投稿者「JMDS」のアーカイブ

微表情の分析は、7つの基本的な感情表現に分けられています。

感情の変化は、対面する人との関係性などによって微妙に変わってくるので、紹介することだけで完全に理解することはできません。

しかし、7つの感情表現がわかり、それを組み合わせることで、かなりのところはわかってきます。

◎喜び(Happiness)
7つの感情表現の中で最も判別しやすい表情で、頬が押し上げられ、両唇が上に上がるという笑いの表情に近くなります。笑い顔であっても、それが本当の表情なのか、それとも嘘の笑い(作り笑い)であるかを見抜くことができれば、人間関係は断然と優位になります。

微表情として特に注意したいのは目元の動きで、眼輪筋(目の周りの筋肉)は自らの意思で全体をスムーズに動かすことはできません。動きがスムーズではない笑いの表情が作り笑いの特徴であり、目元の変化が少ないことがわかります。

目元の筋肉が動くときには、眉が少し下がり、目の下の皮膚にシワが寄ります。この変化によって、言葉では喜びを感じていないようなことを言っていても、実は違った感情があることがわかります。

◎悲しみ(Sadness)
眉の下隅が吊り上がり、上まぶたが垂れ下がり、わずかに唇の両端が引き下がります。

◎怒り(Anger)
怒りの表情は、本人は見せたくないと感情を抑制しようとしても、なかなか抑えきれず、微表情では見抜きやすい表情分析となっています。

とはいっても、微表情分析で参考にされる唇の動きは、怒りの表情では見分けにくいとされることがあり、それは唇が開いている場合と、閉じている場合があるからです。

唇が閉じている場合の怒りの表情では、唇は緊張のために強く結ばれています。これに対して唇が開いている場合の怒りの表情では、緊張して薄くなっています。

眉は左右が同時に引き下がります。上まぶたは吊り上がり、下まぶたは緊張によって凝視しているように見えます。

残りの4つの表情は、次回に紹介します。
〔小林正人〕

「ナポリタンの日」カゴメが、昭和生まれの日本の洋食のナポリタンから、昭和の日に合わせて制定。

「歯肉ケアの日」「歯肉炎予防デー」花王が、歯(4)肉(29)の語呂合わせで制定。

「家族と暮らす動物の幸せを考える日」パナソニックと朝日新聞社が、犬や猫のシンボルの肉球から、よい(4)にくきゅう(29)の語呂合わせで制定。

毎月29日:「ふくの日」(日本アクセス)、「クレープの日」(モンテール)、「Piknikの日」(森永乳業)、「肉の日」(都道府県食肉消費者対策協議会)

他人に何かを貸すときには、返してもらうことが前提となります。

貸す対象によっては、「貸すときには返してもらえないことを想定して」という考えがあって、中でも返してもらえない対象となりがちなのは金銭です。

法律では、金銭を返してもらう権利が発生したときから5年間、催促しないと時効となります。5年も催促しないということは、貸したことを忘れたか、返してもらうことを諦めたかと判断されるのが普通です。

では、「返さなくていい」と言って貸してくれた場合はどうかというと、そのようなことを言うのは相当に関係性が深いか、初めから返してくれそうもないと思われているか、返さなくてもいい程度のものということが考えられます。

こういったことを前提にして、京都人の言い回しとして言われることが多い「返さなくてもええよ」は、どのように解釈すればよいのかということですが、その多くは「そのうち返して」という意味合いがあります。

本来であれば「返さなくてもええよ」の前に「すぐに」とか「今は」がつかないと真意が伝わらないのですが、そのような余計な言葉を付け加えなくても、気持ちを察してもらえるのが京都人であり、全部を言わなくても伝わる(伝わってきた)特有な言い回しの妙です。

「すぐに返さなくてもいい」「今は返さなくてもいい」ということは返すのが当たり前、必ず返して、という気持ちが含まれています。

天邪鬼(あまのじゃく)で逆のことを言っているように他の地域の人には思われがちなことも、“京の都”の方々には、そのような心づかいをして付き合わなければならないという教訓のような言い回しです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

〔2026/4/28〕
企画立案のときに提案者に対して条件が出されるのは普通のことですが、シェアの方法として「SNS禁止」を伝えると困惑を招くことがあるのは、今の時代ならでは、のことです。
それをクリアした人がプレゼンの場に臨むにあたって、もう一つの条件を出すことがあります。それは「かなーと思います」の禁止です。

「思います」の三段活用ということがメディアなどで言われています。
国語の世界では「思う」は五段活用の動詞で、活用形は「思わない、思います、思う、思うとき、思えば、思え」となります。
この五段活用と、思いますの三段活用は全く違ったもので、思っていることから実は思っていないというところの範囲を示しています。
その三段活用は、「思います」「かと思います」「かなと思います」です。今回の話題の「かなーと思います」は、対話で使われるもので、あまり文章に出てくるものではないのですが、曖昧表現の代表のようにも扱われています。

