投稿者「JMDS」のアーカイブ

〔2026/5/4〕
アルコール飲料の提供を専門としている人は、いわゆる“酒に強い”というイメージがありましたが、「酒に強くてはいけない」と言われる方と出会ったときは驚きの感覚がありました。
その言葉をいただいたのは、パレスホテル(東京・丸の内)の「ロイヤルバー」の初代チーフバーテンダーの今井清先生です。
今井先生の異名は「ミスター・マティーニ」で、マティーニを作らせたら世界でも右に出る者はいないとまで言われた超有名人です。

マティーニはドライ・ジンにドライ・ベルモットを4:1の割合で合わせて、あとはステア(材料と氷をミキシンググラスに入れて手早くかき混ぜる)してオリーブを添えるだけのシンプルな作り方だけに、「カクテルはマティーニに始まりマティーニに終わる」と言われます。
初めての客に一杯目でマティーニを注文されたら、「試験をされているに違いない」と思って覚悟して作らなければならない、とも言われています。

マティーニはジンベースのカクテルの代表で、カクテルの王様とも呼ばれています。その王様を扱うミスター・マティーニと呼ばれるようになったのは、バーテンダー世界大会のマティーニ部門の優勝者ということだけではありません。
冷蔵技術が普及していない戦後の時期に、常温に置かれたジンを冷やしてからマティーニを作った最初の人で、ジンそのものの味を残した冷たいマティーニを飲むことができるようにしたパイオニアです。
また、マティーニを最もおいしく味わえる形状のグラスを独自に開発したことでも知られています。

ジンを冷やしておくことによって、ステアのときに氷が溶けて味が薄まることを極限まで減らすことができるわけですが、それだけでなく、さまざまな逆転の発想をされた方であり、それは私のような素人でもカクテルを通して学ぶことだらけの師匠でした。

もう一つ特筆したいのは、アルコール飲料全般との付き合いについてで、お酒に関わる仕事をする人は、いわゆる“酒に強い”のが当然と考えられるところがあります。中でもカクテルは、あらゆるアルコールの特徴を知っておく必要があるため、“飲める人”でないと務まらないとされてきました。
私のワインの師匠の桑山為男先生については前回書きましたが、ソムリエは五感が重要で、「胃の流れまで感じ取る」と言われるほど“飲める人”がほとんどで、桑山先生も同じでした。

ところが、今井先生はアルコールに弱い“飲めない人”でした。バーテンダーが酒に強いと、だんだんと辛口を好むようになり、カクテルのテイスティングも変化していくと教えられました。
“飲める人”ではいけないということではなくて、「味覚が変わるほど飲んではいけない」という教えであると勝手に解釈をして、その教えを今でも守っているつもりです。
〔小林正人〕

「ラムネの日」1972年5月4日に千葉勝五郎氏がラムネ(レモン水)の製造・販売の許可を取得したことにちなんで制定。

「口臭ケアの日」いいの製薬(神奈川県横浜市)が、こう(5)しゅう(4)の語呂合わせで制定。

「しらすの日」朝日共販(愛媛県伊方町)が、全国のしらす漁が解禁になる5月と、しらすのし(4)から制定。

「とろけるハンバーグの日」GROSBAL(神奈川県相模原市)が、とろけるハンバーグが2019年5月4日にロケットで初めて宇宙に行ったことから制定。

「巻寿司の日」あじかん(広島県広島市)が、立夏の前日の節分に巻寿司を丸かぶりすると幸運が訪れるとされることから制定。

毎月4日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

全日本ミニマリスト協会というコミュニティがあって、この組織が法人化(一般社団法人)されたときに、3人だけの理事の1人として加わりました。“ました”と書いたのは、役割が終わった(社会的な役割か、それとも代表者の役割か)ということで、一般社団法人から任意団体に戻ったからです。

ミニマリストはミニマリズムを実践する人で、この活動の前からもミニマリストを自称する方とは数多く会ってきました。本当にミニマリストなのか、という感想や評価は別として、多くの考え方があることを、ずっと感じてきました。

そして、目的も目標も、それぞれ異なっていることを承知していて、あえて書こうとしているのは余計なものを買わない、持たない、整理するという一般的な認識ではなくて、人脈と時間のミニマリズムです。

自分が住んでいる空間には置くところが少なくて、そのまま持っていたら片付かないので、他に預けるというのはミニマリズムと言えるのか疑問がありました。私の場合は仕事に合わせて住まいを変えてきたので、収納スペースは広がったり、狭くなったりの繰り返しでした。

