投稿者「JMDS」のアーカイブ

新型コロナウイルスの感染拡大から仕事が止まったような状態になり、コロナ禍が長く続くことで生き延びるのがやっとという人も少なくありません。その一方で、コロナ禍で金を使わなかったので貯蓄が増えた人もいれば、販売が増えて利益があがった会社もあります。金がなくて困っている人がいる一方で、金の使い道に困っている人もいて、その間をつなぐような新規事業を立ち上げる人が出てくること、それが身近な存在として出現することが求められています。
地域で活かせることができることを持っているのに、それが必要とする人に伝わっていないことを打破する仕事が進むように、そのアイデアとノウハウを持っている人に早く表舞台に立ってほしいとながっています。その支援になることなら、私たちの研究ネットワークとコンテンツは無償とは言わないものの、無理せずに使えるように提供していきます。
そう考えるようになったのは、私たちがメディアに提供してきた健康関連のコンテンツが、コロナ禍で滅茶苦茶な状態になっているからです。今から10年前の3.11の大震災からテレビ番組で取り上げられる健康関連の情報が足踏みをし始めました。番組の制作費が下がっていく中で、企画にかける時間が減り、コメントの専門家もギャラを払わなくても宣伝のために顔出しする方が増えてきたことから、はっきり言って質が下がりました。新規の情報も減って、番組を見ていて、「これは20年前に取り上げたことと一緒ではないか」と声が出てしまったことがあります。
コロナ禍で健康状態が国民的に下がってしまった状況を打破するためには、古い情報ではなくて、個人に適した健康法が見つけられる内容にしなければならないはずなのに、最新情報をチェックしている時間もないようで、面白くない番組のままです。日本メディカルダイエット支援機構の理事長は個人的に10年以上にわたって毎週、研究機関や大学などの発表をピックアップして研究者や団体役員、メディア関係者などに送り続けています。
最近、やっと意識が変わってきたなと感じることがあり、送った情報への質問、リサーチ先のリクエストなどが増えてきました。これに満足するのではなくて、もっと最新情報、正しい情報が一般に届けられるように、そこに取り組む人たちが現れて、私たちのコンテンツを活かしてもらうことを望んでいるのです。

発達障害児の支援については、自治体や社会福祉法人などを訪問して話をさせてもらうと必要であることは誰しも認めてくれます。また、私たちが進めている栄養面での発達支援についても重要性が認められています。コロナ禍から脱出できたときには、早急に「発達栄養」への取り組みを始めたいという言葉も相次いでいました。これはコロナ禍によって、子どもたちが苦しい状況になり、中でも発達障害児は心身のプレッシャーが大きく高まってきたことから、今まで以上の対策が必要であるという私たちの考えが理解されているからです。
とはいえ、新たなことするには予算が必要で、コロナ禍によってマイナスになった発達障害児の健康度を高めるために、コロナ対策費(新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金)を期待していました。第3次補正予算で総額1兆5000億円が確定して、これは全国の地方公共団体が自由に使える金額であることから、私どもだけでなく、各方面からアプローチがありました。
最優先はコロナ感染対策で、ワクチン接種も大きな使い道になります。ワクチン摂取が順調に進めば、感染が抑えられて対策費も少なくて済むので、余った予算の使い道の提案が寄せられるのも当然のことです。
ところが、ワクチン摂取を早く済ませることを国から急かされて、やっと準備をしたのに、急にワクチン配送が遅れるということになりました。そのために住民の予約を取ったのに、自治体のほうからキャンセル、延期を言わなければならないということになりました。これも時期を延ばすだけではなくて、会場、摂取に関わる人員、外部に委託した費用などがキャンセル分だけかかり、再開したときには別に費用がかかります。このために目の前にあった予算が消えただけでなく、不足してしまったという自治体も出てきました。
