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日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、女性の低体重/低栄養症候群(FUS)の対処法の「体質性痩せへの対応」を紹介します。

〔体質性痩せへの対応〕
FUSの対処には、「原因に応じた個別的なアプローチ」と「社会・教育レベルでの包括的な介入の両面が必要となると考えられます。

体質性痩せの場合にも、骨密度低下のリスクが指摘されているため、健康診断などでの骨密度測定や血液検査、必要に応じた栄養指導が重要です。

総エネルギー摂取量とともに、ビタミンD、カルシウムなどの十分な摂取を意識することが推奨されます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、「FUSの原因」を紹介します。

〔FUSの原因〕
女性の低体重/低栄養症候群(FUS)の原因は多面的であり、個人の身体的特性や社会的要因、心理的要因が複雑に絡み合って生じると考えられます。

ここでは大きく三つの視点から整理します。

◎体質性痩せ(生来の体質によるもの)
体質性痩せとは、やせ願望や摂食障害、過剰な運動がなく、低体重状態が長期間持続する体質的な特性を指します。

一般に、体重が増えにくいものの、内分泌機能や月経周期は正常に保たれています。

日本人女性の痩せのうち、約40%は特に食事制限を含む意図的減量行動を行っていないという報告もありますが、そのすべてが体質性痩せであるかは不明です。

◎SNS、ファッション誌などのメディアの影響によるやせ志向
メディアによる影響で「痩せ=美」という価値観が浸透して、特に若年女性において、食事摂取制限を中心とした減量行動(いわゆるダイエット)の思考が強まっています。

過度な食事制限や偏った食生活が長期化すると、低体重や低栄養状態に陥り、骨密度低下や月経周期異常など、多彩な健康障害を招きやすくなると考えられます。

◎社会経済的要因・貧困などによる低栄養
貧困を背景として十分な食事を得られず、結果的に低BMIや低栄養状態に陥るケースも報告されています。

このような場合、個人の努力だけでは解決が困難であり、社会構造的な支援や政治的施策が不可能となります。

これらの要因は相互に重なり合いながら、低体重や特定の栄養素不足、骨密度低下、月経周期異常、体調不良などを引き起こし、FUSへと至る可能性があります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、「スティグマに対する注意と対策」を紹介します。

〔スティグマに対する注意と対策〕
女性の低体重/低栄養症候群(FUS:Female Underweight/Underanutrition Syndrome)の提唱によって、新たなスティグマを生む可能性がある点にも留意が必要です。

例えば、体質性痩せの女性に対する偏見を助長するリスクも存在します。

また、日本社会において痩せ志向が高まる社会的な要因を念頭に置く必要がある他、貧困を背景とした低栄養や、社会的支援の不足による十分な食事摂取の困難といったケースも見過ごせません。

そのため、女性の低体重/低栄養症候群を提案するに当たっては、低栄養を単なる個人の責任として捉えるのではなく、多面的な支援体制を検討することが求められます。

したがって、この症候群を提案する一方で、心理面での自責感情を高めることのないように、症候群の社会的要因も含めた本質的な課題に対する理解を広め、個人を責めない配慮が不可欠です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

〔2026/5/23〕
ミニマリズムは断捨離とは違うということを前回書きました。そのお題は「断捨離≠ミニマリズム」で、まったく同じではないが完全に違うわけでもない、という雰囲気を伝えたつもりです。

どこが最も違うのかというと、これは私が理事を務める一般社団法人全日本ミニマリスト協会の定義・見解ということではなくて、私見であって、他に押し付けるようなものではないという基本的なスタンスでの発言ですが、それは“時間を大切にする感覚”です。

ミニマリズムは必要最低限のモノで暮らすことで、不要なものに気を取られず、本当に大切なことに集中できるという考え方、ライフスタイルを指しています。
それを実践する人がミニマリストです。

理事を務める前は、ミニマリズムの考え方をすることはあっても、本人としてはミニマリストだという考えはありませんでした。
しかし、自分が歩んできた道を振り返ってみると、ミニマリストと呼んでもおかしくないような状況の連続でした。

