投稿者「JMDS」のアーカイブ

大手出版社でゴーストライターを務めていたときに、多くの金言(名言)を知り、それを原稿を作成するときにも使ってきました。金言は、処世への戒めや教えとして手本とすべき言葉で、模範とすべき内容が含まれているものを指します。

そこが諺(ことわざ)とは違っているところで、金言を残した人が何気なく話したことが、本人の考えを超えて、不滅の真理を表すことにもなっています。

本来なら、私の150冊のゴーストライター歴(大手出版社)の初めの1冊の“経営の神様”について書くべきかもしれないのですが、あえて野村克也さんの金言から始めることにしました。

野村克也さんはプロ野球選手として、また監督として数多くの名言を残していますが、「敵は我に在り」を頻繁に使う前には「失敗と書いて成長と読む」という言葉をよく話されていました。

これは失敗を失敗のまま終わらせず、成功につなげるためのステップと考えることを意味しています。その通りのことを名選手、名監督として実践してきたわけですが、野村さんは何回か現役を離れて野球解説者になった期間があります。

そのときに、講演のテーマでも雑誌記事のタイトルでも、そして書籍の題名にも使っていたのが「敵は我に在り」でした。敵は外にいるのではなく、自分の中にいるという意味で、確かに金言として残されるべき言葉でした。

「敵は我にあり」は、一般に言われているのは、真の敵は外にいるのではなくて、自分自身の中にあるという意味で、困難や失敗の原因を他人のせいにするのではなく、自分の弱さや怠惰、準備不足など、内面に原因を求めるべきだという戒めの言葉として認識されています。

戒めの言葉として使われるときには「敵は我にあり」と書かれるのが通常です。タイトルの「敵は我に在り」との違いは、“あり”と“在り”で、漢字になっているかどうかだけです。

あえて漢字を使っているのは、「敵は我に在り」を講演のテーマにあげている野村克也さんに関係したことを書いているからです。名選手、名監督、そして名解説者としてあまりにも有名で、ID野球という画期的な出来事も野村さんがあってのことです。

今では当たり前のように野球中継で使われるようになっているストライクゾーンを9分割して、コースごとに球種を記録していくスタイルは、野村スコープと呼ばれていて、1984年にテレビ朝日の中継の解説に初めて持ち込んだのは野村さんです。

書籍の『敵は我に在り』は1980年の現役引退時に上巻が発行され、1982年に下巻が発行されました。そして、野村スコープが始まった1984年には『敵は我に在り』の続編が「危機管理としての人材育成論」のサブタイトルで発行されました。

このサブタイトルが効いたようで、企業や団体の講演の依頼が急に増えていきました。

その中でよく言われていたのは「並の選手にとって敵は相手だが、一流選手にとっての敵は自分の中にある」ということでした。

また、人材育成について、「一流選手は勝ちパターンを持っているのに対して、超一流選手は勝ちパターンが多い」と話していました。超一流選手は、常に変化・進化していて、成長に対して壁がないということで、これこそが危機管理のできる人材だと語られていました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、「現行制度の課題」と「GLP-1受容体作動薬などの適応外使用」を紹介します。

〔現行制度の課題〕
肥満症対策として特定保健指導が推進される一方で、低体重に対する介入の枠組みは未だ確立されていません。

健診で低体重が判明しても、骨密度や生殖機能への評価といった関連疾患のスクリーニングが実施されることは少ないのが現状です。

また、教育現場においても思春期の子どもたちに対する適切な食育やボディイメージの啓発が十分に行われているとは言い難い事実があります。

〔GLP-1受容体作動薬などの適応外使用〕
肥満症や2型糖尿病を対象に開発承認されたGLP-1受容体作動薬などを、「痩せ薬」として販売・使用されるケースが常態化して、低体重や正常体重の女性が用いていることも報告されています。

このような使用に対して、副作用リスクに加えて、過度なダイエット行動の助長といった社会的懸念が高まる状況にあり、その問題を指摘する声明も発表されています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「覚悟」は、迷いを去り、真実の道理を悟ること、と一般には理解されています。辞書でも、表現に違いはあっても概ね同様の説明がされています。