まだ収納スペースがあっても、一定の時期が来たら整理をして、実家(新潟県柏崎市)の蔵に移すということをしてきました。その中には子どものときからの写真の数々もあれば、卒業証書も武道の段位証明もありました。ここで“ありました”と書いたのは、過去のことというよりも、完全に消えてしまったからです。

それは中越沖地震によって蔵が崩壊したためで、何もかもなくなってしまいました。

大学の卒業証書が本物か偽造かと社会を騒がした自治体の長と同じ大学、同じ学部、同じ学科の卒業証書も見つけることはできませんでした。

私が蔵の中に納めたミニマリズムの結果が、本当に何もなくなるという完璧に消えたミニマリズムになってしまったのですが、そのおかげで記憶の中に留めることができています。

脳のスペースは限られているものの、その気になれば限りなく蓄積することができる、という一つの証明のようなものかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

病気であれば、それを改善するための治療とともに食事療法が必要になります。

糖尿病を例にすると厚生労働省の国民健康・栄養調査の結果では、日本の成人の10%が糖尿病、10%が糖尿病予備群とされています。成人の5人に1人が糖尿病か予備群という状態ですが、予備群は食事療法だけでも改善が可能です。

糖尿病まで進行しても、医薬品(血糖降下剤)は食事療法をしていることを前提に使われます。食事療法で食べすぎを抑え、血糖(ブドウ糖)を血液中から減らすために必要な栄養素を摂ることが重要となります。

障害は病気であるのかということについては議論もあるところですが、一般的に病気というと内臓疾患と考える場合には、障害は病気ではないのかもしれません。発達障害は医学的には障害とされていますが、これ改善するには食事療法と同様の支援が必要となります。

発達障害では脳の機能が関係していることから、脳のために必要なエネルギー源が不足するようなことがあってはいけません。

身体のエネルギー源は糖質(ブドウ糖)、脂質(脂肪酸)、たんぱく質(アミノ酸)ですが、脳細胞にエネルギー源を取り込むゲート(血液脳関門)を脂肪酸とアミノ酸は通過することができません。そのため、ブドウ糖が脳の唯一のエネルギー源となっています。

発達障害では心身の負荷が大きいことから、脳の働きを高めるためにはブドウ糖は重要ですが、さらにブドウ糖をエネルギー化させるために必要となる水溶性ビタミンを複合的に摂る必要があります。

脳は全身のコントロールをしていて、コントロールを受けて全身の細胞が正常に機能するためにはブドウ糖、脂肪酸、アミノ酸は欠かせません。

発現理由が明らかにされていない発達障害では、細胞レベルからの機能回復が重要であるとの考え方からすると、すべての栄養素(糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラル)が必要になります。

ところが、発達障害では感覚過敏のために食べられないものがある例が目立っていて、なかなかバランスのよい栄養摂取が難しくなっています。だから、サプリメントを摂ればよいというのは極論であって、バランスの取れた食品としての栄養食(カロリーメイトなど)や粉ミルク(乳児用)のように食品の形で摂ることから始めるべきだと考えています。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

「物心一如」から話は「迷悟一如」(めいごいちにょ)に移ってきて、お題を途中から変えようかと“迷った”のですが、迷うことも悟ることも一体であるという意味がわかるまで迷ったままで書くべきかとの考えでいます。

迷った状態は苦しみであり、苦しみのない状態を求めるために、さまざまな物を求める人と、心の救いを求めて訪ね歩く人が少なからずいます。

苦しみの根源は執着であるという教えが古くからあり、物への執着を捨てようとする“ミニマリスト”の行動は正しいように見えても、その行動そのものが執着であることには気づきにくいものです。

では、物への執着は続けてよいのかというと、それは違っているという認識の人が多いはずです。

迷いの苦しみをなくして、悟りを得ようと一生懸命に励むのは、前回に紹介した“誤った認識に執着する迷い”そのものです。

そんな執着心も本質的な一体性においては無意味であるということが「迷悟一如」と「物心一如」の視点です。

“迷いの人生”を歩むこと自体が悟りへのプロセスであり、現実をありのままに受け入れる姿勢こそが悟った自分に近づく方法であるとの考えがあることを伝えています。

しかし、そのことは、なかなか通じない、理解してもらえないのが実際のところですが、その伝える実践が“迷い”だとする、すでに悟っているわけではないにしても、私は“悟り”に向かって邁進していると感じているところです。
〔小林正人〕

