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「休まないで歩け」は、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」の歌詞の一部で、歌い出しの「しあわせは歩いてこない だから歩いてゆくんだね」は、あまりに有名です。

それだけでなく、「一日一歩 三日で散歩 三歩進んで二歩さがる」も、「人生はワン・ツー・パンチ 汗かき べそかき歩こうよ」、「あなたのつけた足あとにゃ きれいな花が咲くでしょう」、「腕を振って足をあげて ワン・ツー ワン・ツー」も、そして最後の「休まないで歩け」まで1番の歌詞だけでも名言になり得る言葉の連続です。

金言としての「休まないで歩け」は、人生は自分から行動しなければ幸せは来ないというメインテーマに続いて、たとえ小さな一歩であっても、休まずに進み続けることの重要性を伝えています。

「三百六十五歩のマーチ」が水前寺清子によってリリースされたのは1968年のことで、 1964年の東京オリンピックを契機に始まったウォーキングブームのスタート時期と重なります。

1964年には歩け歩けの会(日本ウオーキング協会の前身)が発足しているので、ウォーキングブームを見越した曲だったのかと、後に「三百六十五歩のマーチ」の作詞者の星野哲郎先生に聞く機会があったのですが、ウォーキングを意識してのことではなかったとの返事でした。

これに続く「真実一路のマーチ」(1966年)は、その歌詞も覚えていないという人でも、歌い終わりの「タンバリンリンリン タンバリン」は耳に残っていて、水前寺清子がタンバリンを叩きながら歌う姿を覚えている人も多いかと思います。

ちなみに、「三百六十五歩のマーチ」、「真実一路のマーチ」は米山正夫先生の作曲で、米山先生については金言の真実の35〜39で書かせてもらいました。

1964年に始まった歩け歩けの会は、1974年に日本歩け歩け協会、2000年に社団法人日本ウオーキング協会と歩み続けてきましたが、その“歩み”が止まった時期があります。一つはコロナ禍の期間で、もう一つは存亡の危機があったときで、その分裂騒ぎの解決に、私は日本健康スポーツ連盟の理事として関わらせてもらいました。
(ウォーキングは一般名称で、ウオーキングは日本ウオーキング協会の固有名称)

私の関わりについては、次回(金言の真理43)に書かせてもらいます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

“書く”ということは、ただテーマがあって、書くべき条件が整えられていれば実行できるわけではありません。書くということを、文字を並べていくこと、自分の意思を伝えるだけという意味で使うとしたら、今の誰もが手のひらで発信できるようになった時代には、それほど構える必要はないかと思います。

また、書くというのは手段であって、書いた結果が重要という考え方をするなら、どんな書き方をしてもよいということになるかもしれません。

私が東京にいた時に理事を務めていた作家団体の会員の中に、小説を書くときには身を整えることが重要と話していた著名な作家がいました。

身を整えるといっても、服装や髪といった身だしなみのことであろうと思っていたのですが、家の近くに来たということで予約なしに訪問したら、これから外出するのかと思うほど、きっちりとした外見で、机に向かっていました。

そのときに聞いたことで今も心に残っているのは、「だらしない格好で書くのは読者に失礼」という言葉です。そして、「正装をして書くのは、集中力を高めるために必要」という言葉も聞きました。

このようなことを記すのは、私には正装をして書くという習慣がなくて、外見や身だしなみによって文章の中身が変わる、伝わる内容が異なるという発想をしていないからです。

私にとって重要なことは、書くことそのものが“瞑想”のようなもので、書くことによって集中力が高まり、書くことの意義が高まり、その結果として書いた内容が高まっていくという考え方をしているからです。

そのためには、書く内容によって、整えるべき環境が違っていて、雑念が完全に取り去られる条件もあれば、少しは雑念が残っていたほうがよいということもあります。これは、書くという行為は同じであっても、書くもの、書く立場が違っているということを経験してきたからです。

その経験というのは、書くことでお金がもらえるようになったのはゴーストライターであり、団体の機関誌やリリースなどの原稿を記名者の代わりに書くという、表には名前が出ない執筆者という、おそらく他にはないことを40年近くもやってきたことです。