父親が転勤続きの仕事で、物心がついた3歳のときには、すでに2か所目の住まいでした。生まれたのが母親の実家の寺院(新潟県出雲崎町)であったので、そこから数えると3か所目です。その後は、また母親の実家で未就学の時期の3年間を過ごしました。
これを入れて新潟県内では12か所に住んでいましたが、移動するたびに過去の付き合いはほぼ消えてしまうという自分からは望んでいない「人脈のミニマリズム」となっていました。
東京では大学に通い、その後の仕事も東京が主だったので、44年間に9か所の移動でした。ほとんどが仕事に関わる移動で、長く住んだところもあるものの、「住まいが変わる=仕事が変わる」というのが普通のことでした。

それでも仕事での移動は、転職ではなくて、仕事先が変わる(完全に変わるのではなくて増える)、複数の仕事場に移動が便利な場所に移るという感覚でした。

しかし、移ると仕事の割合が変わってきて、新たな人脈が広がると、過去の人脈が狭まってくるというのは、これも望んではいないものの結果として「人脈のミニマリズム」となっていました。
岡山に移住したのは9年ほど前のことで、まだ岡山市内では2か所目です。それも岡山市内の町名まで一緒の所(合併前は独立した町だったところで、JRの隣の駅)なので、人脈という面では大きく変わることはありませんでした。

すでに古希を超えて、もう1回くらいは引っ越すことがあるかもしれないという状態でしたが、急に展開が変わりました。
というのは、これまでは自分がいて、それぞれの岡山人脈とつながっているという感じであったのが、人脈がつながってきて、気づいたら複数のチームが出来ていました。
それぞれのチームが、さらにつながり始めていて、岡山で目指していた「東京人脈と岡山人脈のネットワーク」ができそうになったからです。

この状態はミニマリズムの反対にあるマキシリズムと見られることもあって、これから意図的に「人脈のミニマリズム」をしていく必要があると考えています。
そのためには、個人ではなくて、それぞれにチームで動くことが重要であり、自分の位置取りと役割が大転換する時期となりました。
〔小林正人〕

〔2026/5/23〕
2024年に設立された一般社団法人全日本ミニマリスト協会では、理事を務めさせてもらっています。理事は代表を含めて3人だけということで、設立・登記も支援させてもらいました。
これは社会的なミニマリズムの普及の支援ということもあるのですが、自分にとってミニマリズムの精神は重要との考えがあったからです。後者のほうが、実は大きな意味合いがありました。

ミニマリズムというと、断捨離と混同されることがあります。まったく断捨離と違うということではないものの、無駄なものを捨てればよい、整理すればよいということではありません。
無駄なモノを持たないという断捨離は、東日本大震災の前にはメディアの恰好のネタで、テレビ番組(全国キー局)の企画を担当していたときに、健康関連のネタとして使えないかということで複数のルートから持ち込まれていました。

それは大手出版社とのタイアップで、健康に関わる話題の前振りがあって、それとつながる部分が一つでもあればよいということで、3つの番組で扱ったことがありました。
他にもタイアップが仕掛けられていて、全体から見れば私が扱ったのは全体の4分の1ほどです。
最後まで順調に進んでいたのに、収録の段階で、こちら側から“断り”“捨てる”こともあり、その結果として断捨離の教祖のような女性と“離れる”ことになりました。

それは、その教祖が「家に保存するものを置かなくてもコンビニがあれば大丈夫」という発言をして、それは安全への備えということでは本当に電波に乗せてよいことなのか、という疑問があったからです。
私たちが断ったネタが、他の局の番組で放送されたときに、スポンサーがコンビニや、コンビニで販売数が多い食品であったので、なんとなく納得したことがありました。

「コンビニには生きていくのに必要なものは売っている、自分の家の保存庫・冷蔵庫として使える」ということや、「ネット注文で何でも配送してくれる」という考えは、2011年3月11日の大震災で一変しました。

地震報道で健康関連だけに限らず、バラエティ感覚のネタはテレビから一時的に消えました。
それは一時的なことで10日ほどすると戻ってはきたものの、いつ緊急放送が入って、予定していた内容が変わるかわからないために、タイアップ企画は成り立たなくなりました。