覚悟は、決断と混同されることがあります。辞書的には、二つの言葉は完全に区分けされています。

〔決断〕昨日までの自分を切り離して、新しい方向へ意志を決定すること
〔覚悟〕今の自分の置かれた環境や、これから背負う責任を引き受けていくこと

覚悟によって背負う責任にはプラスの側面もマイナスの側面も含まれています。

マイナス(負)の責任も引き受けていく覚悟は、これまでを断ち切る(断つことを決める)ことに比べたら、それこそ大きな“決断”が必要であり、“決死の覚悟”で望まなければならないことです。

「覚悟」は覚と悟が結びつけられた言葉で、ともに覚りと悟りという同じ音読み(さとり)をされます。

悟りは、真理に目覚めること、と一般には解釈されています。

これは覚りの意味であって、「苦しみの仕組みを理解して、苦を知り、目を覚ますこと」を指しています。

これに対して悟りは、煩悩に気づいて、心の解放をすることです。

苦しみに立ち向かい、それを克服することができれば“悟る”ことができるわけではありません。

克服をしても、それは現状で可能となったことであって、苦しみを与える出来事の強弱、それを受け止める自らの力(抵抗力、対抗力)の強弱、その出来事の受け止め方によって、以前は克服できたのに、今この時には克服できないこともあります。

そして、心の解放は永遠に続くものとは限りません。

そのような状態であるのに「悟った」と宣言するには相当の勇気がいるはずです。

なぜ苦しみが起こるのかの原因と理由を理解して、その上で苦しみを経験して覚醒することが悟りを超えた本来の覚りであり、それを究明することが重要ということを伝えようとしています。
〔小林正人〕

「ご当地スーパーの日」全国ご当地スーパー協会が、ご(5)とう(10)ち(1)の語呂合わせで制定。

毎月11日:「果物の日」(全国柑橘宣伝協議会、落葉果実宣伝協議会)、「めんの日」(全国製麺協同組合連合会)、「ダブルソフトの日」(山崎製パン)、「ロールちゃんの日」(山崎製パン)

日本人は、かつては糖尿病が極めて少ない民族でした。今から80年前の終戦直後に医薬や栄養学を学んだ専門家の方々からは、糖尿病の追跡調査をするために患者を集めるように言われたときに「砂浜で一粒のゴマを探すようなもの」と感じたという話を聞いて、糖尿病患者の推移を調べてみました。

探しても見つからなかった糖尿病患者が、まさか成人の10人に1人もいて、その予備群(食べ過ぎや太っているということではなくて明らかに血糖値が糖尿病域のギリギリにある人)も同数という状況になるとは想像すらできなかったことです。

日本人は歴史的には食事からのエネルギー摂取量が極めて少なくて、“低栄養民族”と言われていたところから、飽食の時代を経て、今では「終戦直後と変わらないエネルギー摂取量なのに糖尿病は増え続けている」という、不思議にも思える状態です。

生理学の専門家からすれば、不思議でもなくて、そのことは以前(40年以上前)から訴えてきたのに、「今ごろ気づいたのか」という感覚です。

エネルギー摂取量が少なかったということは、それだけブドウ糖を全身の細胞に取り込むためのインスリンの分泌量が少なくても生きていけるということです。

また、インスリンには余ったエネルギー源(糖質、脂質、たんぱく質)を肝臓で脂肪合成する作用もあるので、それも少なくて済んでいました。

インスリンを分泌するのは膵臓で、多くのエネルギー摂取をしてきた民族は膵臓の働きも強く、インスリンも必要に応じて多く分泌されます。だから、肉食民族は、脂肪を多く蓄積して、“まるでカボチャのように”太ることができるのです。

それに対して、日本人は歴史的にエネルギー摂取量が少なくて、インスリンの分泌量が少ないので、エネルギー摂取量が増えると膵臓に負担がかかりすぎて、限界に達しやすいのです。

そして、膵臓は限界を超えると急にインスリンの分泌量が少なくなり、元の状態に戻ることはありません。

脂肪のエネルギー量は、同じ重量で比較すると糖質よりも2倍以上も高くなっています(1gあたり、糖質は約4kcal、脂質は約9kcal)。

脂肪の摂りすぎに限らず、エネルギーの過剰摂取が糖尿病の原因であって、民族的な弱点を改善することは難しいということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害の遺伝については注意欠陥・多動性障害では50〜80%、平均すると70%の発現率とされていると前回紹介しましたが、注意欠陥・多動性障害に関する特徴的な遺伝子は確認されていません。