作品ではなくて、書く行為そのものが重要なこととなり、これが心の平穏につながり、その平穏な自分が書くことによって他にないものを生み出すという感覚でした。

このことは寺院の出身なのに坐禅や瞑想から最も離れた宗派であったことが、大きく影響しているようです。
〔小林正人〕

「そこが知りたい」のタイトルで書いてきた連載コラムですが、知りたいという問い合わせがあっても、裏付けが取れない(取る時間がない)ということで、先延ばしにきてきたことがあります。

あと2回をもって一旦休むことにしたタイミングで、書いておくことにしました。継続して裏付け取りをするための備忘録のような感じです。

それは、小さな島なのに大島と呼ばれる島が、地域で比較的人口が多いところの海岸から近いところに存在している理由です。

大島(おおしま)だけでなくて、青島(あおしま)、淡島(あわしま)、粟島(あわしま)といった似たような発音の島も同じような存在条件となっています。

教えを乞うてきた言語学者から聞いたのは沖縄に同じような条件のところがあって、そこは「あふ」と呼ばれているとのことでした。

琉球の古い言葉では「は」は「ふぁ」と発音され、羽(はね)は「ふぁね」となります。

「あふ」は逢う意味していて、亡くなった人と逢うことができる島であり、死者を祀る島ということで、「あふぁ」島となり、これが「あわしま」(淡島や粟島)、青島、大島となったという説の裏付けを探し続けています。

今回のお題の「知ってからどうする?」は、今回の疑問点の解決については先々に何をするかは特に考えられることではないのですが、知っておくべきことを先延ばしにしたら、時間がもったいない、早く知っておけば対応ができたということも少なくありません。

そういった意味で「そこが知りたい」というタイトルで続けてきたので、今回の話も解決できたら、きっと何か役立つことがあるのではないか、という考え方をしています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンDの欠乏回避の「目安量の策定方法」の続きを紹介します。

〔目安量の策定方法〕
*妊婦(目安量)
妊婦において、血中25−ヒドロキシビタミンD濃度が低いと、妊娠高血圧症候群(主に子癇前症)の発症リスクが高いことが報告されています。

しかしながら、妊婦の必要量が非妊娠時の同年齢の女性の必要量と異なるというエビデンスは乏しく、諸外国の食事摂取基準においても、非妊娠時と同値を設定しています。そこで、妊婦の目安量を非妊娠時と同じ9.0μg/日としました。

*授乳婦(目安量)
母乳中ビタミンD濃度に関しては、測定法によって大きく異なる値が報告されていることから、母乳への分泌量に基づいて設定することは困難です。

また、授乳婦の必要量が非妊娠時の同年齢の女性の必要量と異なるというエビデンスも乏しいため、授乳婦の目安量を非授乳時と同じ9.0μg/日としました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンDの欠乏回避の「目安量の策定方法」の続きを紹介します。

〔目安量の策定方法〕
*乳児(目安量)
乳児において、ビタミンD欠乏によるくる病は稀ではないことが、海外だけでなく、我が国でも報告され、日照機会の乏しいこと、母乳栄養などが、その危険因子としてあげられています。

京都で行われた疫学調査においても、新生児の22%に頭蓋癆(頭蓋骨に石灰化不良、原因としてビタミンD欠乏が疑われる)が見られ、頭蓋癆と診断された新生児の37%において、1か月健診時点でも血清25−ヒドロキシビタミンD濃度の低値(10ng/mL未満)が認められています。

日照を受ける機会が少なく、専ら母乳で哺育された乳児では、くる病のリスクが高いとの報告があります。

このような状態にある乳児に6か月間にわたってビタミンDを与えたところ、くる病の兆候を示した乳児はみられませんでした。

このときの総ビタミンD摂取量(母乳由来と補給の合計)は4.88μg/日が最低量でした。アメリカ小児学会では、2003年のガイドラインにおいて、くる病防止に必要な量として5μg/日を定めました。