地方創生の予算は、収益が多い自治体と少ない自治体の格差を減らすことが重視されていることから、表現が正しいかどうか疑問もあるのですが、最大収益の東京都の稼ぎを削って、地方に分け与えているところがあります。一番の出どころである東京都のコロナ対策費が大きく必要になり、出せるほどの余裕がない状態になっています。ということは、今後は地方に回ってくる予算が今後は増えないどころか、下がることは当然に考えられることです。
前置きが長くなりましたが、自治体を期待して「発達栄養」の講習を発達障害児の保護者や支援の関係者に対して実施すると、いつ実施できるか見えなくなってきたことから、自前で始めることを目指して、まずは講習テキストの原稿と図表などの作成費の支援を広く求めることにしたということです。

食べるために、他人の名前の書籍を書いていたゴーストライターで、今では誇るどころか恥ずかしい感じもする184冊の執筆で忙しかったときのこと、業界関係者に「小林はパチンコで食っている」と言われたことがありました。この言葉を、そのまま信じるとパチプロ生活のように思われるような言葉ですが、実際にはパチンコ台を前にして稼いでいたのではなくて、パチンコ店に行くことなしに、自宅で稼いでいました。もっと詳しく言うと、パチンコの攻略会社の協力を得て、攻略法の一部を雑誌に掲載していました。
最終的には、今も続いている有名パチンコ攻略誌の創刊号から1年ほどは、ほとんどの情報を提供していました。パチンコ攻略の話が来たのは、その当時に大手出版社のゴーストライターをしていた関係で、その会社の有名週刊誌に連載ページを持っていたことと、大手新聞社の系列のスポーツ紙にも不定期ですがページを持っていたからです。
パチンコの攻略会社というと、パチンコ台を販売する会社とは敵対関係にあるものの、ある時期だけは友好関係になります。それは新台が販売される年4回のタイミングで、そのときには攻略法が広まって、打ち止めが続いているとパチンコ店は新台の導入を積極的に行います。そこで攻略会社に、本来なら秘密のはずの情報が流れてきて、これを雑誌や新聞に提供すると、メーカーは利益をあげられるという関係性がありました。
その情報をもらって、自分のページに書くだけで、それなりの利益があげられました。秘密の攻略法だけでは、その出どころを疑われることにもなりかねないので、釘と玉の跳ね方の関係性という物理学的な情報も出していました。
当時は、大当たりをさせる攻略法が存在していたのですが、だんだんと確率方式に移行している時期で、特別なテクニックというよりも、いかに玉を入れて、多く回転させるかが重要になっていました。そのため、例えば釘が左に傾いていると、左から跳んできた玉が弾かれて、さらに左に跳んでいくので、そこに当たりの穴があれば入りやすくなります。釘が上向きなら、釘に絡んで、その釘の下の穴に入りやすくなります。釘が下向きなら強く弾かれて、横の穴に跳びやすくなります。こういった原則を組み合わせると大当たりの穴への玉のルートを見ることができるようになります。
そのころには大当たりの確率が大きく変化したので、その知識もパチンコで稼ぐ(?)ために大いに役立ちました。この話については次の機会に。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)

食品の摂取というと、基本的には必要な栄養素をまずは満たすことが優先されます。子どもの場合は身体の成長に栄養素を使ううえに、身体と脳を働かせるためにも栄養素が多く必要となっていることから、絶対に不足させないこと重要です。しかし、子どもは味覚の発達から敏感に反応する味があり、これが好き嫌いにつながります。発達障害の場合には、好き嫌いの範囲を超えて、絶対に食べられないことによる極端な偏食も起こります。
この場合には、食べられるものから徐々に慣らしていく、食べられるようになってから栄養バランスを取るように考えがちで、欠けている栄養素が含まれる食品として一見すると菓子、おやつと思われるものを食べさせるようにしている保護者もいます。食品の選択肢が狭い状態では、仕方がないという考えにもなりがちです。