それなのに親から子どもに70%も遺伝すると考えられているのかというと、ドーパミン関連受容体とトランスポーター、セロトニン受容体とトランスポーター、シナプス関連蛋白関連遺伝子の関係性が研究によって明らかにされているからで、これらの脳内の量が親子で共通することも確かめられているからです。

また、自閉症スペクトラム障害の遺伝子についても新たに発見されていて、今後は発現率なども明らかにされていくと考えられていますが、遺伝子に特徴があれば着実に遺伝するわけではなくて、発達障害の場合には妊娠中と生後3年までの生活環境も大きく関係しています。

だから、発達障害は遺伝が大きな原因であっても親のせいではないと伝えるようにしているものの、生活環境を指摘されると、必ずしも親のせいではないとは言い難くもなってきます。

しかし、遺伝が大きな要因となっているとしたら、それを親が認識して、子どもが出産年齢になったら伝えることも考えるべきこととなります。

そして、遺伝特性によって発現しやすいなら、その状態に備えるために妊娠中の生活(少なくとも喫煙や飲酒は避ける)にも万全の注意をして、出産後には栄養面や自律神経調整のための生活環境もしっかりと整える必要があります。

そこまでの対応をすべきだとはいっても、具体的に何をしたら対応できるのかということは医学的なことだけでなく、栄養面ですら充分にはわかっていないことなので、発達障害に広く関わる、それぞれの分野の専門家には、もっと研究を進めてほしいのです。

そのためには専門家に対して、もっと発達障害の困難さと支援の重要性を訴える講習の場が必要になると強く認識しています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「覚悟はよいか」は、経営の神様と称された松下幸之助さんの言葉です。

仕事や人生のあらゆる場面で、真剣に生きているか、腹を括っているかを問う警鐘であり、困難を乗り越えて道を開く(新たな旅に出立する)ために、日々決断する覚悟を持つことの重要性を説いています。

ここで言うのは並の覚悟ではなくて、「死ねるほどの真剣さ」を指しています。

松下幸之助さんが「死ねるほどの真剣さ」と機会があるごとに話していたのは、経営者や責任者が失敗してもいいというような中途半端な姿勢では事業を成功させられないとの考えがあるからで、命をかけるほどの覚悟があるのかとの厳しい問いかけです。

この「覚悟はよいか」と「死ねるほどの真剣さ」は、松下さんが設立したPHP研究所で何度となく見聞きした言葉であり、また15年間で150冊の書籍に関わったときに何度も文章の一部に使ってきました。

パナソニックグループの前身の松下電器産業の躍進は、戦後の逆境の時代を乗り越え、経済復興に成功した日本の代表的な企業と称されていました。

平和に慣れ始めたときに、中途半端な甘えを捨てて、一人ひとりが自らの責任を果たして“生き抜く覚悟”を持たなければならないという警鐘を鳴らしました。

この考えは、「失敗することを恐れるよりも、真剣でないことを恐れたい」との金言につながります。

「覚悟はよいか」と「死ねるほどの真剣さ」は、「死ねる覚悟」という言葉を生み出しました。これは現場の社員に対して発したことではなく、責任者に対して「部下のために死ねる覚悟があるか」を問う言葉として今も伝えられています。

どんな金言であっても都合よく解釈したのでは、正しく伝えることができません。

一緒に活動する人に覚悟をさせて、すでに行動に移させているのに、大事なところでひっくり返すリーダーがいるのは事実です。

受け入れる側に覚悟がないのに、相手に覚悟を求めるのは正しい姿(美しい状態)とは言えません。

このことは「任せて任さず」との金言と通じるところがあるのですが、これも松下幸之助さんの言葉です。
〔小林正人〕

これまでの常識は間違っているのではないかと常に疑ってかかるというのは、あまり気分がよくないことかもしれませんが、学校で学んで常識として覚えていたことが逆転したという体験談を栄養学の重鎮から聞きました。

随分と昔の体験で、終戦直後に栄養士として病院に配属されたときに、医師からの糖尿病の約束食事箋(病院給食の処方箋に該当)で糖分を多くすることが指示されていたといいます。

