投稿者「JMDS」のアーカイブ

閃輝暗点(せんきあんてん)によって、視界にモザイクが出ることが頻繁に起こり、出ている時間も長くなったために、安全のために運転免許を60代半ばで返納しました。

もしもハンドルを握っているときに閃輝暗点の状態が起こったら、交通事故の加害者(自損事故ではなくて人身事故)にもなりかねません。

地方に住んでいて自動車の移動ができないのは困難ではあるものの、これは仕方がないことです。

そのために行動範囲が狭くなり、仕事での打ち合わせや講習講師では、送り迎えをしてもらわないとできないということも何度がありました。

よく見えない状態でも、目を閉じて休めることができないシーンもあって、モザイクが出ていないと感じていても目を閉じて他の視覚情報をカットすると薄くモザイクが出ていたということもあって、思ったよりも負荷がかかっていたのでしょう。

目の疲れが強くなり、目の痛みも出るようになり、なかなか集中して文字を読む、文を書く、話をするということができなくなってきました。

そんな状態で、どうやって、この文章を書いているのか、というと、音声文字変換ソフトと生成AIのおかげです。

そこまでして文章を制作する必要があるのかということについては別の機会に書くことにして、生成AIの活用については次回(日々邁進14)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

修行と書いたら「しゅぎょう」と読むのが当たり前というか、正式には「しゅぎょう」としか読まないのに、原稿や台本に「修行」と書かれていると「しゅうぎょう」と読む人がいます。

これは言葉のアマ(素人)ならわからないではないものの、言葉のプロ、それもプロ中のプロである(と思われている)アナウンサーやレポーターなどの所業となると見逃すわけにはいきません。

なぜ、修行(しゅぎょう)を「しゅうぎょう」と読んでしまうのかというと、これは修業と混同したためだと考えられています。
修行は精神面を高めることが最終目的の終わりのない研鑽を指しています。

それに対して、修業は読み方によって意味が違ってきます。

修業(しゅぎょう)は技術面、技術を磨くことで、一定の期間、一定のレベルの技術を身につけることを指しています。

修業(しゅうぎょう)は習い修めることで、その結果として受けることができるのは修業証書です。これは、もちろん修業(しゅうぎょう)証書(しょうしょ)と読みます。

つまり、修行のように、ずっと続く研鑽、どこまで高まるかわからない究極の姿を表すのではなくて、修業は、どちらの読み方をしても、どこまでも続くものではなく、身につけたら終了するということになります。

その終わりがある修業を、さらに続けることで修行にまで高めることになるのかは、その人次第ということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

ボランティアは無償で行うものであり、対価として金額を求めたらボランティアではないという気持ちは多くの人に抱かれているようです。

それに対して有償ボランティアという考え方があって、これには少額であってもアルバイトのように対価が発生するものと、金銭が発生しないものがあります。

前者の対価が発生する有償ボランティアは、時給のようなものではなくて、仕事の量に関係なく手当(交通費などの実費)が与えられるものが多くなっています。

まったく金銭が発生しない有償ボランティアは、ボランティアと呼んでよいのかとの疑問を抱く人がいるかと思いますが、ボランティアをした時間や仕事の内容を金額などに変換して積み立てておくものがあります。

これはボランティア貯金と呼ばれています。貯金は、将来のためにお金を貯めておくことで、具体的には金融機関にお金を預けておくことを指しています。金融機関で使われる貯金という用語は、ゆうちょ銀行、農業協同組合、漁業協同組合で使われるもので、それ以外の金融機関(銀行、信用金庫、信用組合など)では預金が使われています。

ボランティア貯金の多くは、ボランティアができる間は自分が貯めるほうになり、ボランティアが必要になったときには貯蓄を取り崩していくほうになる仕組みです。例えば、介護をしたら、自分が介護をされるようになったときには貯蓄分を使うことができるものです。

このようなボランティア貯金というシステムがなくても、ボランティアを続けていることが、金銭に換えることができないメリットを得ることになるという考えで実施されているものもあります。

中には無償ボランティアで、ギャラも交通費もなくて、むしろボランティアが寄付をするという形のところもあります。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルの鉄の過剰摂取の回避の「耐容上限量の策定」の続きを紹介します。

〔耐容上限量の策定〕
*成人・高齢者(耐容上限量)
アルコール性肝障害患者では、エタノールによってヘプシジンの発現が抑制されるために、食事からの鉄摂取が過剰になると肝臓への鉄蓄積が進行して、症状が悪化すると考えられています。