食品は栄養素の摂取だけで選ぶのではなく、安全性も重要です。もしも食べられる食品が限られているというなら、その食品の中でも安全性を重視して選ぶ必要があります。食品の安全性というと農薬、食品添加物の話題が中心となってきますが、有害なものが栽培に使われ、加工にも使われているとしたら、食品の数が少ないことは、万が一にも有害性のある物質が残っていた場合には多くの量を摂ってしまうことになります。有害物質の分解は主には肝臓で行われていますが、その分解や解毒のときには多くの種類、多くの量のビタミン、ミネラルが必要になります。有害物質が多く体内に入ってきたときには、その分だけ多くの栄養素を摂る必要があるということです。
一時期「1日30食品」と言われた時代があります。栄養バランスを取るために、1日に30種類の食品を摂ることを推奨した言葉ですが、今では使われなくなっています。それは国民健康・栄養調査によって栄養バランスが取れている人の平均の食品数が17食品であることがわかったからです。
とはいっても、有害物質の分解に多くのビタミン、ミネラルが使われることを考えたら、少ない食品数でよいとは決して言えないはずです。

東京にいたときに、まさに「足元をすくわれる」という状態になったことがあります。そのときには、年月をかけて作り上げてきた人脈が周囲にいくらでもいたので、やってきたことが根底から覆されても復活するのは、それほど難しくはありませんでした。
どんなことで足元をすくわれたのかというと、大転換期は3.11の東北大震災でした。30代の中頃からテレビのタイアップが大きな稼ぎになっていました。民放の全国キー局では、空前の健康ブームが起こっていて、健康をテーマにすれば視聴率が稼げるという時代でした。医学、薬学、栄養学などの専門家との人脈を構築していて、食品業界のPRも手がけてきていて、テレビ関係者とも番組企画を提供して交流してきていたので、よく仕事が持ち込まれました。
私どもに持ち込んでくるのはテレビ局スタッフや広告代理店だけでなく、食品業界団体やメーカーからも、コメンテーターとして出演する先生からも助けを求められました。
健康を掲げた番組の内容を厚くするためには、テレビ局から飛び出してカメラ取材を数シーン入れるのが普通で、その活動費を提供することで商品や販売店、商品に関わる専門家を登場させるということも行われていました。クイズ形式の番組では、問題を作成して持ち込むことで番組に取り上げてもらえるということで、その作成が求められたこともよくありました。番組内のプレゼントはほとんどがタイアップ企画で、番組スポンサー以外の商品がプレゼントされるのはタイアップです。
全国キー局のすべて、各局ともに複数の番組があったので、それなりに需要もあり、活動費の一部が回ってきていました。それが急に足元をすくわれる形になったのは、大震災のために番組の途中で震災関係の話題が差し込まれることになり、タイアップが急遽中止になることがあり、タイアップを仕掛けにくくなりました。健康番組も減り、取材先として差し入れるのは放送局にスポンサーとして広告を入れている会社ばかりになりました。テレビ番組で急に工場見学、商品のランキングが増えたのも、そのためです。タイアップが減ってくると、そこで活動していたテレビマンが去ってしまい、東方の窓口がいなくなった局もあります。
もう一つ足元をすくわれることがありました。それは、コメントに出たり、取材に応じる専門家にギャラが出なくなったことです。番組の制作費も減り、専門家がクリニックや研究機関などの宣伝のために出演するようになって、ギャラがないとなると、私たちに回ってくる分もなくなりました。ギャラは出ないのに、番組の企画や取材先の協力を求めてくるのは前と変わらず、日本メディカルダイエット支援機構を理事長の移住に合わせて岡山に本部を移動させてからも、全国キー局の番組に何度も協力してきました。
コロナ禍になってからリモート会議が盛んになると、文章の企画提案だけでなく、リモート会議に参加させられることも増えて、かえって忙しくなってしまいました。ギャラが出ないのに、です。岡山はNHKのほかに民放5局が放送されていて、その放送も岡山県と香川県を各局ともにカバーしているので、ネタ先が2県分ということで便利に使われています。

