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日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、「はじめに」と題した総論部分を使用して、ポイントを紹介します。

日本の20代女性では2割前後が低体重(やせ)であり、先進国の中でも特に高率となっています。

低体重や低栄養は、骨量の低下や月経周期異常をはじめとする女性の健康に関わる、さまざまな障害と関連していることが知られています。

我が国で低体重(やせ)女性が多い背景として、ソーシャルネットワーク(SNS)やファッション誌などを通じた「やせ=美」という価値観が深く浸透していて、それに起因する強い痩身願望があると考えられます。

近年では糖尿病や肥満症の治療薬であるGLP-1受容体作動薬の適応外使用が「安易な痩身法」として紹介されていて、社会問題となっています。

しかしながら、従来の医療制度や公衆衛生施策においては、肥満への対策が重視されていて、低体重や低栄養に対する系統的なアプローチは不十分でした。

その原因として、第一に、低体重や低栄養と疾患の関係性を表すような疾患概念が存在していないことがあげられます。

また、この問題を解決するためには、個人の意識や行動に焦点を当てるだけではなく、痩身願望を生み出す社会構造へのアプローチが不可欠となっています。

このような背景から、日本肥満学会は、日本骨粗鬆症学会、日本産科婦人科学会、日本小児内分泌学会、日本女性医学学会、日本心理学会と協同してワーキンググループを立ち上げました。

ワーキンググループでは、骨量の低下や月経周期異常、体調不良を伴う低体重や低栄養の状態を、新たな症候群として位置付け、診断基準や予防指針の整備を目的とすると同時に、この課題の解決方法についても議論を進めています。

このステートメントでは、閉経前までの成人女性を中心とした低体重の増加の問題点を整理して、新たな疾患概念の名称・定義・スティグマ対策を示すとともに、その改善策を論じています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

顔の表情筋は30種類ほどあるといわれます。表情筋の数は誰しも変わらないとしても、主に使われている表情筋の数には個人差があり、すべての表情筋が使われていたとしても、それぞれ100%の稼働があるわけでもありません。

表情筋は感情を司る脳の神経と密接に関係していることから、感情は表情に現れやすくなっています。嬉しい気持ちのときには嬉しい表情になり、嬉しい表情をすることで脳も嬉しい気持ちになっていくということです。

笑顔は子どもの特徴的な表情で、一般的には1日に400回は笑っているといいます。それに対して、大人の平均は15回ほどです。

それだけ笑わなくなる、笑えるような気持ちにはならないということではなくて、笑えるような感情の動きがあっても、それを笑顔と認識できるような表情をしなくなるということが言えそうです。

笑える条件が整えられていても、そういった条件にあることを忘れてしまっていると、笑うことができなくなります。これは脳には忘れる能力があるからで、これが高まってくると、だんだんと笑えなくなってきます。

そのときには、複雑な表情を作り出すことができる表情筋が充分には働かなくなり、笑顔だけでなく、さまざまな表情を豊かに出すことが徐々にできなくなっていく恐れがあります。

表情筋も筋肉であるので、普段から使わないと徐々に衰えていくこともあり、逆に言うと表情筋を積極的に使うことで、つまり感情を表に出すようにすることで、表情が豊かになっていくということです。

表情筋を、あえて使わないようにして、感情を表に出さないようにしている人もいます。表情から感情、脳の変化を読まれないようにしたいとの思いから、感情が表に出ないように、感情が表に出るようなことを忘れるように心がけている人もいます。

しかし、表情筋は感情の変化があると必ず特徴的な動き方をするので、微表情の特性を知ることによって隠されている真実を知ることができるようにもなるのです。
〔小林正人〕

「四川料理の日」四川フェス実行委員会が、四川の四で4月、中国語で八十をパーシーと読んで四川語の「すごくおいしい」と同じ意味であることから80÷4で4月20日を制定。

「ジャムの日」日本ジャム工業組合が、1910年4月20日に苺ジャムが明治天皇に献上された記録があることから制定。

「珈琲牛乳の日」守山乳業(神奈川県平塚市)が、1923年4月20日に珈琲牛乳を初めて販売したことから制定。

「腰痛ゼロの日」420の会が、腰(4)痛(2)ゼロ(0)の語呂合わせで制定。

毎月20日:「ワインの日」(日本ソムリエ協会)、「信州ワインブレッドの日」(信州ワインブレッド研究会)、「シチューライスの日」(ハウス食品)、「発芽野菜の日」(村上農園)

京都人の気質といえば「進取の気風」が、あまりにも有名です。従来の習わしにとらわれることなく、積極的に新しい物事に果敢に取り組んでいこうとする性質のことです。他の地域にないわけではないものの、特に京都人は突出していると言われます。

言い換えると独創的な発想と行動ということになります。これを英語で表すと「original mind」と表現されます。オリジナルマインドは、健康づくりのキーワードの一つとしてあげられることがあり、物事を進めるときの重要なバックアップの思想ともされています。

