投稿者「JMDS」のアーカイブ

吟醸酒を好んで飲んでいるのは普通酒では飽き足らないものの、大吟醸酒には手が出ないからと言われた時代がありました。

大吟醸酒は酒米の精米歩合が50%以下で、酒米の中心部の糖質だけを残して、たんぱく質が含まれる外側を完全に削り落としてしまうので、米本来の味が失われるといった考え方があり、精米歩合が60%以下の吟醸酒が好みという人もいました。

私も、そんな感覚の一人でしたが、今では吟醸酒も中心部の糖質だけから作られるようになり、そんな考え(言い訳?)も通じなくなってきました。

吟醸酒の精米歩合60%以下というのは40%を削っているので、残りの60%には外側の部分も残っているということでしたが、精米技術が進み、扁平精米という画期的な方法が開発されてから、これまでの常識が大きく変わりました。

扁平精米というのは精米機メーカーのサタケが開発した精米法で、これまでは球状になるように削っていた酒米(球形精米)が、糖質の多い部分だけを残すように扁平にすることができるようになって、糖質が多い部分を多く残せるようになりました。

扁平精米なら40%を削っても、球形精米の50%を削った状態と同じようになるので、定義としては吟醸酒でも、従来の大吟醸酒と同じように醸造することができるようになったのです。

ということは、大吟醸酒ほど価格は高くはなくても、大吟醸酒と同じような味わいの吟醸酒が手に入るようになったということです。

この技術革新から、若手の杜氏が頑張って、大吟醸酒に匹敵する吟醸酒を作っているところもあるのですが、すべての酒造会社が採用しているわけではなくて、また扁平精米によっても大吟醸酒に匹敵する吟醸酒になっていないところもあって、こればかりは飲んで確かめないとわかりません。
〔小林正人〕

「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」は、良寛和尚の辞世の句として伝えられているものの、相馬御風さんの研究では、辞世の句というのは違っているという結論です。

「自分の悪い面も良い面も全てさらけ出した。それを受け止めてくれた、あなたに看取られて旅立つことができる」という意味であって、弟子の貞心尼に対する愛情と感謝の念が込められていたというところまでは認めるとしても、膨大な資料の中から貞心尼が後に語った言葉を探し出しています。

「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」について、「これは良寛さん自身の歌ではないが、師の心にかなうもので尊いもの」と書かれています。
真実を暴くのが正しいのか、それとも人柄を伝える言葉を世に残すべきなのか、考えが分かれるところではあります。

その丁度いいところを考えたい、という気持ちもあって「お前はお前で丁度よい」というお題で書いてきました。

「お前はお前で丁度よい」の最後に書いておきたいのは、相馬御風さんの親戚筋が集まる場では「都の西北 早稲田の杜に〜」で始まる早稲田大学の校歌を歌唱するのが儀式になっていることです。

私を含めて、早稲田大学で校歌を歌ったのは一人もいない(誰の母校でもない)のですが、そのような儀式を続けてきたのは相馬御風さんが校歌の作詞者だからです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「理学療法の日」日本理学療法士協会が、1966年7月17日の設立日にちなんで制定。

「喜多方ラーメンの日」福島県喜多方市が、喜の旧字の㐂は七十七と読めることから制定。

毎月17日:「減塩の日」(日本高血圧学会)、「いなりの日」(みすずコーポレーション)、「国産なす消費拡大の日」(冬春なす主産県協議会)

公益活動をする法人の重要ポイントを説明する連載コラムの中で、解散のことまで書くのはどうかという意見もあるかと思います。

しかし、設立から解散までが一般社団法人の制度であり、前回は基金の項目の中で解散する場合の扱いについても触れたことから、その流れで説明をしておくことにしました。

一般社団法人の解散の手続きは、以下の通りです。

1)解散の決議と登記
①社員総会の特別決議
社員総会で解散と清算人の選任を決議(清算人は通常は代表理事が就任)。
②解散登記の申請
解散の日から2週間以内に法務局で、解散と清算人の選任の登記を申請。

2)債権者保護と財産の清算
①債権者への公告と催告
官報への公告(必須)、知れたる債権者への個別催告を行い、2か月以上の期間を設けて、債権の申し出を促す。
②財産目録・貸借対照表の作成
清算人は就任後、直ちに財産の現状を調査して、財産目録や貸借対照表を作成。
③債務の弁済と残余財産の分配
確定した債権者に弁済を行い、残った財産があった場合には定款で定められた帰属先に引き渡す。社員への分配は定めにない限りは原則不可。

