投稿者「JMDS」のアーカイブ

このテーマ(自業苦・業苦楽)に限らず、いろいろなところで母親の実家の寺院のことを書いているのは、自分の故郷がどこなのかわからないからで、新潟から高校卒業後に東京に出て、その44年後には岡山に住んでみて、ますますわからなくなっていました。

元々の出身地を聞かれれば、新潟県内の地名をあげるのですが、私が生まれたのが出雲崎町(母親の実家)、本籍地は柏崎市(父親の実家)で、その後は県内でも10か所に住んでいます。

実際に住んだ家ということでは、同地域で移動したことがあり、合計すると県内だけで15か所になります。

新潟県であることは同じであっても、世間的には出身地を聞かれたときには「柏崎市、原発の街」と言っています。

柏崎刈羽原子力発電所の1号機が着工したのは1978年のことで、営業運転が始まったのは1985年です。柏崎に原子力発電所ができることが決定したのは1974年のことで、その時には私は地元出身の総理大臣の私邸に出入りしていたことから、原発計画の詳細を知って、地元に戻ることはないだろうと感じていました。

ちなみに柏崎市は、原子力発電所から半径5km圏内のPAZ(予防的防護措置を準備する区域)に含まれています。
柏崎市に比べると出雲崎町は今でも漁師町で、あまり有名ではないのですが、江戸時代は遠景に見える佐渡島の金山からの金を受け入れて、そこから江戸まで金が運ばれたという天領地でした。

江戸時代のほうが人口が多かったという栄えたところで、その地の庄屋から出家したのが曹洞宗の禅僧の良寛和尚です。

良寛和尚が備中・玉島(岡山県倉敷市)の円通寺で修業したことは岡山では有名な話で、良寛和尚にちなんだ銘菓も有名です。そんなこともあって、良寛和尚の生まれ在所の出雲崎で私も生まれた、そこは寺院だった(宗派は浄土真宗)と話として持ち出しやすいことから、便利に使っています。

その出雲崎町は原子力発電所から18kmほどで、半径30kmのUPZ(原子力災害対策重点区域)に完全に含まれています。
〔小林正人〕

時間と人の管理を行うコンピュータ・ソフトの管理ソフトが開発されたことで地域通貨は共通通貨となり、TimeBanksは中央銀行(Central TimeBanks)の位置付けを得るようになりました。

TimeBanksは銀行のシステムを応用していることから、多くの時間の預け入れの成果を、社会貢献団体などに時間を寄付するところまで進めることができました。

しかし、社会貢献に時間が使われても、それは金銭の代わりの寄付という感覚があり、その社会貢献が新たな時間を生み出すところまでは、30年を経た今でも達成されている状態ではありません。

この仕組みを今、導入しても、我が国特有の社会課題を解決するまでには期間がかかることは容易に想像できます。

そのようなことから新たに発想されたのが、社会貢献活動が時間を生み出し、その時間が有効に活用されることによって、新たな時間を生み続ける活動組織でした。

新たな活動というと、その担い手として若い世代ばかりが注目されがちですが、社会貢献の対象者となる人も、新たな時間を生み続ける活動組織の重要な人材になります。

それについては次回以降に明らかにしていきます。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルのマンガンの「生活習慣病等の発症予防」を紹介します。

〔生活習慣病等の発症予防〕
40〜79歳の日本人男女5万8782人を対象にして、心血管系疾患による死亡率とマンガン摂取量との関連を検討した追跡研究は、マンガン摂取量が最も多い群(摂取量中央値10mg/日)は、最も摂取量が少ない群(中央値3.0mg/日)に比較して、心血管系疾患による死亡リスクが低いと報告しています。

この研究は、女性においてマンガン摂取量が多いほど、2型糖尿病発症が少ないとしています。

一方、血漿マンガン濃度と2型糖尿病発症リスクとの関連を検討した別の研究では、血漿マンガン濃度の低下と上昇のいずれもが糖尿病発症リスクを増加させており、両者の関連はU字型であるとしています。

以上より、マンガンが生活習慣病の発症に影響を与える可能性はあるものの、目標量(下限値と上限値)を設定するには定量的なデータが不足していると判断しました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルのマンガンの過剰摂取の回避の「耐容上限量の策定方法」の続きを紹介します。

〔耐容上限量の策定方法〕
*小児・乳児(耐容上限量)
十分な報告がないため、小児および乳児の耐容上限量は設定されていません。

*妊婦(耐容上限量)
妊娠初期から中期にかけての血中マンガン濃度の上昇が大きい場合、妊娠高血圧症を誘発するリスクを上昇させるという報告があります。

妊婦の血中マンガン濃度は妊娠初期から末期まで週数を経るごとに高くなると報告されており、妊娠の進行に伴ってマンガンの吸収率が鉄と同様に上昇している可能性があります。

