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健康づくりの方法というと、栄養、運動、休養が三大要素で、どれを重視するか、どれから始めるかという議論が盛んに行われていた時期があります。しかし、今では、どれも必要で、健康で改善を求めるなら同時に取り組むべきだと考えられるようになっています。

この連載コラムは「健康デザイン」のテーマで、健康づくりを無理なく無駄なく進めるために何をすべきかということを書いていきます。初めは健康の考え方についての総論的なコラムです。

健康という概念を説明するのは難しいところがあって、健康そのものを売っているわけでもなくて、買うわけにもいきません。健康ということで思い浮かべることが多い医師のところに行って、「健康にしてください」と希望しても、健康になる方法を施してくれるわけではありません。

私は東京にいたときには、公益財団法人日本健康スポーツ連盟の理事を務めていましたが、スポーツも同じようなところがあり、「スポーツを売ってください」と言ったら、「どんなスポーツか」「どのような用具か」と聞かれるのがほとんどです。

健康とスポーツという曖昧になりがちなものを結びつけた活動に携わっていたので、その定義については常に自問自答していました。

何をもって健康というのか、ということですが、健康についてはWHO(世界保健機関)が次のように定義しています。

「健康とは、肉体的、精神的および社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」

社会的な健康というのはわかりにくかと思いますが、①自分の感情に気づいて表現できること(情緒的健康)、②状況に応じて適切に考え、現実的な問題解決ができること(知的健康)、③他人と社会と建設的でよい関係を築けること(社会的健康)を合わせたものを意味しています。

社会的な健康のためには、心身の健康状態が保たれていることが基本であり、すべての要素が総合的に充実していないことには、健康であると胸を張って生活することも仕事をすることもできないということになります。

総合的な健康づくりとしては30年以上も前から国の方針に基づいて続けられていることがあり、それはTHP運動といいます。THP運動を例にしながら、健康になるための、健康であり続けるための健康デザインについて考えていくきっかけとなることを願って、次回から書いていきます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「そうめんの日」「乾麺の日」全国乾麺協同組合が、七夕の伝統食のそうめんにちなんで制定。

「ゆかたの日」日本ゆかた連合会が七夕の日を制定。

「笹かまの日」宮城県蒲鉾組合連合会と紀文食品が、七夕が笹の節句と呼ばれることから制定。

「コンペイトウの日」入江製菓(福岡県八幡市)が、金平糖(コンペイトウ)の天の川をイメージして七夕の日を制定。

「ポニーテールの日」日本ポニーテール協会が、ポニーテールの横顔が77に見えることから制定。

「牡蠣の日」牡蠣文化推進事業実行委員会(福島県須賀川市)が、牡蠣の神様とも呼ばれる円谷英二監督の誕生日の1901年7月7日にちなんで制定。

「赤しその日」三島食品(広島県広島市)が、赤しそふりかけゆかりの赤しそ(紫蘇)は7月が収穫の最盛期で蘇が七夕の織姫と彦星の関係が1年に1回蘇ることにちなんで制定。

「カルピスの日」アサヒ飲料が、カルピスが誕生した1919年7月7日にちなんで制定。

「高菜の日」全日本漬物協同組合連合会が、菜(7)っ葉と高菜(7)から制定。

「冷やし中華の日」冷やし中華の愛好家と料理人が、小暑となることが多く、暑さが始まり冷やし中華がおいしくなることから制定。

毎月7日:「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「Doleバナ活動の日」(ドール)

「逆の発想」のお題で、自由に文章作成ができなくなったという前回(日々修行310)の話に続いて、発想を完全に転換させることを考えて、実践できるように進めています。

“自由に文章作成ができなくなった”といっても、どこかからプレッシャーがかかって書きたくても書けなくなっている、ということではなくて、両手の動きが不自由になったという物理的(医学的)な話です。

“両手の動きが不自由”といっても、まったく動かないとか、手を失ってしまったのと同じというような状態ではなくて、どんなに痛みや痺れが生じていても日常生活はこなすことができます。

できなくなったこととしては、今のところはテーピングをしても箸が持てない、スプーンは使いにくくても何とか食べ物を口の中に入れることはできる、ペンは持てるものの稚拙な文字しか書けない(お役所で書き直しを求められる程度)、印鑑が押せない(押せても力加減で全部が印影されない)といったことです。

このような状態で、人(他人)のために何かをしようとしても、断られる、有り難迷惑(ありがためいわく)と思われることが多くて、以前から私が講習などの閑話(余談)として口にしてきた「小さな親切、大きなお世話」となりかねません。