断捨離の扱いは、不要なものを捨てるどころか最低限のものも手に入らないということだけでなく、通常の流通でなければコンビニに商品が届かないという事実のもとにあっては、断捨離は日の目を見ない存在となってしまいました。
断捨離の教祖は、海外に渡り、戻ってきたときには片付けの教祖となり、「ときめくものを残す」というメソッドで復活しています。

断捨離のイメージが続いていれば、ミニマリズムはもっと注目されていて、「防災=ミニマリズム」という発想での活動は、もっともっと早まったのではないかと考えています。
〔小林正人〕

〔2026/5/23〕
なぜ感情が表情に現れるのかということについて、ほんの一端ですが前回、書かせてもらいました。それに続いて、微表情分析を岡山に移住してからは封印していたことを書きましたが、それを解禁したのは移住7年目の2年前のことです。

東京に住んでいた44年間は、微表情分析の機会がいくらでもあり、それを仕事に活かしたり、危機管理や危険回避に大いに役立てることができました。

岡山では、そのような機会がなかったわけではないものの、移住の目的であった仕事が呼び寄せた人の都合で急になくなり、縁も所縁(ゆかり)もないところで人脈を一から作り上げていくために人の選別をしている余裕がない、という時期がありました。

やっと微表情分析によって“選り好み”ができるような段階になったときに、新型コロナ感染症の蔓延が始まり、マスクが必須の状況が3年間も続いたので、微表情分析をしようにも表情の変化が見えない状況になっていました。
その後に、マスク越しで知り合った人と実際に仕事を始める段階になり、私はマスクをつけているから外してもよいということを言って、目の前にいる人の表情を見ることができるようになりました。

そのときになって、「微表情分析ができていれば」と後悔するようなことが起こりました。
それも相次いで起こるようになって、私は微表情分析のおかげで、これまで大きな失敗をしないで済んでいたのではないかと考えるようになりました。

微表情分析の解禁について、東京人脈の複数の知人の話をしたところ、「錆びついていないか」との声がある一方で、「昔取った杵柄」と言って励ましてくれる人もいました。
それと同時に聞かれたのは、「もう東京に帰ってくることはないのか」ということでした。
私が東京を離れたときに、微表情分析をされなくなると言って安心した人も多かったということは本人からではなくて、人伝(ひとづて)に何人からも聞きました。

古希を超えた年齢を考えると、今さら微表情を分析するようなことをする気はなくて、岡山だけで使うこと、それも仕事として(稼ぐために)するのではなくて、自分自身と、一緒に活動する人のためにだけ使うことに決めました。

そのために初めにしたことは、メガネを変えたことです。これまでは遠近レンズではあったものの、度数を低めにして、微表情がわからないようにしていました。
それを通常の度数で遠近レンズと中近レンズの両方を用意して、微表情を見る対象が、どの距離にいても対応できるように変えました。
遠近も中近もフレームは同じで、レンズの厚さもほとんど変わらないので、この使い分けは今も気づかれていません。
〔小林正人〕

〔2026/5/23〕
微表情を読んで、分析する能力は決して喜ばれるものではない、ということを前回、自分自身の環境と経験も踏まえて書かせてもらいました。
それが微表情分析を封印することにもなっていきました。

微表情分析の研究はアメリカで始まり、日本でも複数の研究者が存在しています。心の中が表情に現れるのは表情筋と脳神経の関係から説明されています。
顔の表情筋は30種類ほどあるといわれます。
表情筋の数は誰しも変わらないとしても、主に使われている表情筋の数には個人差があって、すべての表情筋が使われていたとしても、100%の稼働があるわけでもありません。

表情筋は感情を司る脳の神経と密接に関係していることから、感情は表情に現れやすくなっています。
嬉しい気持ちのときには嬉しい表情になり、嬉しい表情をすることで脳も嬉しい気持ちになっていくという説明がされています。

笑顔は子どもの特徴的な表情で、一般的には1日に400回は笑っているといいます。
それに対して、大人の平均は15回ほどです。
それだけ笑わなくなる、笑えるような気持ちにはならないということではなくて、笑えるような感情の動きがあっても、それを笑顔と認識できるような表情をしなくなるということが言えそうです。