日本メディカルダイエット支援機構は、2年以上前から発達障害の研究を始めました。当支援機構の活動の13年間に比べたら、ごく最近のことですが、これまでの活動を集約して取り組むべきだと強く認識しています。
最初のうちこそ資料を読み、感じたことをホームページにコラムとして載せていただけでしたが、発達障害児や、その保護者、発達支援に携わる方々と交流していく中で、問題点が理解できるようになり、その改善のため私たちのエネルギー代謝の研究を役立てられると感じました。
その結果として浮かび上がってきたのが「発達栄養」です。これは発達段階にある子どものための栄養という側面は当然あるのですが、私たちは生命科学分野の医学、薬学、栄養学、保健学、運動科学などの専門家と一緒に共通するエネルギー代謝を研究してきていて、これが発達障害に活かせると確信しました。エネルギー代謝のためには、栄養を摂ればよいということではなくて、食事と運動、食事と休養、運動と休養の組み合わせで効果的に脳や身体のエネルギーを作り出す方法があります。その手法がメディカルダイエットと呼ばれています。
発達障害児は非常に多くのエネルギーが必要であることから、まずは発達栄養からアプローチすることにしました。そのための講習テキストを作り始めましたが、多くの発達障害児に関わる方々の要望に応えるためにはレベルが高いうえに、わかりやすくて実践できるという難しい課題に取り組む必要が出てきたことから、私たちの力だけでは足りずに、広く支援を求めることとしました。
広い支援ということではクラウドファンディング という手法がありますが、クラウド(crowd)は意味する群衆というのが腑に落ちないところがあります。群衆は演劇の世界ではエキストラと呼ばれますが、それに対する主役のヒーロー(女性ならヒロインですが)として私たちが目指すところを応援していただきたい、できれば一緒に活動してもらいたいという気持ちからヒーローファンディング(ちょっと妙な言葉です)としました。
講習も、ただ学んでもらうだけではなくて、資格認定方式を採用して、学んだ方が今度は教える立場となって活躍できる仕組みを採用しています。これは長年、各団体で資格認定講習を構築してきた成果です。
発達障害の特徴、発達障害児の食事面での特徴、感覚過敏による極端な偏食という理解から始まって、エネルギー代謝の促進によって、食事を通じて子どもたちの将来を明るくできるような内容としていきます。
詳しい趣意については、A4で20ページほどにまとめました。これを読むだけでも、発達障害の理解が進むように書き込んであります。読んでみたいという方には、メール添付なり、郵送なりで送らせていただきます。これを見て、支援しようという気持ちになっていただける方が増えていくことを願っています。

広く健康に関わる記念日について紹介します。
7月6日 俵万智の歌集「サラダ記念日」が1987年7月6日に発行されたことにちなんで「サラダ記念日」と制定。記念日という言葉が定着したきっかけ。日本ベクトン・ディッキソン(東京都港区)が1885年7月6日にフランスの細菌学者のルイ・パスツールが初めてワクチン接種をしたことにちなんで「ワクチンの日」と制定。デルソーレ(東京都江東区)がナンの需要が高まる夏の始まりとナ(7)ン(6)の語呂合わせで「ナンの日」と制定。毎月6日は「メロンの日」(全国メロンサミット)、「手巻きロールケーキの日」(モンテール)。
7月7日 年中行事の「七夕」。日本ポニーテール協会がポニーテールの横顔が77に見えることから「ポニーテールの日」と制定。日本ゆかた連合会が七夕の日を「ゆかたの日」と制定。入江製菓(福岡県八幡市)が金平糖(コンペイトウ)の天の川をイメージして七夕の日を「コンペイトウの日」と制定。牡蠣文化推進事業実行委員会(福島県須賀川市)が牡蠣の神様とも呼ばれる円谷英二監督の誕生日の1901年7月7日にちなんで「牡蠣の日」と制定。宮城県蒲鉾組合連合会と紀文食品が七夕が笹の節句と呼ばれることから「笹かまの日」と制定。三島食品(広島県広島市)が赤しそふりかけゆかりの赤しそ(紫蘇)は7月が収穫の最盛期で蘇が七夕の織姫と彦星の関係が1年に1回蘇ることにちなんで「赤しその日」と制定。アサヒ飲料がカルピスが誕生した1919年7月7日にちなんで「カルピスの日」と制定。全日本漬物協同組合連合会が菜(7)っ葉と高菜(7)から「高菜の日」と制定。