3)税務関係の届出と申告
①異動届出書の提出
解散後、遅滞なく、税務署、県民税、市民税の担当窓口に異動届出書を提出。
②解散確定申告
解散日の属する事業年度の開始日から解散日までの期間について、解散確定申告を通常は2か月以内に行う。

4)清算結了の登記
①清算事務報告の承認
清算事務の終了後に、清算報告書(清算事務報告書、貸借対照表など)を作成して、社員総会の承認を受ける。
②清算結了登記
社員総会で承認された日から2週間以内に法務局へ清算結了登記を申請。これによって、法人格が消滅する。
〔小林正人〕

「細やか」と書いて、「ささやか」と読むのか「こまやか」と読むのかによって、意味合いが大きく違ってきます。

「ささやか」は、規模が小さいこと、粗末なこと、ほんの小さな、といった意味があり、「ほんの小さな出来事に〜」というチューリップのサボテンの花の歌詞がよく言い表しています。

「ささやかな生活」というのも例文として、よく使われていて、これはミニマリストが目指している無理も無駄もない生活ということと合致しているようです。

「こまやか」は、心がこもっている、思いやりの気持ちが隅々まで行き届いている、という意味があります。「細やかな心づかい」という使われ方をしています。

他にも「ほそやか」という読み方もあって、これは細い、スリムといった意味です。生活のスリム化は、ささやかな生活かもしれませんが、実は自分をしっかりと見つめた「こまやか」な気持ちを言い表すということでは、同じ意味合いです。

もともと同じ「細やか」なので、共通していることがあるのは、当たり前のことかもしれません。

このように読み方と意味がわかっていて、ちゃんと使い分けられていれば何ごとも起こらないのですが、中には間違って覚えてしまい、それを自分の気持ちを伝えるために使っている人もいて、トラブルの原因にもなっています。

言葉として「こまやか」と言うべきところを「ささやか」と言われてしまうと、つまり「細やか(ささやか)な気持ちで取り組め」と言われると、「そんなに力を入れて取り組まなくてよいのか」と思う人がいます。

言葉の裏側にある意味合いや比喩が通じにくい人が増えていることは、発達障害がある子どもや成人の支援活動に取り組んでいると、強く感じることです。

正しい読み方をして、正しく伝えることの大切さを話すときに「細やか」を引き合いに出しています。
〔小林正人〕

良寛和尚の句「散る桜 残る桜も 散る桜」は、桜の散り際の印象もあって、辞世の句として伝えられることがあるのですが、それは事実とは違っています。

似たような印象が与えられるものに「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌があります。

これは親鸞聖人が得度をされるときに詠んだと伝えられていて、「明日があると思い込んでいる気持ちは、いつ散るかもしれない儚い桜のようだ。夜に嵐が吹こうものなら、もう見ることはできない」との心境を表しています。

良寛和尚と親鸞聖人の詩が混同されることがあるのは、ここが関わっているからかもしれません。

良寛和尚の辞世の句として一般に伝えられているのは「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」です。この句は、良寛和尚が晩年期に和歌を通じて交流を続けた弟子の貞心尼が、和歌のやり取りをまとめた歌集『蓮の露』の中に、良寛和尚の言葉として書いているものです。

高齢となり、死期が迫ってきた良寛和尚のもとに貞心尼が駆けつけると、「いついつと まちにし人は きたりけり いまはあいみて何か思わん」と詠み、最後に「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」と言って亡くなったと書かれています。

その意味として伝えられているのは、「自分の悪い面も良い面も全てさらけ出した。それを受け止めてくれた、あなたに看取られて旅立つことができる」ということで、良寛和尚らしい丁度いい言葉と解釈と考えられています。

これは辞世の句のように伝えられていますが、別の見方もされているのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「からしの日」日本からし協同組合が、前身の団体の設立日の1957年7月16日にちなんで制定。

毎月16日:「十六茶の日」(アサヒ飲料)、「トロの日」(カッパ・クリエイト)

一般社団法人の活動資金の一つの基金について、前回、簡単に説明をしました。

基金は、金額も使用目的も自由に決めることができて、返還にあたっては利息もつかないということで、これは公益活動を実施するための優遇措置といえます。基金を借りる対象(拠出者)は、一般社団法人の役員や会員だけでなく、一般市民からも受けることができます。