「物心一如」(ぶっしんいちにょ)から迷悟一如(めいごいちにょ)を引き出して、前回は終わりました。今回は「迷悟一如」について書いて、今後の連載に続けてきたいという思いです。

迷悟は、迷いと悟りを指す仏教用語です。誤った認識に執着する迷いと、それを打破する真理に達した悟りを意味しています。

これを見て、迷いと悟りは対立するものと感じる人は少なくないのですが、迷いも悟りも本質的には同じもので、一つのものの両面でしかないというのが仏教的(インド哲学的)な考えです。

それを明らかに(強調)するために一如をプラスしたのが迷悟一如で、迷いと悟りは根本において一体であり、区別するものではないという教えを表す重要な言葉(キーワード)となっています。

煩悩に満ちた迷いの姿そのものが、真理を理解した悟りの姿であるという、絶対平等の境地を表しています。

このようなことは、東洋大学でインド哲学を学ばせてもらったときに、比較、排除するのではなく、まずは受け入れて融合させていくことの大切さを強く意識させられました。

大学では法学部に本籍をおいて、文学部でインド哲学、社会学部で福祉を同時進行で学んでいく中で、それぞれの立場を尊重して受け入れ、それを融合させて、世の中のために役立つ存在であり続けるための方法も学んだつもりです。

できるだけ、それが叶えられるような環境にいたいと願っていたものの、“誤った認識に執着する迷い”のままの人が案外と多く、中でもリーダー的な立場にいる人に多いことに気づいて、どう対応すべきかを考え続けてきた50年間でした。
〔小林正人〕

受講者の立場だけで、学んで、試験に合格するだけなら、わからないことが一部あっても問題はなくて、また理解できないことがあっても問題にはならないかもしれません。

ところが、教える立場になるとしたら、わからないことを、そのまま放置しているわけにはいかなくなります。

一生懸命に学ぶだけでなく、ずっと最新情報を得て学び続けることができるように、メディカルダイエットやサプリメント、健康ウォーキング、発達障害の学習障害支援などのテーマでも、状況に応じて3段階方式を採用してきました。

モチベーションの維持は資格認定講習には重要な要素で、モチベーションが継続していれば2〜3年ごとの資格の更新も行い、資格を活かして活動していこう、資格を看板にして自分の仕事に活かそうという人は増えていきます。

資格認定講習は開催するのは簡単でも、継続するのは難しいとされます。いかに継続のためのモチベーションを高めることが重要かということで、認定者への発信情報に力を注いでいる団体もあり、その情報の提供を私たちのところに求めてくる団体もあります。

私が代表を務める日本メディカルダイエット支援機構では、健康関連の情報リサーチを毎日続けていて、それを毎週1回まとめて「健康情報」として送っています。

継続のための講習内容の更新と定期的な情報発信がないと、せっかくの資格認定が「絵に描いた餅」になりかねず、継続の意志も「絵に描いたモチベーション」となってしまいます。

そのような実質が伴わないモチベーションにならないようにするには、必要とされる情報を提供することが重要で、そのためには資格認定者との交流によって実態に即した希望を把握し続けることが必要です。

日本メディカルダイエット支援機構は、この情報発信がモチベーションを維持するための重要項目と認識しています。

資格認定団体の中には、「うちの会員(認定者)は注文をつけてこないので満足しているはず」と話すところがあるのですが、質問にまともに答えてくれないことが続くと、質問すらしなくなります。

そのことがわからずに、急に更新会員が減ってから慌てて相談されても、もう手遅れということにもなります。

そんなことにならないように、また自分への自戒の念も込めて、講習ではギャグに聞こえるだけかもしれないのですが、「絵に描いたモチベーション」を口走るようにしています。
〔小林正人〕

〔2026/5/3〕
ワインを勉強することは夢のまた夢と思っていたときのこと、そんなことを思うとチャンスが向こうから飛び込んでくることもあって、桑山為男先生にインタビューする機会があり、さらにジャパンワインソサエティ(Japan Wine Society)に入会させてもらい、嫌でも勉強させられることになりました。
桑山為男先生といえばワインの世界では知らない人がいない重鎮中の重鎮で、私が巡り合ったときはホテルオークラ(東京・虎ノ門)のメインレストラン「ラ・ベル・エポック」のチーフソムリエ(後のシェフソムリエ)でした。

