投稿者「JMDS」のアーカイブ

レッドエコノミーの反省に立って、環境の保護と持続可能な社会を構築するために取り組まれたのがグリーンエコノミーです。

廃棄物が環境を汚さないように手間をかけて処理する方法が考え出され、温暖化や環境破壊の元凶とされる二酸化炭素の排出量を減らす活動にも多くの企業が取り組みました。

二酸化炭素削減のために進められた原子力発電は、廃棄物として放射性物質を大量に作り出し、その処理に莫大な時間と費用がかかることは後回しにされてきました。

時間と費用がかかるだけでなく、廃棄物に含まれる有害物は身体に影響して、健康面でも大きな影響を与えることになりました。

人間にとっての便利で快適な生活は、あらゆる産業界で多くの廃棄物を作り出すことなり、その処理は自然界に負荷をかけることにつながりました。廃棄物を放置することは自然環境を汚染して、そこで暮らす人間にとっても不快な環境につながることになりました。

産業廃棄物は、そのまま形状を変えないものがあれば、形状を変えながら変化していくものもあります。形状を変えないプラスチック廃棄物などはレッドエコノミーによる悪影響の一つです。

形状が変わるものとしては、農業生産から消費までの間の食品ロスなどで生じたものがあげられます。微生物などの自然の力によって分解され、無害なものに変わっていくものであっても、自然に任せたままでは、あまりに長い時間がかかり、その間に不快な環境は継続されます。

グリーンエコノミーは、一つの課題解決が他の課題を生じさせることから、いつまでも終わらない人間を疲弊させるエコノミー活動であることに気づき、そこからの脱却を目指す人が増えてきました。

自然の中で誕生し、自然環境に合わせて進化してきた人間の身体の仕組みは、長年の歴史によって、それぞれの人の環境や生活によって変化してきた結果であり、多くの人にとって快適になるように遺伝によって変化してきたことです。

身体の状態に合わせた無理がない活動は、経済発展と健康度の向上を両立させることができたものの、身体の仕組みに合致しない活動によって大きな課題を次世代に残す結果となっています。
〔小林正人〕

野菜に含まれるビタミンは品種改良などによって含有量が変化しました。よく例としてあげられるのはホウレン草のビタミンCで、終戦直後の昭和22年に発表された食品成分表では可食部100gにつき、年間の平均値として150mgが含まれていました。

当時は有機無農薬の状態で品種改良は進む以前の東洋種でしたが、品種改良と農薬・肥料の使用が増えるにつれて、ビタミンCは100mg、65mgと減り、今では旬が60mg、旬以外が30mgへと減少しています。現在の最もビタミンCが多い時期でも、かつての平均量を下回っています。

植物には農薬が残留し、加工食品の保存性などを高めるために使われる食品添加物も少なからず身体に影響を与えます。海外から輸入される食品には、ポストハーベストとして防カビ剤が使われ、これが野菜や果物に残留しています。

カビに対応できる農薬は浸透性が高く、食品に残留しやすいことから、その実態を知って、食品の選択と加工法などを考える必要があります。

健康の維持のために食べ続けなければならない食品が、身体に悪影響を与えることを覚悟して生きていかなければならないことであり、これは他のものであっても同じような健康被害を与える可能性があったのがレッドエコノミーの世界でした。
〔小林正人〕

レッドエコノミーは、短期的な成果や利益を求め、経済性を優先させる余り、将来に返しきれない借金の残す赤字の社会構造を指しています。

資源には限りがあり、環境を回復させる自然の力にも限界があるにも関わらず、経済性を最優先させたために、戻しきれない廃棄物を作り出し、生態系を崩して、昆虫や微生物までが生き残れないような環境を犠牲にした発展を遂げてきました。

食品を例にすると、遺伝子操作などの品種改良、農薬(プレハーベスト、ポストハーベスト)や肥料・飼料、食品添加物の使用などを必要以上に使うことで、見た目が美しく、衛生的で安全な食品を豊富に得ることはできたものの、それは短期間での出来事でしかないことに気づかないまま、将来への負債(赤字)を積み重ねてきました。

肥料の使用は有害性がないものであっても、大量に使用することによって、植物の正常な働きを妨げ、植物を食べる人間にも影響を与えました。肥料三要素の窒素は葉と茎の生長を進め、リン酸は果実の形成に、カリウムは根の生長を進めて光合成を促進する作用があります。

これによって植物の生長は進むものの、植物のミネラルを減少させる結果となりました。植物は根から土壌に含まれるミネラルを吸い上げていますが、ミネラルはイオン化することによって根から取り込まれます。肥料によってイオン化が遅れるために、植物は大きく、美しくなっても中身のミネラルが減る結果となりました。
〔小林正人〕

環境の保護と持続可能な社会を構築するための取り組みを象徴する色としてグリーン(緑)が広く使われています。グリーンは自然、健康をイメージさせる色であり、自然と人間が強調して暮らし、生活基盤の自然を保ち、次世代に伝えていく活動のシンボルカラーとされてきました。