しかし、遺伝的な素因がなく、アルコール多飲でもない健常者に関して、食事等からの鉄の摂取過剰が胃腸症状以外の健康障害を引き起こすという明確な証拠は見当たりません。

以上より、耐容上限量の設定は見合わせることとしました。

なお、月経のある日本人女性における鉄欠乏の最大の要因は、月経に伴う鉄損失であって、鉄摂取量とは関連がないという報告もあり、推奨量を超えて鉄を摂取して必ずしも貧血の予防にはつながらない可能性があります。

また、健常者であっても、長期にわたる鉄サプリメントの利用や食事からの過剰な鉄摂取が、臓器への鉄蓄積を介して、健康障害を起こす可能性は否定できないとされています。

したがって、推奨量を大きく超える鉄の摂取は、貧血の治療等を目的とした場合を除き、控えるべきです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルの鉄の過剰摂取の回避の「耐容上限量の策定」の続きを紹介します。

〔耐容上限量の策定〕
*成人・高齢者(耐容上限量)
南アフリカのバンツー族では、鉄を大量に含むビールの常習的な飲用や鉄鍋からの鉄の混入によって1日当たりの鉄摂取量が50〜100mgとなり、中年男性にバンツー鉄沈着症が発生しました。

この鉄沈着症は、当初、単純な鉄の大量摂取によって生じたと考えられ、1日当たりの鉄摂取量がおよそ100mgを超えた場合に発生すると推定されました。

しかし、現在は、この鉄沈着症にも鉄吸収制御に関わる遺伝子の異常が関わっており、ヘプシジンを中心とした制御機構が十分に機能しなかったために鉄吸収量が増加して、臓器への鉄の蓄積が生じた可能性が高いとする説が妥当とされています。

アメリカ・カナダの食事摂取基準は、貧血治療を目的とした鉄剤投与に伴う便秘や胃腸症状等を健康障害と位置づけ、成人の鉄の耐容上限量を男女一律に45mg/日としています。

一方、EFSAは、鉄剤摂取に伴う急性の胃腸症状等を鉄の耐容上限量設定のための健康障害として用いることを不適切として、耐容上限量を定めていません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本の医学界で発達障害が正確に認識されるようになったのは1987年のこととされています。

1987年というと、私(筆者)は前年に民間の病院栄養管理HDS研究所に招聘されて主任研究員としての活動を始めたばかりでした。その活動の一つに小児肥満の臨床栄養面での対応がありました。

現在の国立成育医療研究センターは、2002年に国立小児病院、国立大蔵病院が統合されて、大蔵病院の所在地に設立されましたが、当時の大蔵病院の栄養管理室が小児肥満の保護者への栄養指導を担当していました。

病院栄養管理HDS研究所の所長は、現役時代に国立病院の管理栄養士・栄養士のトップを務めていた関係から、小児肥満の栄養指導の結果の取りまとめに協力していました。

臨床栄養の理論どおりに指導すれば結果が出るはずとの考えがあったのですが、子どもの食に対する反応で想定外のことがあり、その対応に参加することになりました。

その対応で経験したのは、単なる食の好き嫌いや家庭の状況だけでなく、子どもの特殊な感性と身体反応があることがわかり、それが肥満や極端なやせにも影響することがわかってきました。

初めのうちは、特殊な例かもしれないと考えられていたのですが、それが発達障害と関係していることがわかったのは2001年以降のことです。厚生労働省発足時(2001年)に、私は業界出向のテストケースとして霞が関にも席を置くようになり、各分野の情報を集積してからのことでした。
〔発達の伴歩:小林正人〕

運動強度が最大酸素摂取量の60%ほどまでの段階では、血中乳酸値濃度が大きく高まることはなく、60%を超えると急激に濃度が高まっていきます。

最大酸素摂取量は全身持久力の指標で、運動をすることによってミトコンドリアに取り込まれる酸素の最大量を示しています。

最大酸素摂取量の60%までであれば、身体に大きな影響を与えることなく、運動を続けることができるわけですが、これを超えると身体の限界に近づきます。

運動をすることは健康度を高めてくれるものの、それは適度な運動量の場合であって、強度が高まり、過度な負担がかかるようになるとマイナス面を出てきます。

その一つの例としてあげられるのは、免疫の低下です。

免疫は、ウイルスや細菌などの異物から身体を守る仕組みのことで、感染症などから免れる能力を指しています。免疫は免疫細胞(白血球、リンパ球)が担っていて、運動不足になると筋肉が衰えることから全身への巡りが低下するために免疫細胞の働きが弱まります。