初めて名刺交換させてもらったときに驚いたのは通常より幅広の名刺で、そこには数々のワインに関する役職や資格名が列記されていました。フランスの各地のワインの協会によるワイン騎士などに続いて、ベネンシアドールとありました。
これはシャリー酒(スペイン・アンダルシ地方の白ワイン)を樽からグラスに注ぐプロの資格で、当時は日本人では1人だけ、というよりもスペイン人以外では世界で唯一の存在でした。
ただ長い柄杓を使って注ぐだけではなくて、空気を含ませて注ぐために大きく弧を描いて、宙に飛ばしてグラスに的確に注ぐというベネンシアドールでも数少ない技術の持ち主でした。

ジャパンワインソサエティは桑山先生がホテルオークラ内に設立したグループで、当時はワインに直接関わっていないメンバーは私だけでした。ワインの魅力を伝えることが役割ということで、さまざまなメディアに取り上げられるように動きました。
このことが先にメディア対応していたソサエティのメンバーからは後ろ指を指されるようなこともありましたが、桑山先生には「ワインだけでも多くの分類があるのだから、多くの種類の酒を知ることはワインの普及にも役立つ」と言ってもらいました。

その当時は貴腐ワインが日本(山梨)でも製造されるようになったばかりの頃で、白ワイン用のブドウの果皮が特殊なカビに感染することによって皮が薄くなり、糖度が高まり、特有の芳香が出るという超高級ワインでした。
とても手が出るようなものではなかったのですが、貴腐ワインの製造所に取材と称して一緒に行かせてもらい、持ち帰ったものを料理と合わせて、メニューを考えるという機会にも参加させてもらいました。

他の国内のワインの醸造所にも一緒に訪問させてもらい、国際ワインコンクールで金賞を世界で一番多く受賞したルミエールにも行かせてもらいました。
そのワインショップが、私が月刊の健康情報誌を13年間担当していた社団法人の近く(東京・永田町)にあったので、“仕事に行ったのかワインの買い付けに行ったのか”と言われるほど買い集めていました。

桑山先生から言われたことで強く記憶に残っているのは、「ソムリエの真似は人前ではしないように」ということでした。
ソムリエはワインの味を確認するために、口に少し含んでドゥルルッと啜るように鳴らすことがあります。これは急激に空気に触れさせて香りを立たせるための手法です。
これはソムリエだけに許されることであるのに、レストランのホストテイスティングのときにドゥルルッと鳴らす人は今でも年に何回か目にしています。
〔小林正人〕

「五三焼カステラの日」和泉屋(長崎県雲仙市)が、卵黄と卵白が5対3の濃厚カステラの五三焼カステラの普及のために五三にちなんで制定。

毎月3日:「くるみパンの日」(カリフォルニアくるみ協会)、「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

これまで京都の対人関係のことを書いてきたのは、京都人のように、ある意味で定番化された(京都人らしい?)感情があればわかりやすいのに対して、心の中が読みにくい人が実は全国的に存在しているからで、それに対する私自身の反省の意味もあったからです。

長らくお付き合いをしてきた京都の知識人や出版、研究などの人脈は、それこそ知識が豊富で、それも本人の努力に加えて、地域的・歴史的な背景などもあって、そう簡単には「知識豊富」と認めてもらえないところがあります。

私の縁戚関係では京都大学で学んで、医学・科学・工学などで活躍している人は3人だけですが、京都大学に勝るとも劣らない大学で学んだ京都出身者は7人います。

この10人だけでもデータベースが構築できるのではないかと思うくらい(実は、ずっと思っていた)で、彼ら・彼女らから「知識豊富」と評価されようと思ったら、「これだけは誰にも負けない」(国内だけでなく世界に目を向けても)、「私がつなげば想像を超える成果が得られる」と本気で言ってくれるような特性と特徴が必要です。

1回や2回なら評価されるのは簡単でも、ずっと評価が続くようなこととなると、まだ本気で言ってもらえる(もらえた)と胸を張っては言いにくいところがあります。

そのようなことを考えて、文に残しているのは、評価してくれる方がプロ中のプロで、しかも1つや2つの分野だけの専門家(スペシャリスト)ではなくて、“マルチな才能”を持っている方と付き合ってきた経緯があるからです。

私が「知識豊富」とか「動くデータベース」と言われたとしても、全部の情報を自分で開拓したわけではなくて、それぞれの情報をまとめてきただけのことです。

これは脳細胞と同じようなところがあって、それぞれの脳細胞に情報を詰め込むだけ詰め込んでも、それを組み合わせて使える形にできなければ、時代に取り残された情報(存在)になりかねません。

そして、それが発揮される環境があって初めて活用できるものであるので、評価する人が、実はデータベースを活かせる存在である、私は活かされなければ“ゴミ扱い”されかねないと本気で話をさせてもらっています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