グリーンエコノミーは自然の重要な資源を活かす経済活動として進展してきたものの、自然を守るはずの行動が、他方で自然破壊を進めていくことになっていることに多くの人が気づき始めています。

自然の再生力を活かしたキノコ栽培が、原木を伐採して使用するために、森林を減らすことになったという反省があり、新たな栽培の技術が求められました。

グリーンエコノミーは、それ以前のレッドエコノミーの反省から始められたものですが、グリーンエコノミーに対しても、その消費行動のへの疑問から、新たな経済行動が模索されるようになりました。それが「人間が人間らしく生きていくことを目指した経済活動」であるブルーエコノミーです。

レッドエコノミー、グリーンエコノミーの実態と社会的課題を再考察することによって、ブルーエコノミーとは何か、ブルーエコノミーによって何が変わるのか、そしてブルーエコノミーの思考によって得られる新たな世界の可能性に気づくことを目的として、レッドエコノミー、グリーンエコノミー、そしてブルーエコノミーについて考察していきます。
〔小林正人〕

食品や化学物質によるアレルギーや疾患の増加は、自然環境の回復力を超えた結果だけでなく、人間の自然治癒力、抵抗力の低下にも大きく影響をしています。

その一つの例としてあげられるのは、世界的な免疫力の低下を引き起こした新型コロナウイルス感染症の蔓延です。感染症による直接的な健康被害だけでなく、外出や他人との接触が制限され、運動にも食事にも制限がかかり、経済的にも大きな被害を与えました。

健康診断を受ける人が減り、病院に通う機会も減って、早期発見・早期治療が遅れたことによって、我が国では終戦の2年後(1947年)から75年にわたって延び続けてきた平均寿命が、2022年に初めて前年を下回りました。

その原因として、感染症によって亡くなる高齢者が増えただけでなく、国民的に健康度が低下して、免疫も大きく低下したことが大きく影響を与えています。

わずか3年間であっても、国民的な健康度が低下するという歴史的な出来事から脱却するためには、人間本来の回復力、抵抗力を高めることが必要です。

その事実を知り、健康と強く意識してこそ、大きく低下した健康度を高める行動に着手することができます。コロナ禍の収束(2023年5月8日に5類感染症に移行)から数年が経過しても、まだ意識を変えての本格的なスタートを切ることができていない状態なのです。
〔小林正人〕

自然の中で誕生して、その中で進化してきた人間にとっては自然そのままの中で暮らすことが理想であったとしても、そこから離れて、便利で効率的な社会を進めてきた人類にとっては、元の0(ゼロ)の世界に戻ることは不可能と言えます。

0%か100%かの両極端の選択ではなく、自然が破壊されないようにしながらも、より便利で快適な効率性を追求するという選択をしてきた時代が長く続きました。

その割合は、自然を大切にして残すことが50%を下回ることがあったとしても、自然の力を失わせるようなことはなかったはずです。

それは自然環境による回復力の範囲内での選択であったものの、今では外部からの手が加わりすぎて、その手を止めたとしても、回復ができない、もしくは回復するにしても長い時間がかかるような状態になっています。

その事実を知れば、元の状態に回復させていくことの重要性と緊急性に気づき、すぐにも回復に向けて取り組むことを期待したいところですが、事実を知っても、まだ便利さと効率性を求め続けて同じことを繰り返している人が多いのが現状です。

すでに自然環境の回復力を超えてしまった現状は、そこで暮らす人間の自然治癒力の限界を超えるような状態にもなっています。
〔小林正人〕

食料自給率には食べられずに廃棄された食料も分母(供給熱量)に含まれるため、食品廃棄量が多い日本では必然的に食料自給率が低くなります。

日本国内の食品廃棄量は、年間623万トンと伝えられています。これは食べられるのに廃棄される食品の量で、食品ロスと呼ばれます。

しかし、実際に廃棄されている食品は年間2000万トンに達しています。栽培や流通、調理段階で廃棄されるものも含めた量で、売りやすいもの、食べやすいものを追求したために発生しているものです。

その量は、世界中で飢餓に苦しむ人々に向けた世界の食品支援量の4倍以上にもなっています。

もう一つの食料自給率の指標である生産額ベースでの食料自給率を見ると、日本は63%になっています。生産額ベースは食品の重量を、生産額を基準にして割り出したもので、「国内の食料生産額÷国内の消費仕向料×100」という計算式が使われます。

消費仕向料は、国内市場に出回った食料の量を指しています。大規模な農業国と比べると高いとは言えないものの、イギリスの58%よりは高い数字となっています。

食料自給率を高めることは、輸入食料が多く、海外の生産量や輸出国の社会情勢、為替相場の変動(円安)の影響を受けやすい我が国の特徴からしても、食料安全保障のために重要なこととなっています。 

そのため、国内生産に力を注ぐことは重要なことではあっても、それと同時に各段階で廃棄される食品を減らし、飼料と肥料として有効利用することも真剣に考えるべきであることに気づくことが重要になってきます。
〔小林正人〕