尿から糖が多く排出されるので、それを食事で補うように指示されたということです。

現在の常識では、糖尿病は糖質の中に含まれるブドウ糖が血液中で多くなることが原因で起こり、食事では糖質を減らしぎみにするということになります。

それなのに糖質を多くすることを指示されたという話をしてくれて、今の常識は、いつまでも常識ではない、いつ非常識になるかわからないという戒めとして伝えられています。

これで話は終わりではなくて、病院の栄養管理では、糖尿病の予備群の人には糖質を減らしても、糖尿病になった場合には、ご飯を多くした食事が出されます。

糖尿病になると、ご飯の量を減らさなければならないと思っている人には、「この病院の栄養管理は大丈夫か」と思ってしまうような驚きを与えます。

“てんこ盛り”のご飯は常識はずれと思われるところですが、糖尿病患者の糖質(炭水化物)のエネルギー量での割合は40〜60%とされています。

量の多さだけでなく、20%もの開きがあることも驚きを感じさせるところですが、糖尿病が進行してくると膵臓から分泌されるインスリンの量が大きく減るために、ブドウ糖の取り込みが大きく減ります。

そんなところに糖質を減らしたら、全身の細胞が必要とする重要なエネルギー源のブドウ糖が不足して、細胞レベルからの健康が保てなくなります。だから、インスリン分泌に合わせた糖質の調整が必要になるのです。

糖尿病は血糖値(血液中のブドウ糖の量)で判断されるもので、ブドウ糖が少なければ血糖値は下がります。

だからといって糖質制限をすれば糖尿病が治る、健康が保たれるというような安易な考え方をしていると、まさに足元から「信じるものは掬われる」ということになりかねないのです。
〔小林正人〕

「コットンの日」日本紡績協会が、コッ(5)トン(10)の語呂合わせで制定。

「黄金糖の日」黄金糖(大阪府大阪市)が、黄金(05)糖(10)の語呂合わせで制定。

「リプトンの日」エカテラ・ジャパン・サービス(東京都目黒区)が、スコットランドのトーマス・リプトン卿の誕生日(1850年5月10日)にちなんで制定。

「メイトーの日」協同乳業が、メイ(5月)10日(トー)の語呂合わせから制定。

「沖縄黒糖の日」沖縄県黒砂糖協同組合が、こく(5)、とう(10)の語呂合わせで制定。

毎月10日:「植物油の日」(日本植物油協会)、「糖化の日」(AGE測定推進協会)、「パンケーキの日」(日本ハム)、「コッペパンの日」(全日本丸十パン商工業協同組合)、「アメリカンフライドポテトの日」(米国ポテト協会)

糖尿病は患者が約1000万人、その予備群が約1000万人と、合計すると成人人口(約1億人)の20%にもなるだけに、国民病と呼ばれるのも当たり前という状況です。

その要因(原因)といえば、糖質の摂りすぎで、血糖値を上昇させるブドウ糖を減らせば糖尿病にならない、という間違った情報が広まっています。

糖尿病は遺伝的な因子(いわゆる体質)がある人が、糖質の摂りすぎなどで膵臓に負荷がかかりすぎることで、膵臓からインスリン(血糖値を降下させる唯一のホルモン)が分泌されにくくなって発症するということは、糖尿病を扱った書籍や雑誌、ネット情報でも説明されています。

糖尿病の体質がない人なら、食べすぎても糖尿病にならない、高血糖状態の予備群にもならないということですが、その体質が日本人は非常に多いのが第一の問題点です。

もう一つは、日本人は糖質だけで糖尿病になる人よりも脂質(脂肪)の摂取も大きく関係していることです。

血糖は血液中のブドウ糖を指していて、ブドウ糖は糖質に多く含まれているので、糖質を減らす、もしくは大幅にカットすれば血糖値の上昇は抑えられます。これは糖尿病になる前の段階には通じることではあっても、かなりの高血糖状態になってからは通じにくいことです。

その理由ですが、インスリンはブドウ糖だけでなく、脂肪の摂りすぎによっても膵臓から多く分泌されるようになることが大きく影響しています。インスリンには細胞にブドウ糖を取り込む作用のほかに、肝臓で中性脂肪を合成する作用と、脂肪細胞に中性脂肪を取り込む作用もあります。

だから、糖尿病の予防には糖質の制限だけでなくて、全体のエネルギー源の制限が必須とされているのに、糖質の制限だけで対応できると勘違いしている人(一般の方々だけでなくて医師も含めて)が多いのが実態なのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