉類に多く含まれている飽和脂肪酸は血液をドロドロ状態にするもので、牛肉には飽和脂肪酸が多く含まれるので、身体にはよくない肉というイメージもされがちです。牛は血液温度が高いので、その血液の中で溶けて流れていますが、人間の血液は牛よりも温度が低く、日本人の血液温度は特に低いので、飽和脂肪酸は血液中で固まりやすくなっています。このことが血管の老化につながっていきます。
“だから牛肉は食べない”ではなく、食べる量を考えること、そして血液の温度を高める工夫で対応することができます。これによって牛肉の良質なたんぱく質を摂り入れて、血管の老化を遅らせ、むしろ若返られる方向に導いていくことができます。こういった情報を併せて提供していくことが、日本メディカルダイエットが提唱している「無理なく、無駄なく、無病息災」につながるとの考えから、楽しみながら続けられる健康教育を実施しているところです。

パソコンのWordソフトを使って文章を作成していると、ひらがなで打ち込んで変換キーを押せば、ちゃんと正しい漢字に変換されます。「うわて」と打てば上手に、「かみて」と打てば上手に、「じょうず」と打てば上手と変換されます。読み方が違っても同じ漢字になるわけで、これが海外の方々から日本語は難しいと指摘される一つの要因となっています。
なんで、こんな話をするのかというと、テレビのディレクターにアドバイスをした結果の台本を見せられたときに、“こんな漢字にフリガナがつけられている”のかと驚きと戸惑いを感じたからです。フリガナをつけるのは読み間違いを防ぐためだということはわかっています。番組を見ていて、読み間違いをしていることに気づくことも少なくありません。台本はWordソフトを使って作られているので、上手に変換されるものの前後の文章を見ないで、ただ漢字にだけ注目していると読み間違いすることもわからないではありません。
上手「うわて」は、技能・学力などが他よりすぐれていることを示す言葉ですが、相撲で出てくることが多く、その場合には四つに組んだとき相手の差し手の外側からまわしを取ることです。この話を前に漢字にして示したところ、「よつ」ではなく「よっつ」と読まれて、相撲で「よっつ」はないだろうと思ったりしました。他に「うわて」は犬追物で自分の馬の前に立った射手のこと、石帯の左の一端についている革帯を指します。
上手「かみて」は上の方、上座の方のことで、舞台では見物席から見て右の方を指します。
上手「じょうず」は、これは説明することもなく、物事に巧み(たくみ)なこと、手際(手ぎわ)のよいこと、世辞(せじ)のよいこと、如才(じょさい)のないことを指します。
前回の最新情報のコーナーで紹介した和気町には“和文字焼き”があります。和気町の観音山に「和」の火文字を描き出し、花火も上がるお祭りで、8月15日の京都の大文字焼きの翌日に和文字焼きを行って、二つを合わせて“大和”となるということです。和文字は「わもんじ」と読みます。「わもじ」と読むと日本の書体の意味になります。
京都の大文字は「だいもんじ」と読みますが、元々は大という漢字や大きく書いた文字のことです。欧文の大きな文字を示すことでもあって、この場合には「おおもじ」と読みます。
ある“著明”な先生ではなく、著名な先生の講演を聞いていたときに、健康に関わる食品についての話で、物事の善悪の判断のことを示すために「よしわるし」と言っていたので、何のことか理解するのに時間がかかりました。周りの方々の表情も、そんな感じでしたが、正しいことを使ってもらわないと、せっかくの良い話が悪い結果にもなりかねません。どうも先生は「善し悪し」を「よしわるし」と呼んで、それを更新することなくベテランになってしまったようです。「よしあし」とパソコンに打ち込むと「良し悪し」が先に出てくることがあるので、さらに「よしわるし」と読む人が増えてきそうです。
頭の中で“変換ソフト”を働かせないと、正しい漢字、正しい意味が理解できないこともあるので、話を聞くほうも勉強をしておかないといけないのかもしれません。