さらに、2008年ガイドラインでは、10μg/日が必要と改訂しています。しかしながら、このガイドラインの達成率は実際には低いという報告もあります。

以上のような理由により、0〜5か月児における目安量を5μg/日としました。

また、香港で行われた観察研究では、生後6か月、12か月時のビタミンD摂取量が、それぞれ8.6μg/日、3.9μg/日であった乳児(150人)の18か月時における平均血清25−ヒドロキシビタミンD濃度の平均値は、すべて10ng/mL以上であったと報告されています。

十分な知見がそろっているとは言い難いものの、この結果と他の報告も参考として、適度な日照を受ける環境にある6〜11か月児の目安量を5μg/日としました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「あかりの日」日本電気協会が、1879年10月21日にエジソンが発熱電球を完成させたことにちなんで制定。

「バック・トゥ・ザ・リサイクルの日」日本環境設計(神奈川県川崎市)が、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で自動車型タイムマシンのデロリアンが、ごみを燃料にしていたことから、デロリアンが到着する2015年10月21日にちなんで制定。

毎月21日:「木挽BLUEの日」(雲海酒造)、「漬物の日」(全日本漬物協同組合連合会)

「兵隊の靴」の前回では、ウォーキングの両陣営から同時期に「兵隊」という言葉を聞いた、靴(ウォーキングシューズ)の利権についての話も聞いたと書きました。

両陣営というのは、最大組織の一般社団法人日本ウオーキング協会と別のウォーキング団体ということではなくて、日本ウオーキング協会の構成団体である47都道府県協会の分裂の危機があり、守る側と攻める側の両方から私と、私が関わってきた団体にアプローチがありました。
(ウォーキングは一般名称で、ウオーキングは日本ウオーキング協会の固有名称)

そのきっかけとなったのは、2011年に日本ウオーキング協会が粉飾決算を自主公表して、執行部が引責辞任をしたことです。再生委員会が設立されて、内部からの改革を主導する会員がいれば、それに反発する既存の会員がいるのは、どこの世界でも似たようなものです。

中には新たなウォーキングの全国団体を作ろうという動きがあって、ウォーキングを科学的に解析して、正しい歩き方と、それを実現するウォーキングシューズをメーカーと共同開発していたメンバーが中心となって呼びかけていました。

私は健康科学としてのウォーキングを研究していたこともあって、分裂・独立を目指した方々に知り合いが多くて、その秘密裏の会合にも呼ばれました。

そのときに出たのが「兵隊」という言葉で、いくつかの都道府県協会を抜けさせて、多くの兵隊(ウオーキング大会参加者)を確保したほうが勝つという話であって、これには反発がありました。

兵隊が多ければ、それだけ多くの靴(ウォーキングシューズ)が売れて儲かる、という話があってからは、ウオーキングの研究は既存の組織から離れて、独自に実施しようと考えるに至りました。

ウォーキングシューズは、全国各地で販売されているのですが、大規模のウオーキング大会では日本ウオーキング協会の協賛会社の大手メーカーがブース出店をして、安く提供していました。

その多くは型落ち品(最新モデルの登場で古くなった製品)でしたが、長年愛用されてきたものだけに、それが手に入るというのもウオーキング大会の魅力の一つでした。

それを利権にしたいと思う人が出てくるくらい、組織を運営する側にとっても魅力的なことだったということです。

ウォーキングに関わる話は、別のお題(休まないで歩け)で次回(金言の真理42)も続きます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

活性酸素を消去する作用があるポリフェノールといえば、赤ワインのポリフェノールがあまりにも有名です。ポリフェノールは植物の渋みや苦味のもとになる成分で、紫外線を浴びることによって生じる色素です。

ポリフェノールの抗酸化作用が注目され始めたのは1990年前後のことで、フランス人は脂肪摂取が多いにも関わらず動脈硬化が少ないことから「フレンチパラドック」と呼ばれて、その理由が世界中の研究者によって追及されていました。

その中でも世界に評価されたのは、当時は国立栄養研究所(後の国立健康・栄養研究所)の臨床栄養部長であった板倉弘重先生(医学博士)で、1994年に赤ワインに含まれるポリフェノールの動脈硬化予防作用がイギリスの医学雑誌に発表されました。