ちなみに(まさに余談ですが)、この「小さな親切、大きなお世話」は、お笑いコンビのツービートのビートたけし(北野武)が初めて使ったように言われていますが、ギャグ漫画『天才バカボン』のおまわりさん(本官さん)の交番の張り紙にあった言葉で、漫画家の赤塚不二夫さんの発案です。

赤塚さんに直接聞くことはかなわなかったのですが、関係者から聞いたところでは「小さなお世話、大きなお世話」から発想を得たということです。

小さな親切のつもりで行ったことが大きなお世話にならないようにするために、これまで口にしてきた「世のため、人のため、自分のため」という言葉を逆転させて使おうかと思っています。

この言葉は私のオリジナルではなくて、松下電器産業(現パナソニック)の創業者の松下幸之助さんの言葉を少しだけ変えたものです。

「世のため、人のためになり、ひいては自分のためになるということをやったら、必ず成就する」という松下経営哲学の根幹を表しています。この根幹の発想は、松下さんのゴーストライターを務める中で、何回か使ってきました。

自己の利益だけでなく、他者の幸福を追求することが、結果的に自己の成功にもつながるという考えで、これをもじって「“世のため、人のため”に続いて“自分のため”を2回言う」という使い方をしていました。

それを逆転させて、これからは「自分のため、人のため、世のため」をモットーとしていきます。私自身が自分のためにならないこと、無理をしたことで、他人に対して親切にしても、それは“大きなお世話”だったということになりかねません。

もう一つ逆の発想ができないかと考えていることがあります。それは「もったいない、ありがたい」というキーワードで、それを「ありがたい、もったいない」に逆転させて、「自分のため、人のため、世のため」を実現させられないか、ということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

医薬品には副作用が起こるのは仕方がないことで、絶対に副作用を起こさない医薬品はないという発想が医学界にはあります。

医薬品だけでなくて、ビタミンやミネラルでも過剰摂取によって副作用が起こることがあります。

もともとビタミンもミネラルも医薬品の一種であった時代があり、日本では1997年にビタミンが食品として販売することが許可され、1999年にミネラルが同様に許可されたという歴史があります。

医師は薬の副作用について、患者に説明する義務があり、副作用が起こらないように経過観察することも義務とされています。医師が注意義務を怠ったために患者が副作用によって重篤な健康被害が生じたときには、責任を問われることがあります。

では、注意をしていたのに副作用が生じた場合は、どうなのかというと、日本では医師は責任を問われないという制度になっています。すべての投薬に責任を問われることになったら、安心して医薬品を使えなくなり、それが患者に不利益を与え得ることになるという考え方です。

アメリカでは、注意をしていたのに副作用が生じたときには医師が罰せられる制度で、ここが大きな違いとなっています。

医薬品の効果は体重によって現れ方が違い、体重によって処方量を調節するのは当然のことです。成人といっても体重が190〜200kgの人もいるので、同じ量で同じ効果があるわけではありません。高齢者では140cmで40kgの人もいます。

高齢者は肝機能が低下する傾向があるので、医薬品成分の分解能力も低下していきます。また、高齢者では女性のほうが肝臓が小さくなって、肝機能も低下しやすいことがあげられています。

それなのに同じ処方でよいのか、年齢によって細かく調整しなくてよいのかという問題点もあります。また、副作用でも責任を問われないために、医薬品の有効性を勉強しても、副作用のほうは目が行き届かなくなるという問題点もあげられています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害による二次障害は、内在化障害と外在化障害に分けられます。

二次障害のうち、主に自分自身に大きく影響する精神症状は内在的障害と呼ばれます。

内在的障害は多岐にわたっていますが、主なものとしては、うつ病、適応障害、不安障害、強迫性障害、依存性、心身症、ひきこもりがあげられます。

①うつ病
気分が落ち込んだ状態が長く続き、無気力になる、何事も楽しめない、怒りっぽくなる、体がだるい、動悸がする、食欲不振、不眠などがみられます。

②適応障害
自分の置かれている環境に対して適応できず、不安や抑うつ、無断欠席、暴力的、破壊行為などを起こす素行の障害がみられます。不安を強く感じる状況では、めまいや発汗、吐き気などを伴うことがあります。

③不安障害
不安になることによって起こる精神疾患で、パニック障害、恐怖症、強迫性障害、心的外傷性ストレス障害(PTSD)、急性ストレス障害、物質誘発性不安障害などがあります。

④強迫性障害
不安障害の一つで、強迫観念と強迫行動があります。強迫観念は無意味や不適切とわかっていても不安になる考えであり、強迫行動は不安を打ち消すための行動を指します。