独創的な発想は現状打破のためには必要なことであると思って、“オリジナルマインド”なのかと自らに問いながら、新たなことに挑戦しています。

しかし、この感覚に水を差されることがありました。それは京都の方と話をしたときのことで、「独創的やね」という言葉の裏には、「それはおかしい!」という気持ちが隠れていることです。

京都といえば「進取の気風」ということは、京都に本社がある大手出版社の書籍編集部で仕事をしてきた中で象徴的な言葉として使われてきたことで、私も使ってもきました。

それもあって、「京都人=進取の気風」という考えをしがちですが、京都特有の言い回しを忘れてはいけないということを思い起こさせられる機会でした。

もう一つ関連して注意しているのは、「お上手ですね」と言われたときには「下手くそ!」という意味が含まれていることがあるということです。

このような注意すべきことは、相手との関係性、距離感によって違いが出てくるということです。受け入れてくれそうだけれど、距離感を間違うと(半歩でも近づきすぎると)ピシャッと扉を閉ざすことがあるのは、京都を散策していて格子戸を目にするたびに思い浮かべてしまうことです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

多くの人が乗り合わせる公共交通機関のバスや電車などは、子どもが10人乗っていれば、そのうちの1人は発達障害である可能性があります。

成人の場合は、発達障害の特性があっても、社会的な慣れや仕組みを理解することで、“問題行動”(できれば使いたくない言葉)を起こさないようにする、行動を抑えられないとしても問題と認識されるところまでは行かないということが多くなっていきます。

本人の努力や我慢などによって、周囲に気づかれないことも少なくありません。ところが、社会との関わりが少ない発達障害児(18歳未満)を支援する方々を支援する“伴歩”に携わってきて、いまだにバスの中での対応は遅れていると感じさせられます。

運転手は安全に乗客を運ぶのが重要な役割で、その中には交通事故を起こさないように運転することと同時に、車内の安全の確保も求められています。発達障害児は、思わぬ行動をすることがあり、それが安全に支障をきたす可能性があれば、注意喚起だけでなく、時には叱るような声かけ(アナウンス)があることも理解はしています。

しかし、そのことによって発達障害児本人や家族を傷つけ、それが本人を混乱させ、改善のための発達支援の努力を低下させるようなことにもなるのです。そのようなことを知っておくことが最低限は必要だとは思うのですが、まだ充分に理解されているとは言えないところがあります。

このことは運転手の対応に限らないことで、一緒の空間にいて、同時に移動している人(多くは乗客)の対応を見ていても感じることです。しかし、乗客の理解を求めるところまで急に進めるのは現状では難しいところがあり、これは運転手の理解が第一となります。

そのためには、運転手が所属する交通会社の理解が必要であり、同じ地域の交通会社の同じ理解が進むことによって、優しい地域づくりにつながることだと考えています。
〔発達の伴歩:小林正人〕

〔2026/4/19〕
正信念仏偈は、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の著書『教行信証人』の最後に書かれた七言120句(7字×120行)、840文字で書かれたもので、勤行(毎日のおつとめ)や葬儀などでも唱えられています。
阿弥陀如来の徳を讃え、親鸞聖人が阿弥陀如来によって救われたことが述べられていて、すべての人が同じように阿弥陀如来によって救われて幸せになってほしいという願いが綴られています。
正信念仏偈は略して正信偈と呼ばれることがあり、子どもの頃は正信偈としか聞いていなかったので、自分の名前と同じ“正”が使われていると感じただけでした。

少し時を経て、漢字が読めるようになって、寺院での儀式で七言120句の冊子を渡されて、表紙を見たら「正信念仏偈」と書かれていました。これが本名(正式名称)だったのかと気づき、“正と念”が入っていることから、「正念」と子どものときに呼ばれていた寺院出身者が多い理由がわかった気がしました。

正信念仏偈に書かれていることの意味もわからずに、ただただ僧侶の声に合わせて呼んでいるうちに漢字の読み方がわかり、だんだんと考えながら読むようになってきたのですが、読むたびに唱えるたびに違ったことを考えるようになり、これは正信念仏偈の本来の目的と違うのではないか、と思うようになりました。

それは中学生のときだったのではないかと考えているのですが、こう考えるきっかけは神道の祝詞(のりと)との違いを同級生の父親(神社の神主)から聞いたことです。この祝詞については、別の機会に書きたいと思いますが、余計なことを頭に浮かべず、一心に唱えることが自らの心の平安、静寂につながるという考えでした。

そのときから、雑念を払い除ける(雑念を払い除けることも忘れる)ようにして、書かれている文字と向かい合うようになりました。(当時は、そこまでの考えはなかったはずですが)
正信念仏偈を常に唱えることはしていないものの、自分で書き写した840文字は毎日のように読んで(ときどき黙読するだけ)、社会の幸せを願うことだけは続けています。
〔小林正人〕