7月8日 延岡発祥チキン南蛮党(宮崎県延岡市)がチキン南(7)蛮(8)の語呂合わせで「チキン南蛮の日」と制定。日本中国茶協会が中国語のチ=7と日本語のヤ=8から「中国茶の日」と制定。毎月8日は「ホールケーキの日」(一柳)、「歯ブラシ交換デー」(ライオン)。
7月9日 毎月9日は「クレープの日」(モンテール)。
7月10日 全国納豆協同組合連合会が、な(7)っとう(10)の語呂合わせで「納豆の日」と制定。日本なまず生産(鹿児島県東串良町)が、な(7)まず(10)の語呂合わせで「日本なまずの日」と制定。ホクト(長野県長野市)がホワイトぶなしめじのブナピーが販売された2002年7月10日にちなんで「ブナピーの日」と制定。毎月10日は「パンケーキの日」(日本ハム)、「アメリカンフライドポテトの日」(米国ポテト協会)、「コッペパンの日」(全日本丸十パン商工業協同組合)、「糖化の日」(AGE測定推進協会)。
7月11日 日本ラーメン協会が7をレンゲ、11を箸に見立てたことと日本でラーメンを初めて食べたとされる水戸光圀の誕生日の1628年7月11日にちなんで「ラーメンの日」と制定。アルカリイオン整水器協議会が7月11日を0711として、お(0)な(7)かにいい(11)水の語呂合わせで「アルカリイオン水の日」と制定。ハワイ州観光局が夏(7)のいい(11)日の語呂合わせで「ロコモコ開きの日」と制定。毎月11日は「めんの日」(全国製麺協同組合連合会)。
7月12日 日本人間ドック学会が1954年7月12日に国立東京第一病院(現在の国立国際医療研究センター病院)で初めて人間ドックが行われたことにちなんで「人間ドックの日」と制定。日本ケーキデコレーション協会が設立の2013年7月12日にちなんで「デコレーションケーキの日」と制定。日本金属洋食器工業組合(新潟県三条市)がナ(7)イ(1)フ(2)の語呂合わせで「洋食器の日」と制定。

全国納豆協同組合連合会の広報活動と納豆の日イベント、日本豆腐協会の広報活動と豆腐の日イベントを実践してきたことを通じて、記念日の注目度を再認識しました。記念日というと歌人の俵万智さんの「サラダ記念日」がきっかけになって、霞が関のお役所が次々の関係業界の記念日づくりに取り組み、今から20年前でも250日は埋まっているという状態でした。
私たちが関わったのは食品業界が多く、農林水産省とのお付き合いが多かったのですが、納豆と豆腐の広報活動の結果を見て、食品業界から直接、話が持ち込まれるようになりました。たまたま当時の東京の事務所に近くにあった虎ノ門パストラル(東京農林年金会館)には農林年金福祉団があり、その理事長が、たまたま子どものときの隣の家のお兄ちゃんでした。前職は全国農業協同組合中央会の広報部長だったことから、食品業界の動きをいろいろと教えてもらいました。
納豆、豆腐と続いて、せっかくなら同じ大豆で行こうということになって、日本豆乳協会を紹介してもらいました。当時の事務局長は、元厚生大臣の息子さんでした。日本メディカルダイエット支援機構の理事長の義父(奥さんの父)は健康業界の有名な薬学博士としテレビの健康番組にも多く出演していた関係もあり、すんなりと話が進みました。日本豆乳協会の事務局長さんとは、理事長の結婚披露宴に参加してもらい、全国規模の日本酒の試飲会にも一緒に参加するような関係になりました。
協会としての広報は、テレビ番組で納豆と豆腐に続くネタとして、よく紹介をしたくらいでしたが、同じ大豆で、大豆を絞ったものが豆乳で、豆乳ににがりを加えて固まらせたものが豆腐です。豆乳を取り除いたものがおからということで、テレビのネタとしては、おからについても紹介しました。

食物繊維は、単糖が鎖状に結合したもので、「消化酵素では消化されない食品中の難消化性成分の総称」と定義されています。炭水化物から食物繊維を除いたものが、エネルギー代謝に必要な糖質です。食物繊維は食べ物のカスとして栄養素としては評価されなかった時代もありますが、腸内環境を改善する機能が注目され、現在では糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルに次ぐ第6の栄養素とも呼ばれています。