基金の返還額は、事業年度末の純資産額が基金も総額を超えていることが必要となります。つまり、超過分が返還の上限額となるわけです。
借りる側にとって非常に優位な制度ですが、さらに優位な点が指摘されています。

基金の項目を定款に入れることを選択した場合には、返還の義務も生じることになるわけですが、実際には活動中には返還する必要がない定款とすることができます。

それは返還の時期についての記載によって可能になることで、「基金は法人が解散するまで返還しない」といった記載をしているところもあります。

解散をする場合には、基金は一般社団法人の債務として扱われますが、すべての債権者への弁済が完了した後に拠出者に返還されます。

この場合も一般社団法人の純資産が基金の総額を超えていることが条件とされていて、不足している場合には、その分が減額されることになります。

一般社団法人の基金は、解散さえしなければ問題はないと言われていますが、解散が想定されるような場合には、基金を受ける側(一般社団法人)も基金を拠出する側も格別の注意が必要とされているのです。
〔小林正人〕

納豆と豆腐の広報に携わってきたときには、全国納豆協同組合連合会と日本豆腐協会の名で発行するリリースを毎月発行していました。送付の対象はメディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)と流通(納豆を販売している大手企業)です。

その中で納豆と豆腐の健康面での有効性とともに、話題として扱ってもらえるようにコラムを書いていました。それぞれ3年以上の継続で、いくら同じ大豆が原材料でネタには困らなかったといっても、ネタ不足になることがありました。

そこで、どちらにも使えるような内容のコラムを書いたのですが、それが両方とも使われなかったという苦い(?)思い出があります。

そのネタは「納豆と豆腐の名称について」で、どこかで納豆と豆腐の名称が入れ替わったのではないかという内容でした。

納豆は「豆が納まる」という漢字で、それに相応しいイメージなのは豆腐です。豆腐は「豆が腐る」と書いて、それに相応しいのは納豆です。日本に食べ物と文字が伝わったときに、誰かはわからないけれど取り違いがあったのではないか、という疑問を投げかけました。

このことをコラムで投げかけておいて、次のコラムでは、それぞれの漢字が実は正しいということを紹介したかったのですが、それもかなうことはありませんでした。

納豆というのは、お寺の納所と呼ばれる台所で作られていたことから「納所豆」と呼ばれていて、これが短縮されて納豆になったという由来の話です。

豆腐のほうですが、腐という漢字は中国では元は獣の肉を保存しておく状態を表した漢字で、そこから柔らかいものを表すようになり、柔らかい豆という意味で豆腐と呼ばれるようになりました。

豆腐の名前の由来については、今は日本豆腐協会のホームページに豆腐の歴史として紹介されて、一応は日の目を見ています。
〔小林正人〕

「お前はお前で丁度よい」から始まる『丁度よい』という詩は、良寛和尚の作として伝えられることもあるものの、常讃寺の藤場美津路坊守(住職の奥さん)の1982年の詩であることを前回書きました。

常讃寺(石川県野々市市)は真宗大谷派(東本願寺派)の寺院で、良寛和尚は江戸時代の曹洞宗の僧侶です。宗派が違っていて、浄土真宗の特徴である親鸞聖人の他力本願の教えに基づいて『丁度よい』には書かれているので、どうして良寛和尚の作とされたのか不思議に感じます。

良寛和尚は新潟県出雲崎町の生まれで、当地の曹洞宗の光照寺で得度をされています。

私の母親の実家の寺院は出雲崎町の真宗大谷派で、そこで私は生まれました。

そんなことから良寛和尚と親鸞聖人、というか曹洞宗と浄土真宗の違いを感じてきたことから、「お前はお前で丁度よい」が良寛和尚の詩だと紹介された時には違和感を感じていました。

良寛和尚は歌人でもあったことから有名な句を多く作られていますが、中でも有名なものは「散る桜 残る桜も 散る桜」です。

「今どんなに美しく綺麗に咲いている桜でも、いつかは必ず散る。そのことを心得ておくこと」という意味として伝えられています。

この句は、良寛和尚の辞世の句として伝えられていますが、辞世の句は別のものだと確認されています。

その研究結果を発表したのは、良寛研究の第一人者の相馬御風さんです。相馬御風さんは家歌人であり、童謡や早稲田大学の校歌など作詞家としても知られています。そして、私の血筋の相馬家(新潟県糸魚川市)の兄に当たる方です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