十分な報告がないため、耐容上限量は認定しなかったものの、妊娠後期に血中マンガン濃度が高い場合に低出生体重児の割合が高いことが報告されていることから、妊娠中にはマンガン摂取が過剰にならないように注意すべきです。

*授乳婦(耐容上限量)
十分な報告がないため、授乳婦に特別な耐容上限量は設定されていません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

発達障害は自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)の3タイプに大きく分けられています。

学習や生活の面で特別な教育的支援を必要とする児童生徒数について、文部科学省が2022年に実施した『通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査』の結果を、先に紹介しました。

その結果では、約8.8%程度の割合で通常の学級に在籍している可能性を示しています。この約8.8%の発達障害児以外に「何らかの困難を有していると教員が捉えている児童生徒がいる」と注意を促しています。

さらに調査によると、発達障害の可能性がある児童生徒のうち、校内委員会で特別な教育的支援が必要だと判断されたのは18.4%と5人に1人にも満たない状態です。しかも、発達障害の可能性のある児童生徒のうち、38.6%が「いずれの支援も受けていない」という結果となっています。

早期発見が充分でないこともあり、実際に発達障害児は10%に達していると推定されています。海外の複数の調査では発達障害児の割合は14〜19%にもなっています。

発達障害は脳機能の発達の偏りやズレが要因となって、社会生活に困難が生じる状況となっています。病名にも法律(発達障害者支援法)にも「発達障害」が使われていることから一般の障害者であるような扱いをされがちです。

しかし、発達障害は成人になれば治るというものではなく、社会での関わりが強まる中で対応力がつくために現れにくくなっているだけであり、発達障害の特性は生涯にわたって続いていきます。

早期発見ができなかったために、大人になってから発達障害の特性が現れる例も少なくありません。その基本的なところの理解がされていないことが、発達障害児(18歳未満)、発達障害者(18歳以上)の困難さを強めることにもなっているのです。
〔発達の伴歩:小林正人〕

「おからのお菓子の日」おおむぎ工房(栃木県足利市)が、イソフラボン、大豆サポニン、大豆オリゴ糖の入ったおからを原料とした菓子の普及を目的にイソフラボン(1)、大豆サポニン(3)、オリゴ糖(0)の語呂合わせで制定。

「節々の痛みゼロを目指す日」ひまわり(東京都江戸川区)が、いた(1)み(3)ゼロ(0)の語呂合わせで制定。

毎月30日:「EPAの日」(日本水産)、「サワーの日」(宝酒造)、「みその日」(全国味噌工業協同組合連合会)

生まれたのは母親の実家の寺院(新潟県出雲崎町)で、浄土真宗ということで、他の宗派とは異なることから、その違いは仏教を学び、葬儀の本質を経験するスタート地点となっていました。

母親の実家での出産は当時は普通のことで、その後は父親の勤務地で暮らしていました。戦後の警察最大の不祥事として今も記録に残る松之山事件が起こり、その影響を受けて3歳から小学生になる直前まで、親元を離れて出雲崎町の寺院で過ごすことになりました。

その事情については、連載コラムの中で何度となく書いてきました。

小学1年生から3年生まで暮らしていたのは山奥の村で、小学校も中学校も春休み、夏休みのほかに、田植え休みと稲刈り休みがありました。農家ではなかったので、田植えと稲刈りの時期は出雲崎町に行っていました。

母親の実家は休みのときには行くところという感覚でした。

高校は父親の実家の柏崎市にあって、親元を離れて通いましたが、学校が休みのときには、父親の勤務地(父母の元)よりも近い母親の実家に行っていました。

大学は上京して、東洋大学で学びました。寺院での経験があり、地元出身の総理大臣の私邸に出入りしたことから政治につきものの葬儀では、他では経験できないことをさせてもらいました。その基礎となる資料は、大学の図書館に数多くありました。

東洋大学は仏教というよりも東洋哲学(特にインド哲学)が有名でしたが、その縁で岡山市の歴史ある寺院の先輩と後輩とつながることができました。

詳しい事情を知りたいという方には、これまでの連載コラムで書いてきたことを抜き出して渡すようにしていますが、さまざまなシーンで経験した葬儀業界の知識は、これから岡山で役立てることができるものと感じています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

業界出向の話が私にあったときに、理解しやすかったのは2つのルートで厚生省時代から関わりがあったからです。

厚生省の本省(霞が関)には専門官として栄養士・管理栄養士が所属していましたが、そのほとんどは国立病院からの出向でした。

私の臨床栄養の師匠は、国立病院の中でもトップとされる国立病院医療センター(現・国立国際医療センター病院)の栄養管理室長を最後に独立(退職)して、HDS(病院栄養管理)研究所を設立しました。