食物繊維は、水に溶けない性質の不溶性食物繊維と、水を吸って膨らむ性質がある水溶性食物繊維に分類されます。不溶性食物繊維は野菜や穀類、豆類などに多く含まれ、硬く、ボソボソした食感があります。水溶性食物繊維はキノコ、海藻、果物(ペクチン)に多く含まれています。水を吸って膨らむと余分な脂肪や糖質の一部を吸着して吸収されないようにする性質があります。以前はコンニャクも水溶性食物繊維とされていましたが、凝固剤を用いて固形にしたコンニャクは不溶性食物繊維と同じ性質になり、咀嚼して嚥下したままの形で腸管を通過して、水溶性食物繊維のメリットが得られなくなります。
不溶性食物繊維は便通をよくし、大腸内に有害物質がとどまる時間を短くするとともに、腸内で腐敗を進める腸内細菌の悪玉菌を減らし、腐敗によって発生する毒素(有害物質)を減らす作用があります。また、大腸内で発生した毒素による大腸壁への刺激を減らすことから、大腸がんの発生を抑える効果があると説明されています。
日本人は終戦後、食生活が大きく変わり、徐々に食事の洋風化が進んで肉食が増え、それが大腸がんを増やす結果となりました。悪玉菌を増やす肉食が増えた分だけ、善玉菌を増やしやすい食物繊維を多く摂って、便通を改善することが解決の第一の手段といえます。
食物繊維の中でも摂取量が不足しがちなものは水溶性食物繊維です。水溶性食物繊維には、便を軟らかくして便通よくする、大腸の粘膜を保護する、食べたものが胃から腸に運ばれる時間を長くして血糖値の急上昇を抑える、胃の中で水分を吸って膨らむことで少ない量で満腹感を得やすくする、有害物や脂肪などを包み込んで吸収されにくくする、といった多くの働きがあります。水溶性食物繊維が多く含まれる海藻、キノコは伝統的な日本食に多く使われる食材ですが、現在の食生活では意識しないと摂りにくいものとなっています。

この人の言うことならと信じて力を注いだのに、仕事が達成できなかっただけでなくて、新たな仕事のために組み立ててきたことを根本からひっくり返されることを「信じる者は足元をすくわれる」という珍妙な諺(ことわざ)で表現しています。これが他人のことであれば、「大変ですね」と受け流すことができたとしても、自分のこととなると、そうはいきません。
タイトルの言葉は「信じる者は救われる」から転じていますが、この原本はキリスト教から始まった諺です。何を信じるのかというとイエス・キリストのことで、十字架にかかって亡くなって3日後に復活したことを信じることを指しています。では、何から救われるのかというと、私たちが死んだ後に神に裁かれて有罪となって地獄に行くことから救われる、つまり無罪となって天国に行くことだと教えているのです。
日本メディカルダイエット支援機構が4年前に本部(主たる事務所)を東京から岡山に移したのは、理事長の移住に合わせたからで、東京の活動は支部(従たる事務所)に移しました。支援機構の当時の理事が出身地の岡山に介護施設を開設するということでしたが、介護施設の事業だけでなくNPO法人としての仕事も合わせて実施できるということで、家族ごとの移住を決めました。理事長は健康教育と運動指導が専門で、福祉人脈も豊富にあります。家族ごとというのは理事長の奥さんだけでなく、奥さんの妹さんも音楽療法が活かせる音楽のプロで、奥さんは鍼師、灸師、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を3つ取得しているので、強力な戦力とされました。
ところが、移住直前に介護施設ができなくなり、介護予防施設となりましたが、移住後には大きなコンセプト変更となり、結局は運動施設もあるアミューズメント施設になってしまいました。こうなると専門を活かすことができなくなり、2年後には「足元をすくわれる」結果になりました。
岡山に移住してからの3年間は狭い地域にいただけなので地元の人脈は作れていない、かといって東京人脈も仕事という面では切れていて、「これが“足元がすくわれる”ことなのか」と実感したものです。進むに進めない、引くに引けないという状態は、今のコロナ禍で苦労している人が感じているのと共通することではないでしょうか。その話については、次回に続きます。