笑える条件が整えられていても、そういった条件にあることを忘れてしまっていると、笑うことができなくなります。これは脳には忘れる能力があり、これが高まってくると、だんだんと笑えなくなってきます。
そのときには、複雑な表情を作り出すことができる表情筋が充分には働かなくなり、笑顔だけでなく、さまざまな表情を豊かに出すことが徐々にできなくなっていく恐れがあります。

表情筋も筋肉であるので、普段から使わないと徐々に衰えていくこともあり、逆に言うと表情筋を積極的に使うことで、つまり感情を表に出すようにすることで、表情が豊かになっていくということです。
子どもは周りの人の表情の変化を見て、感情を表していくとともに、自分の感情の変化に対して周りの人が、どんな表情をするのかを経験しながら成長していきます。
ところが、コロナ禍が続く中で、このトレーニングができなかったために、子どもが表情を表さなくなっていると指摘されています。

中には表情筋を、あえて使わないようにして、感情を表に出さないようにしている人もいます。
表情から感情、脳の変化を読まれないようにしたいとの思いから、感情が表に出ないように、感情が表に出るようなことを忘れるように心がけている人もいるのです。

しかし、表情筋は感情の変化があると必ず特徴的な動き方をするので、微表情の特性を知ることによって隠されている真実を知ることができるようにもなるのです。
こういった総論的なことから、微表情分析では何を読んでいるのかというと、基本となるのは喜び、悲しみ 怒り、驚き、恐れ、嫌悪、軽蔑の7つです。

仕事にも人間関係の構築・別離にも役立てることができる微表情分析を、岡山に移住してからは封印していました。そして、解除することになるのですが、そのことについては次回に続きます。
〔小林正人〕

〔2026/5/23〕
「微表情」は、意識する(意識的)意識しない(無意識的)に関わらず感情を隠したり、抑制しようとするときに表れる表情のことで、感情に関わる、すべての表情筋が同時に、そして瞬時に表れるという特徴があります。
その時間は0.2秒以下とされています。0.2秒というと、かなり短いと感じるかもしれませんが、まばたきの時間は0.1〜0.2秒なので、瞬間といっても絶対に見抜けない時間ではありません。

微表情は随分と知られるようになってきていて、その講習や資格認定なども行われていますが、学べば誰もがわかるというものではありません。
表情の変化に注目しているのか、気づくことができるのかは訓練で習得することも可能性ではあるものの、その才能があって、才能を活かせる環境があって初めて身につくものと考えています。

これまで、さまざまな環境や経験の変化について書いてきましたが、環境が微表情分析を身につけさせ、それが経験できる範囲を広げてきたところがあります。
環境ということでは、私は3歳から親元を離れて母親の実家の寺院で暮らしていたことが多くの人の微表情を読む能力(と言っていいのか?)を身につけさせるきっかけになりました。

小学生から父母のもとで暮らしたものの、父親の転勤のために小学校3校、中学校2校に通い、そのたびに余所者(よそもの)が溶け込むために表情を読んでいました。
高校と大学は、それぞれ1校でしたが、微表情を読むことは続けていました。
社会人になってからも、東京にいた40年は何人分(何十人分?)の仕事をして、それだけの出会いがあって、いくらでも微表情分析の経験を重ねることができました。

視覚情報を写真のように鮮明に記憶する能力はカメラアイと呼ばれていて、発達障害がある子どもでは発現率が高いとされています。
私が発達障害であったのかどうかは今ではわからないところですが、発達障害児の支援の活動をする中で、この子は自分と同じ経験をしているのではと感じたことは指折りでは数えきれないほどありました。

私が他の人では経験できないような会議の場への参加が求められたのは、行動や発言ではわからない心の中を見ることができたからだと思っています。
微表情を読んで分析することを求められているので、それに集中するために会議で発言しなくてよいと言われたこともありました。
微表情分析が違っているのではないかと見られることもあったのですが、後になって分析した人の本心が出てきて、本当だったと認められることもありました。

微表情を分析して、それを仕事などに活用する側には喜ばれていた反面、分析される側にとっては困った存在であることは明らかなことで、理解してくれる人が増える一方で、離れていく人も比例するように増えていきました。
〔小林正人〕