また、日本栄養士会の理事長、日本臨床栄養協会の副会長、国立病院栄養士協議会の会長などを務めていました。

厚生省(〜2000年)、厚生労働省(2001年〜)の栄養専門官は、師匠の後輩という関係もあって、健康・栄養行政の審議などに参加していました。

私はHDS研究所の主任研究員でもあったことから、栄養専門官との付き合いはあったのですが、それ以外にも叔父が日本社会事業大学の学長を務めた社会福祉学者であることから福祉関連の部署とのつながりもありました。

これは業界出向として厚生労働省に通う直接的な要因ではなくて、最も大きかったのは大蔵省の厚生省担当(厚生班長)が、たまたま私の知人の大学の同期であった関係から、予算についても情報を得るようになっていました。

2001年の中央省庁再編は、合併する省庁が増えることによって予算担当の部署が大忙しになることは予測されていたのですが、全体予算を取りまとめる財務省も中央省庁再編によって、さらに大忙しになることはわかっていました。

中央省庁再編は合併(厚生労働省=厚生省+労働省)の他に分割もありました。その代表的なところは大蔵省で、財務省と金融庁の2つの省庁となりました。

それが、どのように私と関わってくるのか、その中で私が「ビール券の小林」と厚生労働省の中で呼ばれるようになったことについては、別の機会に書ければと思っています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

良寛和尚(禅師)の「天上大風」の書は、書道作品として江戸後期から今に伝えられていて、その解釈も一定のものではありません。受け取る人によって違いがあっても許されるのは、そこが金言たるところです。

「天上大風」(てんじょうおおかぜ)は、「空は穏やかに見えても、その上空では激しい風が吹いている」という仏教的な戒めや人生観を表す言葉というのが、一つの解釈です。

「天上大風」の言葉の印象の強さから、「現生の平穏さの裏に人生の試練や真理が隠されている」という悟りの境地として説明されることもあります。

そこから現在のように閉塞感のある時代でも、前向きな気持ちで大きな風を呼び込み、良い方向へ進もうという素朴で力強い(ポジティブな)願いを表現する言葉としても使われています。

もう一つは、素朴な解釈そのものなのですが、これこそが良寛和尚の純粋な心を表す言葉(金言)とされています。

「天上大風」は空の上には強い風が吹いているというのが直接的な意味で、子どもの凧揚げがうまくいかないときに、「天上大風」と書いたところ空高くあがったという逸話が残されています。

これは「空高く風よ吹け」という純粋な気持ちを込めた言葉という解釈としても伝えられています。

「天上大風」に強く惹かれるのは、私が3歳から親元を離れて暮らした母親の実家の寺院が新潟県出雲崎町にあり、良寛和尚の出身地も出雲崎町だったことも影響しています。
「天上大風」の書が寺院の門徒(浄土真宗なので檀家とは呼ばない)の家で常に目にすることがあったこと、出雲崎町では良寛和尚の生家の跡の良寛堂、良寛記念館があり、飲んでいたのが良寛牛乳だったなど、良寛和尚の存在(?)が子どもの頃の地元の感覚(?)とつながっていたこともあります。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

感覚過敏がある子どもには、煮物は一つひとつの食材は食べることができても、肉、じゃがいも、ニンジン、タマネギが一緒に煮込まれて出てくると、味が混じることで食べられない、食材の味がわからなくなるから食べられないということがあります。

そのために、食材を目で確認して選択して食べられる肉じゃがは大丈夫でも、同じ食材が使われたカレーやシチューは食べられない、食べるように言われることに耐えられない、ということも、よくみられることです。

視覚にも敏感で、揚げ物、炒め物、煮物、焼き物などの茶色の料理が嫌という子どもがいれば、鮮やかな色が落ち着かない、気持ち悪いという反応をする子どももいます。

また、嗅覚も敏感で、苦手な料理の匂いがするだけで気持ちが悪くなるので、単品しか食べられない、他の人と一緒に食べられないという例があります。

口の中で発する音が嫌で食べられないという聴覚の過敏や、味覚と温度が一致しないと食べられないという例もあります。

味覚過敏と並んで極端な偏食など食事に影響を与える触覚過敏、視覚過敏、聴覚過敏、嗅覚過敏の特性も知っておくことも大切になります。

野菜が食べられない子どもも多数いて、その理由が一つではないことから調理の工夫だけでは対応できないことが少なくありません。不足する栄養素をサプリメントや栄養補助食品から摂ることを願っている保護者も多く、それに対応する指導を求められる機会も増えています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