また、免疫は体温が高まると活性化することから、運動不足では低下しやすく、運動によって体温が高まることによって上昇することが知られています。

運動であれば、身体的な対応力を超えた場合には運動をやめて、休めば回復させることができます。

これに対して、限界点が定まっていることであると、身体的な疲労では済まずに、健康面の危機にもつながります。

これと同じように、自然環境の変化も気づきにくく、自然と向かい合い、変化を的確に知って対応することが重要になるのです。
〔小林正人〕

基礎代謝の分岐点では、無酸素系運動から有酸素系運動の変化が起こっています。

無酸素系運動は酸素を使わなくてもできる運動ということで、酸素を吸わないわけではありません。

解糖系運動とも呼ばれていて、糖質のグルコース(ブドウ糖)を酸素なしでエネルギー化する経路で、代謝の結果として乳酸が発生します。この乳酸が分解されて、エネルギーが発生します。

乳酸は疲労物質と呼ばれていたこともあり、それは乳酸には筋肉を疲労させ、筋肉の動きを低下させることが知られています。

筋肉を限界まで動かすことがないように、身体に備わった機能と考えられています。乳酸はグルコースがエネルギー化させる途中段階の物質であるため、有酸素系運動によって分解して、多くのエネルギーを作り出すことができます。

無酸素系運動は長く続けることができず、長く続けられる運動をしているときには、酸素を取り込んでエネルギー化させる有酸素系運動となります。

そして、多くのエネルギーを作り出した証拠が体温の上昇と、体温を下げるための発汗です。

筋肉は、強度が高い運動をするときに使われる速筋と、強度が低く長く運動をするときに使われる遅筋に大きく分けられます。色の違いから、速筋は白筋、遅筋は赤筋とも呼ばれます。

有酸素系運動であっても運動強度が高くなると遅筋だけでは対応ができなくなり、速筋も使われます。速筋は主にブドウ糖がエネルギー源で、遅筋は主に脂肪酸がエネルギー源となっています。

速筋が働いているときには乳酸が発生しますが、乳酸が多く発生するようになる強度ポイントは乳酸性作業閾値といいます。
〔小林正人〕

徐々に起こっている変化は、あるときを境にして、急激な変化が起こるようになります。そのターニングポイント(分岐点、転機)を、身体の変化から見ていくことにします。

その変化は、目で見ることができないことが多く、誰もが敏感に気づくことができないこともありますが、その変化と仕組みがわかることで、より変化に気づきやすくなります。

人間は酸素を取り込んで、細胞のミトコンドリアでATP(アデノシン三リン酸)を合成しています。

そして、ATPを用いてエネルギーを作り出して生命活動を行っています。ウォーキングなどの有酸素運動を行っていると、徐々に身体が温まり、うっすらと汗をかくようになります。

これはミトコンドリアで酸素を多く取り込んで、エネルギー産生が盛んになってきた分岐点です。

ミトコンドリアは、エネルギー産生の小器官で、直径は0.5μmほどのサイズです。細胞によって100〜2000個のミトコンドリアが存在しています。

全身には60兆個以上の細胞がありますが、すべてのミトコンドリアを合わせると体重の10分の1もの重量になります。

ミトコンドリアが特に多く存在しているのは筋肉と肝臓です。筋肉は全身のエネルギー産生の30%ほど、肝臓も30%ほどにもなっています。

全身のミトコンドリアで発生したエネルギーのうち半分ほどは熱エネルギーに変換されています。

その根拠ですが、体内で発生したエネルギーのうち、生命維持に使われる基礎代謝は70%ほどで、基礎代謝の70%ほどが体熱の維持に使われているからです(70%×70%=49%)。
〔小林正人〕

植物による自然環境を保持する力の低下が人間の健康にも影響する度合いは小さなものであり、気づかないほどの変化かもしれませんが、その影響が積み重なっていくと、元へは戻れないようなことにもなりかねません。

「茹でガエル」という言葉があります。危険が迫っているにもかかわらず、変化が緩やかであるために気がつかず、気づいていたときには手遅れになっているという状況を表しています。

生きたカエルを熱湯に入れると飛び出して逃げ出すのに対して、常温の水からゆっくりと加熱していくと、変化が小さいために危険を察知できず、そのまま茹でられて死んでしまうという警告の逸話です。

問題がある状況下であっても、何も行動を起こさず、徐々に深刻化が増して最終的には破滅的な事態に陥ることは「茹でガエル症候群」と呼ばれています。

変化が起こっていることに気づくためには、自然と触れ合い、感性を鋭くして変化に着目する姿勢が重要であり、気づくことができれば回復力を発揮することができます。

体力があり、免疫力が高ければ病気にならず、健康を維持できると考えられがちですが、センサーが正しく反応しない状態では、本当の心身の変化を知って対応することができなくなります。

自分の心身の変化に敏感になるのと同時に、心身に大きな影響を与える自然環境の変化にも敏感になり、変化に気づいたときに、すぐに反応できる感性を磨くことも重要となります。
〔小林正人〕