投稿者「JMDS」のアーカイブ

魚が食べられないという子どもは、どんな魚でも食べられないという子どももいれば、決まった種類の魚が食べられないという子どももいます。それが発達障害に特徴的にみられる感覚過敏で、五感(味覚、嗅覚、視覚、触覚、聴覚)の反応によって食べられないものがあるというときには、それが困難さにつながっている魚を避けて食べられるものから始めるというのは通常の方法です。
フライが好きな子どもには白身魚フライを食べさせる方法もあります。どんな魚が使われているか衣に包まれているかわからないので、食べやすいということはあっても、その白身魚の正体を知った途端に食べられなくなることもあります。外食店の白身魚フライに使われることが多い白身魚のメルルーサはタラ目メルルーサ科の深海魚(300〜1000m)で、身が締まっているので崩れにくく、加工食品に適しています。食べる機会が一番あるのは白身魚フライバーガーです。
魚嫌いでもマグロなら食べられるということも多いのですが、回転寿司などの安さを売り物にしている店では、マグロと称して通常のマグロよりも白っぽいガストロが使われます。これはマグロではなくてスズキ目サバ科の深海魚で、全長は2mにもなります。
深海魚だけあって、メルルーサもガストロも姿を知ったら食べにくくなるのは大人も子どもも同じことです。
魚が苦手な子どもには、魚の姿が気持ち悪く感じるということも多く、食べられない場合の対処法は、できるだけ姿が見えないようにすることです。魚を調理する場合も、子どもに姿が想像できないように切り身を使います。魚に関する冗談で、「子どもは魚が切り身で泳いでいると思っている」という話があります。教育にはよくないかもしれませんが、食べられるようになるまでは姿を隠すことも手段の一つです。
魚の中でも成長と脳の機能を高めることを考えると、DHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)が豊富に含まれる青背魚を食べてもらいたいところです。イワシ、サンマ、サバなどに多く、骨が気になるだけでなく、味にも特徴があります。これが食べられないということとなら、肉の食感に近い味わいがある赤身魚のマグロ(クロマグロ、キハダマグロ、カジキマグロなど)を出して、食べ慣れてきたところで徐々に小型のカツオ、サバなどへと移っていくようにします。

国立高度専門医療研究センター6機関(国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センター)が連携して、研究成果として「疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言(第一次)」を公開しています。提言のエビデンスの解説(第1回)を紹介します。
健診を受けて、特定保健指導を受けることにより、血糖値が20〜30%改善するというエビデンスがあります。2008年に特定健診を受診した約2,000人のうち、2011年も特定健診を受診し、降圧薬、脂質異常症治療薬、糖尿病治療薬を内服せず、糖尿病でない受診者について、保健指導受診群と非受診群とで比較したところ、受診群では非受診群に比べ、3年後にメタボリックシンドロームと診断される割合が31%低く、内臓肥満も33%低かったことが確認されました。また、受診群は血圧、中性脂肪、HbA1c、HDLコレステロールも有意に改善していました。
健診結果を踏まえて、医療機関の受診や生活習慣の見直しを行うことが必要です。例えば、日本糖尿病学会は、健診で血糖高値を指摘された場合に、重症化予防また他の重篤な疾患の発症予防という観点から、かかりつけ医を受診することを推奨しています。
検診により死亡を減少させるためには、有効な検診を正しく実施する必要があります。特に、がん検診の有効性については、最新の知見に基づいて継続的に評価を行うことを政策決定の基礎としており、詳細な手順が公表されています。また、がん検診には利益と不利益があり、これらのバランスを勘案した上で、「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」(厚生労働省)に、対象となるがん種、年齢、検査方法、検査間隔が推奨されています。また、職域においてもその方法などが、「職域におけるがん検診に関するマニュアル」(厚生労働省)において推奨されています。
※「健診」とは健康診断の略であり、健康状態を調べ、病気のリスク因子を早く見つけることで、病気の発生そのものを予防する一次予防を目的としています。一方、「検診」は、がん検診などのように特定の病気を早期に発見・治療するための二次予防を目的としています。

テレビ番組のテロップは、話している人の言葉と一致しているとは限らないということを前回触れました。それは「断然」と言うべきところを「全然」と言ったのでテロップで修正した、「すごく」と言うべきところを「すごい」と言ったので修正した、「押しも押されもせぬ」と言うべきところを「押しも押されぬ」と言ったので修正したというのは、よく目にすることですが、それだけの問題ではありません。
テロップの文をよく見ながら、発言している言葉を聞いていると、話している内容とテロップが異なっていることもあります。外国語のコメントは、各国の言葉に精通していない身には聞き取りようがないので、テロップの内容を、そのまま信じるしかないということもあります。せめて日本語の発言の場合には、テロップと合っているのかをチェックすることは大切で、もしも言葉と文に違いを発見したら家族にも伝えるべきです。そうしないと、テロップを使って情報操作をされたとしても、気づかずにスルーするようなことにもなりかねないからです。
誰か(?)の手によって修正されたり、選択されたものを、そのまま信じるというのも問題ありと感じてほしいところですが、これもスルーされがちです。ニュース番組で事実関係を伝えたあとに、庶民の声を街角から拾って伝えるのは通常の方法です。しかし、それは話を聞いた人のすべての声でもなければ、多くの人の意見を聞いて、その割合に応じて発言の数を決めているわけでもありません。このことはメディア関係者ならずとも当たり前に知っていることです。
テレビのニュースもテレビ局が選んだものを流しているわけですが、他の局と内容が大きく違うわけではありません。地方局だと、あまりニュースがないことから、どのチャンネルでも同じことを報道しているということはあるのですが。
ところが、ネットニュースになると、単に多くのニュースの中から選択をしているということだけでなくて、ポータルサイトになるとネットに溢れている意見を表に出したネットニュースからピックアップしているので、どうしても偏った意見になりがちです。そんな状況なのに、ネットニュースを見ているから世の中の状況はわかっていると言っているのは、若者だけでなく、大人世代にも広がっています。