宇宙から地球を見ると、日本は特徴的な位置(大陸の右端=極東)と形(長く弓形の龍の形)であることから見つけやすくなっています。その二つの特徴がなければ発見しにくいほど日本は狭い島国です。すべての陸地のうち日本の面積は0.25%でしかありません。

広大な土地があれば廃棄物も汚染したものも多くの人が暮らすところ以外に廃棄する、埋めるといった発想も成り立つところですが、それは求めにくい環境です。

日本は四季があり、季節ごとの植物の成長があることから比較的、食べ物は豊富にあるとはいえ、量的には食べられるものは限られています。

栽培のために多くの農薬を使い、土壌が汚染したからといって、他のところに移動すればよい、他の地域を征服して食料を入手すればよいという考えができない環境にあります。

今でこそ、海洋国であることをメリットとして、海外から食料を輸送することができる環境ですが、食べたいものを、いつでも、どれだけでも食べられる飽食の時代になったのは、終戦から25年以上を経た1970年代になってからのことです。

日本の食料自給率38%と先進国の中では最低の水準となっています。これはカロリーベースの計算で、食品を販売している店舗で国産の食品が38%しかないわけではありません。

カロリーベースは、それぞれの食品の重量を生きていくのに必要な熱量(カロリー)を基準にして割り出したもので、「国民1人1日当たり国産熱量÷国民1人1日当たり供給熱量×100」という計算式が使われます。

輸入された飼料で育てられた牛や豚、鶏、卵などは国内で育てられたものであっても国産とはされていません。牛や豚などは多くの飼料を食べることから、輸入された飼料が多くなり、その分だけ食料自給率は低下します。

また、カロリーベースであるので、穀類や野菜類などはカロリーが低いために、カロリーが高い肉類などと比較すると、消費量が多くても自給率は低くなります。
〔小林正人〕

持続可能な社会の手本は、我が国では江戸時代に始まりました。

江戸時代の日本は、鎖国政策によって海外との輸出入が極めて限られており、日常生活に必要な食料や生活物資などを国内で賄っていました。

食品は徒歩で行き来ができる地域で収穫されたものを手に入れ、これを加工して食べるのが当たり前のことでした。食品を料理するときには野菜にしても魚にしても、調理ゴミとして出たものは廃棄の対象ではなく、次の食品を作るための肥料に使われました。

農家では廃棄物を、そのまま肥料に回すことができましたが、都市部で出た廃棄物は野菜を運んできた農家が肥料として持ち帰るというリサイクルが普通に行われていました。

野菜を束ねるための藁(わら)も捨てられることなく、これもリサイクルされて肥料となりました。そのために市場では、リサイクルに回されるものを集めるために、綺麗に掃除がされていました。

食品を食べると体内で代謝されて、消化、吸収、蠕動運動、排泄という流れとなっていきますが、排泄されたものも重要な肥料となりました。排泄物は水に流して捨てるものではなく、厠で集められ、小便も大便も重要な肥料として活用されました。

日常的な着物もリサイクルされ、何度も使ってボロボロになった布も繊維にして使っていました。繊維になったものは、煮られて、紙漉きのようにして布にされました。

布の材料の天然繊維は、植物繊維(綿、麻)、動物繊維(絹、羊毛など)だけの時代は、使用した分は、それぞれの成長によって補われてきました。

これを超える使用は、不足させることになるだけに、「足るを知る」という消費が身についていた時代です。

「足るを知る」は、中国の思想家・老子が書いたとされる「道徳教」の一節「知足者富」に登場する言葉です。物質的な豊かさ・満足感だけでなく、自分の置かれている現状に満足して、周りへの感謝を忘れない内面の豊かさを示す言葉といえます。

身分相応で、必要以上のことは求めない生活は、決して貧しいこと、不便なことを受け入れることを強要することではなく、現状を知り、工夫を重ねて、限られた資源を無理なく無駄なく活かし、よりよい環境を次世代に伝えていくことを、ほとんどの人が知っていた時代であったといえます。
〔小林正人〕

自然界には太陽光、風、波といった巨大なエネルギーがあり、これらを活用するだけで大きなエネルギーを作り出すことができます。

その多くは自然界の物理学的な変化を活かしたものであり、目の前にあるエネルギー源を物理学の法則のままに、人間の生活に必要なエネルギーに変える行動といえます。

これらの新たなエネルギーを得るためには、新たな装置と新たな仕組みが必要であり、太陽光発電、風力発電、波力発電には新規導入の費用がかかるものの、大規模なエネルギー入手に比べると少ない費用で実現が可能です。

しかし、現状の自然エネルギーは必ずしも効率的なものとは言えません。

太陽光発電はソーラーパネルを設置するための森林伐採、発電装置の故障、ソーラーパネルの寿命(10年ほど)後の処理施設と処理費用などの問題があります。

風力発電は風車の回転エネルギーを電気エネルギーに変換しますが、その場合の発電効率は最大で45%、平均20〜35%とされています。

以前から指摘されてきた設置場所が限られること、風に勢いよって発電量が安定しないこと、メンテナンスに費用がかかることもあって、これまでと異なる風力発電の仕組みが考えられているところです。
〔小林正人〕