⑤依存性
特定の行動や物質をとることを制御できずに繰り返し行うことがやめられない状態を指します。

⑥心身症
心的や社会的な要因から生じる身体的な疾患の発症などを指します。ストレスによる消化性潰瘍(胃潰瘍など)、じんましん、アトピー性皮膚炎、気管支喘息、過敏性腸症候群などがあります。

⑦ひきこもり
学校や職場に行くことを避け、家に閉じこもっている状態が6か月以上続くことを指します。精神疾患だけでなく、社会的コミュニケーションに強い不安やストレスも要因となります。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

当てはまる項目をチェックしてください。

5つ以上が当てはまったら要注意。

〔自覚症状チェック〕
① □ 足の親指にムズムズ感がある
② □ 足の親指の付け根が痛い
③ □ 手足の関節に痛みがある
④ □ 関節に激痛が走ることがある
⑤ □ 関節が赤くなる
⑥ □ 関節が腫れている
⑦ □ 関節が熱をもっている
⑧ □ 左右の痛みの度合いが違う
⑨ □ 膝関節よりも足の親指や足首のほうが痛い
⑩ □ 以前に関節炎になったことがあるが、今は症状が出ていない

〔自覚症状チェック項目解説〕
①足の親指にムズムズ感がある
尿酸の結晶が親指の関節を刺激する。

②足の親指の付け根が痛い
関節が尿酸の結晶で刺激されて炎症を起こすと痛みが出る。

③手足の関節に痛みがある
尿酸の結晶が多くなると関節が炎症を起こす。

④関節に激痛が走ることがある
尿酸の結晶が大きくなると刺激が強くなる。

⑤関節が赤くなる
関節の炎症が続くと赤くなってくる。

⑥関節が腫れている
関節の炎症が大きく進むと腫れてくる。

⑦関節が熱をもっている
関節の炎症が長引くと熱が出てくる。

⑧左右の痛みの度合いが違う
左右が同じように痛む場合はリウマチの可能性が高く、痛風では片側だけが痛む。

⑨膝関節よりも足の親指や足首のほうが痛い
リウマチや変形性膝関節症では膝関節が痛み、痛風では足の指や足首が痛むことが多い。

⑩以前に関節炎になったことがあるが、今は症状が出ていない
今は症状が治まっていても、痛風は繰り返して痛みが現れる。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

当てはまる項目をチェックしてください。

5つ以上が当てはまったら要注意。

〔危険因子チェック〕
① □ 早食いである
② □ レバーや乾きものが好き
③ □ 飲酒の機会が多く、たくさん飲む
④ □ ビールを飲む機会が多い
⑤ □ 外食の機会が多い
⑥ □ 脂肪が多い食品を多く食べている
⑦ □ ストレスがたまりやすい
⑧ □ 太っている
⑨ □ 激しいスポーツをしている
⑩ □ 尿酸値が高い

〔危険因子チェック項目解説〕
①早食いである
早く食べると尿酸値が急激に高まりやすくなる。

②レバーや乾きものが好き
プリン体が多く含まれる食品は尿酸値が高まる。

③飲酒の機会が多く、たくさん飲む
飲酒によって尿酸値が上昇する。

④ビールを飲む機会が多い
ビールにはプリン体が多く、特に尿酸値が上昇しやすくなる。

⑤外食の機会が多い
外食のメニューにはプリン体が多い食品が多いので、尿酸値が上昇しやすい。

⑥脂肪が多い食品を多く食べている
脂肪が多い食品にはプリン体が含まれるものが多いので、尿酸値が上昇しやすい。

⑦ストレスがたまりやすい
ストレスによって痛風の痛みが強くなる。

⑧太っている
尿酸の結晶が多く作られるようになって関節を刺激しやすくなる。

⑨激しいスポーツをしている
関節が炎症を起こしていると痛みが強くなる。

⑩尿酸値が高い
尿酸の結晶が多くなって関節を刺激して炎症を起こす。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「サラダ記念日」俵万智の歌集「サラダ記念日」が1987年7月6日に発行されたことにちなんで制定。

「ワクチンの日」日本ベクトン・ディッキソン(東京都港区)が、1885年7月6日にフランスの細菌学者のルイ・パスツールが初めてワクチン接種をしたことにちなんで制定。

「ナンの日」デルソーレ(東京都江東区)が、ナンの需要が高まる夏の始まりとナ(7)ン(6)の語呂合わせで制定。

毎月6日:「メロンの日」(全国メロンサミットinほこた開催実行委員会)、「手巻きロールケーキの日」(モンテール)、「手巻きロールの日」(モンテール)

今回のお題は「逆転の発想」ではなくて、「逆の発想」です。

ピンチをチャンスにする人がいる一方で、せっかくのチャンスをピンチにする人がいるというのは、よく話題にされることですが、私にとってのピンチは両手が自由に使えなくなったことです。