空前の赤ワインブームのきっかけでしたが、ポリフェノールの抗酸化作用が日本国内で知られるようになったのは赤ワインではなくて、ココアが先でした。

日本チョコレート・ココア協会がカカオの健康効果を伝える講習会を1995年に開催しましたが、そのときのメイン講師が板倉先生でした。テーマはカカオの健康効果ということで、それに絞っての話でした。

講習会の最中にテレビの全国キー局の健康番組(昼間の帯番組)の担当者に連絡を取りました。といっても、現在のようにスマホで簡単に情報を送ることができる時代ではなかったので、途中で抜け出して携帯電話で情報を伝えました。

講習会の終了間際には担当者が会場に駆けつけて、板倉先生を紹介して、ココアの健康効果を番組で取り上げることが決まりました。

カカオが材料となっているチョコレートとココアには、活性酸素を消去する抗酸化作用があり、血管の老化を防ぐということで話を進めていましたが、1995年の12月の番組で取り上げたのはココアが血圧の上昇を抑えるという内容でした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

口先は口の端のことで、口先だけの人という使われ方をすると、「言うことは立派なようだが、実質が伴わない」というように、あまりよい印象が抱かれない言葉です。

口先だけの約束というと、約束には当たらないということで、よく使われるのは「口先三寸」です。

しかし、これは誤用とされていて、正しい使い方は「舌先三寸」です。その意味は、心がこもっていなくて、表面的な言葉だけを相手をうまくあしらうこと、その弁舌(ものの言い方)を指しています。

一寸は約3cmなので、三寸は約9cmです。日本人の舌の長さは7cmほどであるので、三寸は長い感じですが、「舌先三寸」と使われるときには、舌先から出る短い範囲の言葉を表しています。

短い範囲の言葉で済まずに、本心とは違うこと、誤魔化したり人を騙すような言葉を使うときには、饒舌(口数が多く、くどい)になる人が少なくありません。

舌先三寸と口先が混同したのが「口先三寸」ということですが、これが案外と多く使われています。

文化庁の『国語に関する世論調査』では、「本心でない上辺だけの巧みな言葉」として、舌先三寸と口先三寸のどちらを使うか聞いています。
本来の使い方の「舌先三寸」と回答したのが23.3%だったのに対して、本来の使い方ではない「口先三寸」と回答したのが56.3%という結果が発表されています。

残りは両方を使う、両方とも使わない、わからないとの回答でした。

誤用のほうが多い、それも大きな差をつけているということは、そのうち誤用の「口先三寸」が慣用句として使われるようになり、いつしか正しい使い方と認識される日も遠くはないのかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から脂溶性ビタミンのビタミンDの欠乏回避の「目安量の策定方法」の続きを紹介します。

〔目安量の策定方法〕
*小児(目安量)
ビタミンD欠乏性くる病における血清25−ヒドロキシビタミンD濃度の基準は、20ng/mL以上とされており、小児でも血清25−ヒドロキシビタミンD濃度20ng/mL以下で骨折リスクが増大します。

したがって、成人と同様に小児においても、血清25−ヒドロキシビタミンD濃度の参照値として20ng/mLを採用しました。

日本人に12〜18歳の男女1380人のビタミンD摂取量を評価して、血清25−ヒドロキシビタミンD濃度を測定した報告があり、ビタミンD摂取量の平均値は対象者の性・年齢を問わず約10μg/日でしたが、血清25−ヒドロキシビタミンD濃度が20ng/mL未満であった者は、男子で30.1%、女子で47.1%存在しました。

また、血清25−ヒドロキシビタミンD濃度20ng/mLを越えるには、男子で12μg/日以上、女子で14μg/日以上のビタミンD摂取が必要となることも示されています。

しかし、日本人においてビタミンD摂取量と血清25−ヒドロキシビタミンD濃度の比較検討を行った報告が乏しいことから、小児を対象とした研究結果に基づいて目安量を算定することは困難と考えられました。

そこで、成人で得られた目安量を用いて外挿をして求めました。なお、算定値が成人より大きい場合には、成人と同値としました。

また、性別を考慮した値の算定は困難と考え、男女において数値が多いほうの値を採用して、男女別の値は示しませんでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