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“千差万別”という言葉は、数多くの状態があるということで、私が岡山に移住してきた9年ほど前から、気になっていた活動の発達障害児支援でも使われています。

発達障害児支援については、この連載コラムの中で次々に出てくることになるかと思いますが、千差万別は様々な人がいるという意味で使っているわけではありません。

同じ状態であると判断しても、その中で大きな変化もあり、他の状態が加わってくることもあって、例えばカルテに前回の診察時に書かれたことと同じことが今回も起こっているとは限りません。

閃輝暗点(せんきあんてん)の状態は千差万別で、その状態も固定されたものではなくて千変万化なので、どのような状態だと説明するのは難しいことです。

そのために通い慣れている大病院であっても、担当してきた医師でないと間違いを起こしかねないところがある、ということを前回(日々邁進11)書きました。

これが私でなくて、他の人であったら、誤診をされることになったかもしれません。

また、医師の理解を進めることをしてこなかったら、いつまで経っても嘘を言っているような扱いをされたかもしれないと感じています。

理解をしているはずの医師も、前回とまったく違う状態を説明されると困難してしまい、「本当ですか?」と本来なら医師として口にしてはいけないことが出ることもあります。

それは1回や2回のことではなくて、もう数えるのをやめようとしてからも10回は超えています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「将軍の馬」の金言たるところを説明するために、「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」という似ているようでも全く違っている諺(ことわざ)を引き合いに出して話を進めてきました。

そして、前回(金言の真理84)の最後に、「将軍の愛馬の葬式には多くの参列者が来るが、将軍の葬式には人が集まらない」という皮肉な状況を示す言葉だと紹介しました。

これは時の権力者の周りには呼んでもいないのに多くの人が押し寄せてくるのに、権力の座から滑り落ちた途端に集まる人が激減するということと共通することで、そのようなシーンを数多く見てきました。

政治の世界では、滑り落ちた権力者のもとに人が集まらなくなるだけでなく、集まってきていた中の1人もしくは複数が“音頭を取って”、すでに集まっていた人たちを引き連れて次の権力者の座を狙うというのは当たり前になっています。

「将軍の馬」の葬式に多くの人が集まるのは、実は次の権力者のもとに集まるための儀式のようなものだったということもあります。権力の座から滑り落ちるのを防ぐための対策の会議の場だったはずなのに、引き摺り下ろすための“腹の探り合い”の場であったということも、その場にいて体験したことがあります。

“今太閤”(現代版・豊臣秀吉)とまで呼ばれた国のトップの私邸に出入りして“錦鯉の世話係”という役割をもらっていたときに知り合った方々が、引き摺り下ろしを扇動して、派閥まで引き継ごう(強奪?)としていたことに後で気づいたという話です。

その“今太閤”は、すでにトップではなかったものの“キングメーカー”の立場でしたが、その役割からも引き摺り下ろして、国にトップに就くことになりました。

このような嫌な世界の出来事は、できれば見たくない、聞きたくもないとは思っていたものの、今でも後追い情報が伝わってきて、そのたびに「将軍の馬」という言葉を思い出してしまいます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

学習障害の識字障害は、読字障害と呼ばれることもあります。

識字障害は文字を音に変えることに困難さがあり、文字を見て、音を思い出すまでに時間がかかることがあります。そのために音読が流暢にできないもので、文章を読むときに時間がかかり、疲れやすくなります。

読むことを嫌い、知識の不足から学力の低下を招くことがあります。長文を読もうとすると、目で追っていくことが難しいことがあります。

識字障害の具体的な特性としては、以下のことがあげられます。

*ひらがなの音読が遅く、読み間違える

*文字を逐次読み(一つひとつ拾って読む)する

*単語または文節の途中で区切ってしまう

*単語の文字を逆さに読む(いか→かい)

*形の似た文字を間違って読む(“め”と“ぬ”)