「かと思います」は思いますの意思を弱めた使い方で、「かなと思います」は推測や提案を控えめに、もしくは丁寧に伝えるときに使われます。
この三段活用は、どれも思っているというのは共通していて、実際は思っていないというようなことはありません。

ところが、「かなーと思います」は“ー”がついて、言葉を伸ばしただけなのに、本音ではないという心理・心情が現れてきます。
「かなーと思います」は、独り言、不思議に思う気持ちや疑問の気持ちを表すときに使われるという解釈で、実際は思っていないけれど、思っているように伝えようとして使われていて、メディアではクレームを避けたい気持ちがあることを表す逃げワードとされています。

いつから言われるようになったのか、どこが発祥なのかは諸説があるところですが、幼稚園・保育園などでは、かなり前から使われています。
園児に対して保育教諭などが質問をして、その回答に対して、「先生は〜かなーと思います」といったように使われてきていて、断定しないこと、答えを出さないことが優先されての言葉づかいです。

それが、いつの間にか広がり続けて、一般社会でもクレームやアンチコメントを避けたい気持ちの現れとして、今では当たり前のように使われるようになっている、ということです。
プレゼンは曖昧であってはいけないということで、そのことを事前に伝えるだけでなくて、直前に注意しても、「かなーと思います」は必ずといっていいほど聞かされています。
〔小林正人〕

「北海道よつ葉記念日」よつ葉乳業が、よ(4)つ(2)ば(8)の語呂合わせで制定。

「ドイツワインの日」日本ドイツワイン協会連合会が、ゴールデンウィーク(GW)をジャーマンウィーク(GW)にかけて「ゴールデンウィークにドイツワインを飲もう」とのアイデアから制定。

「庭の日」日本造園組合連合会が、良(4)い庭(28)の語呂合わせと、全国的に庭が美しく映える時期から制定。

毎月28日:「にわとりの日」(日本養鶏協会)、「ニワトリの日」(都道府県食肉消費者対策協議会)

経験の長さや歴史は、その人を判断する大事な要素で、歴史が長いと、それだけでも尊敬の対象になることもあります。京都の老舗は創業から100年は対象にしてよいのか迷うことがあり、200年を超えていれば安心して名乗れる感じがあります。

そのような“悠久の流れ”の京都では、それ以外の地域とは時の流れが違っていると感じさせられることがあります。職人の腕も、技術的に優れていればよいというわけにはいかなくて、修業に何年、独立してから何年という年月の長さが重視されるところがあります。

伝統的な仕事でなくても、10年も続けていればベテランと呼ばれる世界もあれば、“悠久の流れ”の前では10年は修業の身、場合によっては“駆け出し”とも見られかねません。

それなら20年も務めていれば大丈夫だろうと、京都人に「20年選手」であることを伝えてから仕事の内容について話した人が言われたのが「何年目なん?」でした。

仕事の経歴を話したあとだったので、聞き逃したのかと思いもしたとのことですが、仕事を始めたばかりの年にあったことに反応があったので、“何年選手か”でわかっていたはずだとも言います。

こういったことを言われるのは、20年もかけて“修業”したのに、「その程度の腕か」と思われたからです。

そのことを伝えてあげてから、その人は京都に行ったとき、京都出身の方と話すときには、仕事の年数に話が進んだときには、「20年になりますが、まだまだ修業中です」と話をするようになったとのことです。

会社組織では部長にもなっているので、この反応に対して「随分と謙虚な人だな」と感じてもらえることもあれば、「修業中なのに態度が大きい」と感じられることもあって、それこそ「年数にふさわしいだけの成果をあげているのか!?」と自分に問いかけるようになったといいます。

そういった謙虚な心になる機会を与えてくれるのも、京都のよさなのかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、背景の「日本の女性における低体重者の現状とライフコースへの影響」を紹介します。

〔日本の女性における低体重者の現状とライフコースへの影響〕
日本人女性における低体重は、特に20代で顕著となっており、先進国の中でも割合が特に高いことが知られています。

低体重の割合は1980年頃には10%を超える程度でしたが、それ以後は増加して、1990年代以降は20代の20〜25%程度が低体重に該当する状態が続いています。

さまざまな研究から、日本人女性における肥満認知や理想体重の設定が過度に低く、やせ願望を持つ傾向が実際にあることが明らかになっています。

例えば、低体重の若年女性において、肥満だと感じる体格はBMIが20.5kg/㎡と極めて低くなっていて、体重に対する厳格な認知やボディイメージの歪みがあることが示唆されています。