自由に使えないの“自由”というのは、人によってイメージが違っていて、日常生活が送れれば時間がかかっても自由と感じる人もいます。年齢相応の動きができれば、これは自由であるという発想で、これは通常の感覚と合致しているようです。

それに対して、ある程度のレベルを求める人にとっては、そのレベルに達するまでの状態が少しでも低下することは自由とは言えなくなります。
私の場合の自由と不自由については、これまでも(主には日々修行307〜309)書いてきました。それ以外にも、他のテーマに“紛れ込ませて”実は何度も書いてきました。

それを全部、見てくれた方から、「徐々に悪くなっているではないか」「もう連載コラムは止めることを暗に言っているのか」という問い合わせもありました。

指の使いすぎで腱鞘炎になり、指から手首、肘、腕全体、そして肩へと痛みが拡がっていくというのは、よくあることです。

私の場合はワープロから始まってパソコンのキーボードの打ち込みが長く続いたのですが、左指から痛みが出て、右手のほうは指ではなくて手首に痛みが出ました。その状態で40年近くキーボードに向かって文章作成をしてきたので、治ることはなくても仕事ができないということはありませんでした。

それが急に左手は手首から肘までが“自由に”使えなくなり、右指でパソコン作業をする、右指を中心にして左指を少しだけ使うという、パソコンの使い始めに見られるような使い方をしてきたために、今度は右手が手首だけでなく指も痛むようになりました(特に痛みがあるのは人差し指と中指)。

通常であれば右手を使っていれば、負担が減った左手の痛みは軽くなるということのはずなのに、左手の痛みに変わりはない、つまり使っても使わなくても痛みは続くという状態になりました。

痛みは固定されたものではなくて、右側の痛みが弱まってくると左側が痛むようになる、その逆のことが起こるということで、両手を使う時間が短くなりました。そのために筋肉が弱くなる、その結果として負担が強くなって痛みが強くなるという“腕のフレイル”のような悪循環に陥っています。

このような状態の根本原因は頸椎(4番と5番)の間の椎間板がつぶれていて、手首から指までつながる神経を圧迫しているからで、治しようがないというのが今の結論(らしきこと)です。

そんな中で何ができるか、どんな仕事をすればよいのか、どのような方法が残されているのか、それを考えていくしかない、というのが今できる対応です。この文章は音声文字変換ソフトと、AI(人工知能)が使えているので、数的にはこなせています。

しかし、どんなにAIが発展しても、言いたいことの全部を文章にして残すというのは、まだ実現できないようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

自閉症スペクトラム障害に多くみられる感覚過敏の一つに聴覚過敏があります。

耳が敏感になって、周囲の音がよく耳に飛び込んでくるという状態だけでなく、通常なら遮断されるか弱まって聞こえるはずの、いわゆる“聞きたくない音”が聞こえて、それが気になって集中できないということが起こります。

人間の聴覚は、耳から入ってきた音を、すべて脳に伝えますが、その中から選択を行っています。耳に入ってきた音は外耳と中耳の間にある鼓膜を振動させて、この振動が内耳に伝わり、振動を電気信号に変換して神経回路を通過して脳に送られます。

その電気信号は大脳皮質に送られますが、過去の記憶や活動のための重要度などの判別が行われて、優先度の高い音を集中して聞くようになっています。

例えば、教室では話をする教師の声のほかに、近くでおしゃべりをする声や外からの音、教室内の鉛筆や消しゴムの音、教科書やノートをめくる、椅子を動かすなど、さまざまな音があり、これらの音の中から教師の声に集中していると、他の音は耳に入ってきていても脳が聞かないようにする、弱めて聞くというように調整をしています。

ところが、聴覚過敏では、すべての音もしくは複数の音が強く聞こえてしまいます。他の人よりも大きな、刺激的な音に聞こえるという特徴もあります。

音が急に大きくなったときには通常は脳が弱めて届けるようにもなっていますが、そのコントロールが効かないために、予想していない音が聞こえると逃げ出したくなるような気持ちにもなり、実際に逃げ出すような行動を起こす子どももいます。

聴覚過敏で気になりはじめると呼吸の音さえも飛び込んできます。その音が好意を抱いている人のものであったら、それほど過敏に反応はしないものの、あまり好きでない、むしろ嫌いだという人が発した音にはマックスの反応もしかねません。

学校の教室などでは、聴覚過敏の子どもが多くはいなくて、場合によっては1人だけということもありますが、発達障害児が集まって学ぶ学習塾では、静かに学習できないという子どもが集まってくるために、集団での学習は難しくなり、個別でないと対応できないということもあるのです。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