*拗音(きゅ、しゅ)、促音(きって)が読みづらい

*読んでいる文字や文章の意味を理解することが難しい

*早く読むと内容が理解できない

*音読より黙読が苦手

*文章を読むのがたどたどしく、文章の内容(あらすじ)をつかんだり、まとめたりすることが難しい

*読んでいるところを確認するように指で押さえながら読む

*文末などは適当に自分で変えて読んでしまう

*見慣れた漢字は読めても抽象的な単語の漢字を読めない

*読み方が複数ある漢字を誤りやすい

*意味的な錯誤がある(教師をせんせい)

*長い文章を読むと疲れる
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

輸入される食品に残留する農薬は大きく2つに分けられています。

その1つは栽培の段階で使われる農薬ですが、これは残留しにくいものです。残留しやすいのは、プレハーベストと呼ばれる収穫直前に使われる除草剤などです。

これに対して残留の危険性が言われ続けてきたのがポストハーベストで、収穫後に使われる農薬を指しています。ポストは後、ハーベストは収穫を指します。

日本ではポストハーベスト農薬は認められていませんが、海外から輸入される農作物にはポストハーベスト農薬が使われます。これは輸送中にカビの発生や腐敗を防止するための防カビ剤です。防カビ剤というと食品中に残ることがあるため、食品添加物に分類されています。

食品添加物といっても材料は農薬で、しかもカビは根を張るため、そこまで届くように浸透性が高い農薬が使われます。収穫後のバナナは防カビ剤の農薬のプールに浸けてから出荷されます。

農薬が残留するといっても、皮にだけ残るものであり、皮を剥いて食べるから問題はないと言われることもあるのですが、軸と先の穴から通過しているので、この部分は食べてはいけない部分なのです。

このことがあまり知られていないのは、バナナには防カビ剤の表示が免除されているのが原因です。バナナに使われている防カビ剤はフルジオキソニルといって、肝臓や腎臓への影響が指摘されています。

防カビ剤として農薬が使われる輸入食品は、他には小麦や大豆があげられます。ともに外皮は薄いので、使用した農薬、使用量によっては浸透しています。

小麦の場合には、加工部位によって特等粉、1等粉、2等粉、3等粉に分けられていて、等級が高いものほど内側の糖質が多く、たんぱく質が少なくなっています。

最も内側の特等粉はカステラや高級パンなど、1等粉はパスタなど、2等粉は一般のパンなど、そして外側の3等粉は安いパンなどに使われるもので、入札があって価格が低いものが使われる学校給食用のパンから残留農薬が検出されるというのが実情です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルの鉄の過剰摂取の回避の「摂取状況」と「耐容上限量の策定」を紹介します。

〔摂取状況〕
平成30年・令和元年国民健康・栄養調査における日本人成人(18歳以上)の鉄摂取量(平均値±標準偏差)は8.2±3.2mg/日(男性)、7.5±3.0mg/日(女性)です。

また、令和元年国民健康・栄養調査によれば、鉄摂取量の70%以上は植物性食品由来です。

〔耐容上限量の策定〕
*成人・高齢者(耐容上限量)
遷移金属である鉄は、組織に蓄積した場合、フェントン反応と呼ばれる継続的な過酸化反応によって細胞を損傷して、様々な臓器障害を引き起こします。

特に慢性肝臓疾患の悪化に及ぼす鉄蓄積の影響は大きくなっています。

2%の鉄をカルボニル鉄の形態で含有する飼料を与えられたマウスでは、血清や肝臓の鉄濃度の上昇とともに、血糖値、インスリン抵抗性、肝臓脂質濃度、肝臓過酸化脂質の上昇が認められています。

しかし、この実験の鉄投与量は、ヒトの食生活からはかけ離れたものです。

一般的な食事等に由来する鉄が過剰に臓器に蓄積する事例には、ヘプシジンが関わる鉄吸収制御に関わる遺伝子等の異常が関わるとされています。

そのため、遺伝子の異常がない場合、食事からの鉄の摂取が多くなっても、ヘプシジンによる調節によって鉄の吸収量は正常な範囲に維持されるので、食事由来の鉄による鉄過剰障害のリスクは無視できるとされています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルの鉄の欠乏回避の「推定平均摂取量、推奨量、目安量の算定方法」の続きを紹介します。