「良いきゅうりの日」JAあいち経済連西三河冬春きゅうり部会が、良(4)い(1)きゅう(9)りの語呂合わせで制定。

「食育の日」三基商事が、食(4)育(19)の語呂合わせで制定。

「みんなの保育の日」子ども法人キッズカラー(東京都品川区)が、保(フォー=4)、育(19)の語呂合わせで制定。

毎月19日:「いいきゅうりの日」(いいきゅうりの日プロジェクト)、「松阪牛の日」(やまとダイニング)、「熟カレーの日」(江崎グリコ)、「シュークリームの日」(モンテール)、「クレープの日」(モンテール)、「食育の日」(食育推進会議)、「イクラの日」(カッパ・クリエイト)

専門的な話を対面でしているときに、「よく勉強されていますね」と言われたら、これは通常では褒め言葉ととらえられます。こちらから「よく勉強されていますね」と言ったとしたら、それを貶(けな)すような意味で取られることは、よほどの変わり者でもない限りはないはずです。
そう考えるのは、私が京都の出身ではないからです。

京都出身の方々との仕事はPHP研究所の書籍の編集者にしても、島津製作所やオムロンにしても、ずっと続けてきました。島津製作所の子会社の広告代理店も、オムロンの子会社であったプリントシール機などの会社も、「勉強されている」というフレーズは使わないように注意をしていると話していました。

それは京都の特有の表現が、全国的にも、かなり知られてきているから、とのことです。

京都では「よう勉強してはりますな」というのは、知識が豊富なことを指しているのではなくて、「余計なこと言うな!」という意味でも使われます。これは京都での“慣用句”というよりも、京都人の特有な表現法です。

これと似たようなことでは、「よう知ってはるな」というフレーズがあり、これも知識が豊富なことを褒めているわけではありません。端的に表現するなら、話し過ぎであること伝える気持ちが含まれていて、中には「黙れ!」の意味で使っている人もいます。

京都には、取材や打ち合わせだけでなく、講演やセミナーでも訪れたこともあります。観光のときには、相手の反応を気にすることはないのですが、仕事で訪れて、対面で話すときには、どうしても話し過ぎになることもあります。

それは京都人を相手にしているときだけの注意点ではなくて、余計なことは言わないようにする、むしろ話す内容を抑えるように用意するのは当然の注意です。

そんな気持ちをもって、抑えているつもりでも、無口な人、静かに聞くことを美徳としている人には、それでも口数が多いと受け取られることがあります。

よく知っている、よく勉強していると言われないように、まだまだ気をつけなければならないことはあるようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「よい歯の日」日本歯科医師会が、よ(4)い(1)歯(8)の語呂合わせで制定。

「毛穴の日」ドクターシーラボが、良(4)い(1)肌(8)の語呂合わせで制定。

「よいお肌の日」明治が、良(4)い(1)肌(8)の語呂合わせで制定。

「夏美容はじめの日」パナソニックが、よ(4)い(1)お肌(8)の語呂合わせで制定。

毎月18日:「防犯の日」(セコム)、「おにぎりの日」(中能登町)、「頭髪の日」(全国理容生活衛生同業組合連合会)

同じことを話していても、同じ意味で話しているとは限らないというのは、どこの地域にもあることですが、その極端な地域とされるのが京都だというのは、ほぼ定説になっています。

言葉の通常の意味で捉えていると、失敗をしかねないということで、京都の人との付き合いはビジネスを含めて注意が必要だというアドバイスをする人は多く、これをネタにした書籍や雑誌記事、ネット情報も多数あります。

京都で食事をしていて、「おいしそうに食べはりますな」と言われたとき、どう考えたらよいのかということですが、額面どおりに“おいしいものを、おいしく食べている”、そのことがわかってもらえて、喜ばれていると思ったら大間違いということもあります。

「おいしそうに食べはりますな」は、食べ方が雑、もっと上品に食べてほしい、という意味合いで、中には「音をたてて食べるな!」というキツイ物言いを、やわらかな言葉づかいで言っているということもあるのです。

京都は観光都市であって、地方からの客で成り立っている店も多くあります。また、歴史がある街に並ぶ商店は地元の人の経営が多いとしても、そこで働く人は他の地域から来ている人ということも少なくありません。

「おいしそうに食べている」という指摘が、すべて裏の意味合いで言っているということはなくて、それは他の地域から来ている人に対しての、京都特有とされる“いけず”の表現ではないはずです。

しかし、「郷に入っては郷に従え」ではないものの、一定の雰囲気の中で仕事をしていると、だんだんと“郷の人”の雰囲気を身につけていってしまうことも往々にしてあります。

京都の周辺に住む人は、京都人との交流を若い時分からしてきているので、京都で仕事をしているだけでも“郷に従った”雰囲気を醸し出しがちです。こういったこともあって、京都では本当においしい料理でも「おいしそうに食べている」と思われないように、気をつかってしまいます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