苦楽一如は、苦しみと楽しみは離れがたい人生のセットであり、両方を受け入れる中道の心が大切だとの教えの言葉でもあります。

苦を避けるのではなく、苦の中に悟りを見出し、欲(執着)を離れることによって本当の安らぎを得ることを目指そうという“心意気”を示す言葉でもあります。

仏教用語はわかりにくいもの、理解しにくいところが、いかにも仏教の書に出てきそうですが、「苦楽一如」(くらくいちにょ)は人気の時代劇ドラマの主題歌を例にあげて説明することが可能です。

人生楽ありゃ苦もあるさ
涙のあとには虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道を踏みしめて

「苦あれば楽あり」「楽あれば苦あり」との言葉が引き合いに出されることもあります。

人生の中では苦だけがずっと続くことも楽だけがずっと続くこともない、苦の後にはらくが、楽の後には苦が待っていると思って、いつも希望と謙虚さを失わずに、目標に向かって努力を続けることが大切だという教訓だと説明されることもあります。

しかし、時代劇ドラマでは「苦あれば楽あり」は人気があっても、「楽あれば苦あり」は採用されないのが大方の見方です。

ところが、「苦あれば楽あり」が多くあって、その中に「楽あれば苦あり」を差し込むことで、メリハリがあり、バランスが取れることで評価が高まっていきます。

このことを教えてくれたのは、テレビ時代劇『水戸黄門』を仕掛けた大手広告代理店のプロデューサーで、私の仲人さんでもあります。
〔小林正人〕

〔2026/5/23〕
噛むという習慣が健康によいことは昔から知られていました。
江戸時代の儒学者である貝原益軒は『日本歳時記』で、「人は歯をもって命とする故に、歯といふ文字をよわい(齢)ともよむ也」と書いています。
これは、齢という文字に歯が入っているのは人が健康を保って命をつなぐために噛むことが大事である、ということを示しているわけです。

「現代人は早食いだ」とよく言われます。過去の食事に比べて食物繊維が多く含まれる野菜などを食べる機会が減って噛むのに時間がかからなくなった一方で、肉類や脂肪の摂取量が増えて消化に時間がかかるようになりました。
消化力が弱い日本人にとっては、胃液を補う消化液である唾液の分泌は重要で、唾液を多く分泌させる咀嚼は年齢を重ねても消化力を低下させないために大切なことです。

ところが、日本人は仕事や学業、遊び、休憩などに少しでも時間を割こうとして、咀嚼にかける時間をおろそかにしがちです。咀嚼は前歯の切歯と犬歯で粗噛みしたものを奥の臼歯で細かく噛み砕き、磨り潰していくことを指しています。

食べ物が口の中に入ってきたときには、まず粗噛みを7~8回して、それから10回以上は噛むのが通常の咀嚼の状態で、咀嚼をしてから飲み込むことによって消化も進みやすくなります。
3歳児は誰に教わることもなしに一口につき平均17回は噛んでいるといいます。
軟らかなものを食べている子どもでさえ17回なので、硬いものを食べている大人なら30回以上は当たり前のように噛まなければならないはずです。

しかし、実際には多くても7~8回でしかなくて、軟らかなファストフードやハンバーグ、カレーライスなどでは4~5回くらいと粗噛みの段階で飲み込んでいる人も多くいます。
このような食べ方では胃液の少なさを唾液で補うことができずに、食品に含まれる栄養素が分解されにくくなるために吸収も悪くなりかねません。
よく噛んだ場合に比べると10%ほども栄養吸収率が低下するとの報告もあります。

噛む回数の推移については、さまざまな報告がありますが、弥生時代の日本人は1回の食事で約4000回は噛んでいたといいます。
鎌倉時代には約2500回、江戸時代には約2000回になり、第二次世界大戦前には約1400回、食べるものが大きく変化した戦後には600回くらいになり、今では300回を下回る人も少なくないのです。

私たちが伝える栄養学は、食べるものの大切さ以上に、食べ方の重要性を話しているだけに、この噛むことは最重要課題として講習の大きなテーマとしています。
〔小林正人〕