〔推定平均摂取量、推奨量、目安量の算定方法〕
*授乳婦の付加量(推定平均摂取量、推奨量)
分娩時における失血量(平均値±標準偏差)について、初産婦328±236mL、経産婦279±235mLという報告があります。
この量は、妊娠に伴う循環血量の増加よりも明らかに少なくなっています。

したがって、通常の分娩であれば、授乳婦の付加量設定において、分娩時失血に伴う鉄損失を考慮する必要はなく、母乳への損失を補うことで十分と判断しました。

分娩後、鉄の吸収率は非妊娠時の水準に戻ることより、授乳婦の鉄の吸収率は非妊娠時と同じ16%としました。

そして、母乳中鉄濃度(0.35mg/L)、0〜5か月児の基準哺乳量(0.78L/日)、吸収率(16%)から算定される1.71mg/日(0.35×0.78÷0.16)を丸めた1.5mg/日を授乳婦の推定平均摂取量の付加量としました。

授乳婦の推奨量の付加量は、個人間の変動係数を10%と見積もり、推定平均摂取量の付加量に推奨量算定係数1.2を乗じて得られる2.04mg/日を丸めた2.0mg/日としました。

これらは、月経がない場合の推定平均摂取量および推奨量に付加する値です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「塩の日」武田信玄が上杉謙信から塩を受け取った1569年1月11日にちなんで制定。

「アスパラガスビスケットの日」ギンビス(東京都中央区)が、アスパラガスビスケットの棒状の形が3つ並ぶことから制定。

「マカロニサラダの日」デリア食品(東京都調布市)が、マカロニの形が1に似ていることと、1が3つ並ぶサ・ラ・ダから制定。

「樽酒の日」長龍酒造(奈良県広陵町)が、鏡開きの日を制定。

毎月11日:「果物の日」(全国柑橘宣伝協議会、落葉果実宣伝協議会)、「めんの日」(全国製麺協同組合連合会)、「ダブルソフトの日」(山崎製パン)、「ロールちゃんの日」(山崎製パン)

閃輝暗点(せんきあんてん)によって病院で苦労することがあると前回(日々邁進10)書いて終わりましたが、専門医であれば、私が嘘を言っているわけではないことはわかってくれます。

岡山に移住して9年ほどになるので、知り合いの専門医も増えて、私が東京にいるときに診てもらっていた医師は医学系学会の有名人が多かったことから、東京と岡山での情報交換で、病院の医師が間違った対応をすることだけはなくなりました。

ところが、岡山でも有名な大病院で診察の順番を待っている時に、閃輝暗点で天井が回るような状態になって、救急医が急遽対応してくれたのですが、一過性脳虚血発作や脳梗塞に間違われることは過去にもあったので、すぐに担当医にバトンタッチしてもらいました。

一番面白かったのは(などと言っていてよいのか?)、その場の医師も看護師も閃輝暗点の知識が不足していて、私が聞かれるままに状態を説明していたら、なんと精神科に回されてしまいました。

精神科医の診察の場に、よく知っている専門家が駆けつけてくれて、危うく別の施設に入院させられそうになったことがあります。

その時のことで忘れようにも忘れられないのは、私の閃輝暗点は視界の左の下側がモザイク状になって見えることから、精神科医は右目を閉じて見えるか、左目を閉じて見えるかと聞いてきたことです。

視界の左下側にモザイクが現れると言うと、左目にだけ症状が出ているのではないかと思われることもあるのですが、右目を閉じても左目を閉じても同じところにモザイクが出ています。

両目を閉じてもモザイクが消えないということを伝えたら、精神科分野の疾患と思ったのでしょうが、完全に目を閉じてもモザイクは現れています。これは眼球や神経の問題ではなくて、画像化する脳の後頭葉の問題だからです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

私が「正念さん」と呼ばれていたことについては、前(正念5)に書きました。それは母親の実家の寺院で住職の祖父から愛称のように呼ばれていたことに加えて、大学のときから参加してきた真宗門徒会での呼称でもありました。