こうした低体重は、意図的な摂取制限によって生じる場合がある一方で、低体重者の約40%にはダイエット経験がなく、体質的にやせている人も多く含まれている可能性も明らかとなっています。

若年期における過度の低体重や低栄養は、骨の成長や生殖機能の発達といった重要な身体機能に加えて、その後のライフコース全体に影響を及ぼす可能性があります。

例えば、最大骨量獲得期における骨形成の阻害は、将来の骨粗鬆症リスク上昇につながります。また、極端な体重減少や低栄養は、月経周期異常や不妊を引き起こす可能性があります。

加えて、栄養欠乏が持続すれば、微量元素やビタミン不足による多様な健康障害や、代謝異常を引き起こします。

さらに、高齢に至らなくとも筋力・筋肉量が減少して、将来のサルコペニアへの進展リスクが増加する恐れもあります。

これらの問題が若年者に生じることは、中長期的な生活の質(QOL)の低下や老年期のフレイルリスク増大を含めて、人生の各ステージにおける健康に影響を及ぼすことに加えて、次世代の健康をも損なう可能性があります。

そのため、早期からの適切なアプローチと予防が不可欠となっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「駒ヶ根ソースかつ丼の日」駒ヶ根ソースかつ丼会が、結成の1993年4月27日にちなんで制定。

毎月27日:「ツナの日」

老舗というと一般には創業・設立から50年から100年を超えた企業や店舗を指しています。ところが、京都人の感覚では100年では、まだまだ老舗とは呼べない、「50年を超えたくらいで老舗と言えるのか」ということが言われます。

これは京都を特集するテレビ番組や雑誌記事では定番のネタで、200年を超えた店舗の名前が次々とあげられていきます。

京都は古い寺院も数多くあり(広隆寺は600年超え)、伝統がある店舗も軒並みで、長い歴史を示す言い回しの「先の戦さ」は太平洋戦争(今から80年前)ではなくて、応仁の乱(1467〜1477年)を指しているとのことです。

応仁の乱では、京都の市街地がほぼ全焼して、京都旅行で訪れる神社仏閣などのほとんどは応仁乱ののちに再建されたものです。

また、「この間の戦争」というと蛤御門の変を指していて、この元治元年(1864年)の大火によって北は丸太町通、南は七条通、東は寺町、西は東堀川までの、現在の中京区と下京区のほとんどが焼失しました。

これを前提とするなら、京都の老舗は160年ほどの歴史ということになります。

ところが、それを超える老舗は数多くあります。

蛤御門の変から4年後には明治元年(1868年)となっていますが、東京に遷都したのは、京都の中心地が新政府の立地に向かないこと、大都市を支えるだけの開発に一から取り組むのは難しいと考えられたこともあります。

平安京から幕末までの約1100年間、政治と文化の中心地だった京都は、明治時代になってから古き良き京都の姿を残す、いわば“巨大なテーマパーク”を目指すことになり、それは今も継続されていると考えられています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害児と発達障害者の支援は、連続しています。法律的には発達障害児は18歳未満、発達障害者は18歳以上で、年齢が続いているだけでなくて、発達障害であることがわかった子どもの特性は、現れ方の強弱はあっても一生涯続きます。

だから、支援も連続させる必要があるのですが、発達障害の支援というと、どうしても子どもが中心になりがちです。

支援施設も発達障害児のためのもので、成人以降は同年代からの支援も期待されます。

さすがに発達障害児の支援を同年代に求めるのは無理があるとしても、30代、40代と進み、高齢者になっても継続するので、高齢者の気持ちがわかる同世代の支援というのはあってよいはずです。

気持ちだけでなく、高齢者は心身の特性があり、認知的にも低下が起こりやすくなっています。それに発達障害が加わっていると、今よりも多くの支援が必要です。

とはいえ、これまでは高齢者に対して高齢者の支援を求めることは、まるで老老介護の支援版というイメージがあって、あまり語られることはありませんでした。

しかし、高齢者の定義への見直しの気運が高まっていることから、65歳以上でも元気な人であれば支える側の人材となってきています。

これは日本老年学会と日本老年医学会が共同で「高齢者は75歳以上、74歳までは支えられる側ではなく支える側」といった提言をしたのが始まりです。今の定義では65〜74歳は前期高齢者と分類されていますが、提言では75歳以上が高齢者で、65〜74歳は准高齢者と位置づけています。

提言当時の両学会の理事長は、私が支援していた別の学会の初代理事長でもあった関係から、いち早く提言の内容を知り、それを他の医学系学会でも活かす方法を探ってきました。

東京から岡山に移住して、高齢者の支援から発達障害児・発達障害者の支援に活動を移してきて、自分が支える側の年齢になってみて、元気な“准高齢者”の経験と知識を社会に活かしてほしいとの思いから、児童発達サポーターの育成に加わってほしいとの願いをもっての活動をしています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