社会人になってから、真宗十派の方々と会って話す中から、子どものときに「正念」と呼ばれていたという人のことを何度も聞くことになりました。その出所は浄土真宗の正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)です。

正信念仏偈は、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の著書『教行信証人』の最後に書かれた七言120句(7字×120行)、840文字で書かれたもので、お経ではないのですが、勤行(毎日のおつとめ)や葬儀などでも唱えられています。

阿弥陀如来の徳を讃え、親鸞聖人が阿弥陀如来によって救われたことが述べられていて、すべての人が同じように阿弥陀如来によって救われて幸せになってほしいという願いが綴られています。

正信念仏偈は略して正信偈と呼ばれることがあり、子どもの頃は正信偈としか聞いていなかったので、自分の名前と同じ“正”が使われていると感じただけでした。

少し時を経て、漢字が読めるようになって、寺院での儀式で七言120句の冊子を渡されて、表紙を見たら「正信念仏偈」と書かれていました。これが本名(正式名称)だったのかと気づき、“正と念”が入っていることから、ここから「正念」となったことの理由がわかった気がしました。

正信念仏偈に書かれていることの意味もわからずに、ただただ僧侶の声に合わせて呼んでいるうちに漢字の読み方がわかり、だんだんと考えながら読むようになってきたのですが、読むたびに唱えるたびに違ったことを考えるようになり、これは正信念仏偈の本来の目的と違うのではないか、と思うようになりました。

それは中学生のときだったのではないかと考えているのですが、こう考えるきっかけは神道の祝詞(のりと)との違いを同級生の父親(神社の神主)から聞いたことです。この祝詞については、別の機会に書きたいと思いますが、余計なことを頭に浮かべず、一心に唱えることが自らの心の平安、静寂につながるという考えでした。

そのときから、雑念を払い除ける(雑念を払い除けることも忘れる)ようにして、書かれている文字と向かい合うようになりました。(当時は、そこまでの考えはなかったはずですが)

今では、正信念仏偈を常に唱えることはしていないものの、自分で書き写した840文字は毎日のように読んで(ときどき黙読するだけ)、社会の幸せを願うことだけは続けています。
〔小林正人〕

保健機能食品等に係るアドバイザリースタッフ制度が、当初に目指したことと異なる状態になっているのか、その“なぜ?”の部分は前回(負の歴史38)、管理栄養士や薬剤師などの利権が絡んでいるのではないかという見方が強い、ということを書きました。

厚生労働省が2002年2月に『保健機能食品等に係るアドバイザリースタッフの養成に関する基本的考え方について』との通知を出して、関連する団体が養成講習を始めました。

厚生省と労働省が合併して厚生労働省が発足したのは2001年1月のことで、実際には厚生省のときから議論と検討が進められてきました。

主な養成団体としては、国立健康・栄養研究所、日本臨床栄養協会、日本食品安全協会、日本健康・栄養食品協会があげられます。
私は通知の委員会に参加していた関係から、国立健康・栄養研究所のNR(Nutrition Representative:栄養情報担当者)の制度と関連法規の講習を担当しました。

また、私が主任研究員を務めていた病院栄養管理HDS研究所の所長が日本臨床栄養協会の副会長であった関係から、同協会のサプリメントアドバイザー認定制度の構築にも参画しました。

両資格は合併され、現在はNR・サプリメントアドバイザーの資格認定講習となり、日本臨床栄養協会が運営しています。

このほかに多くの団体が独自のアドバイザリースタッフの資格認定を実施していますが、NR・サプリメントアドバイザーと並ぶ内容として人気があるのは日本健康・栄養食品協会の食品保健指導士(健康食品販売事業者系)、日本食品安全協会の健康食品管理士(薬学系)です。

日本健康・栄養食品協会の会長の山東昭子さんとは、同じ団体で理事を務めていた関係で、いろいろと手伝わせてもらいました。

これだけを見ても、栄養、薬学、販売者といった関係者が講習内容も認定も握っている感じがあって、なかなか業界の利益という批判から脱却できないところがあるのが事実です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