学習障害は、読む、書く、計算するという3つの学習の基本的な機能の発達が遅れていて、理解はできるものの、実践もできるものの時間がかかって、定められた時間内に答えが出せないことから、不正解とされてしまうことが多くみられます。計算がうまくいかない算数障害では計算はできるのに、文章題では理解に時間がかかって時間切れになることもあります。応用編が苦手ではあっても、応用することが生活に直結することで、感覚的に把握しやすいことであれば理解も早く、そして実生活での応用も可能になります。
生活に必要な計算というと、まず思い浮かべるのはお金の使い方です。商店に数多く並んでいる商品の中からほしいものを探して、その中から手持ちの金額で買うことができるものを分類します。ここまでは計算の段階ではありません。価格が消費税込みで198円だったら、100円玉1枚、50円玉1枚、10円玉4枚、5円玉1枚、1円玉3枚を出せば買えるわけで、それだけのコインを財布から出します。
もちろん、お釣りをもらってもよいわけで、100円玉を2枚出して、2円のお釣りを受け取ります。その計算ができていれば1円玉が2枚出されても驚かずに反応できます。198円なら、お釣りは2円というのはわかりやすいことです。ところが、500円玉、1000円札、5000円札、1万円札となると、出されたお釣りが正しいのかどうか、わからなくなってしまうという子どもいます。
こういったことを、お金という身近なものを使ったとしても、例題と感じているうちは、なかなか身につくところまではいきません。金銭の出し入れの計算がわからなくても、電卓さえあれば、スマホの計算アプリさえあれば問題なくこなすことができます。しかし、実際の商売の場で、いちいちツールを使っていたら時間がかかり、お客様を待たせることになります。お釣りを間違えて、少なく渡してしまうということを防ぐつもりであっても、現実社会ではできないことです。
“お店屋さんごっこ”でお金と商品の交換を体験させることを発達改善の教育として行っているところもありますが、“ごっこ”では厳しさが違います。そこで責任を持ってお金の計算がわかるように、実際のお客さんを相手に駄菓子の販売をするということを実践して成果をあげている教育団体があります。

日本人が一般的に昼食を食べるようになったのは江戸時代中期からとされています。それまでにも貴族や武士は今でいう給食や外食で昼食を食べていましたが、庶民が昼食を食べられるようになったのは八代将軍の徳川吉宗による享保の改革によって新田開発が盛んに行われ、米が大量に作られるようになって価格が下がったからです。朝に白米を炊いて、朝食で残った分はおにぎりを作り、これに糠(ぬか)漬けなどの漬物とともに昼食として持って出かけるようになりました。
江戸時代中期以降には白米を食べることによって脚気(かっけ)が起こるようになり、これは江戸煩い(わずらい)と呼ばれました。特に多かったのが全国の藩から江戸屋敷の勤めに出てきていた武士たちで、江戸では手足や足先が麻痺する、下肢の浮腫などの症状が出るのに、藩に戻ると治ることから江戸の特有の病気とされました。玄米から糠を取り除いて白米にすると糠に豊富に含まれるビタミンB₁が少なくなり、このために末梢神経障害や心不全が起こることによって脚気が起こっていました。
このことが科学的に判明するのは明治時代に軍隊で脚気が起こり、入隊までに食べていた玄米との違いからビタミンB₁不足が原因であることがわかりました。これを発見したのは日本の農芸化学者の鈴木梅太郎ですが、そのときの命名はオリザニンで、後にポーランドの化学者がビタミンと名づけたことから世界的には鈴木梅太郎はあまり知られていません。玄米を白米にすることで糠が簡単に手に入るようになって、これを野菜の漬物に使うようになったわけですが、ビタミンB₁は水溶性で野菜に移ります。これによってビタミンB₁を補うことができたのです。
ここで駄菓子の話に移りますが、江戸時代の駄菓子の材料は米以外の雑穀で、高価な砂糖ではなく水飴が使われました。雑穀にはビタミンB₁が豊富に含まれていたことから、食事の合間に食べていた駄菓子は脚気を予防するためにも有効なものだったのです。
ちなみに江戸時代前期の昼食を食べなかったときに空腹を紛らすために食べられていたのが辻売り(道端の売っていたもの)の駄菓子でした。現在にも通じるところがあります。

民放で2時間の時代劇が盛んに放送されていた“時代”があります。地上波のことで、今でいえばCSの時代劇専門チャンネルのような放送時間と内容でした。たまたま知り合った大手広告代理店のテレビ担当者の紹介で、勉強のためにということで京都の撮影所に送り込まれました。といっても、当時は物書きを始めたばかりで、たまに地上波の時代劇の帯番組の台本の手伝いをしていたくらいで、撮影所でできることはないので、記録係に回されました。
記録といっても、台本に合わせて各シーンに登場する役者さんの当てはめと、役者さんのスケジュール確認、そして実際の撮影に参加した役者さんのチェックです。ずっと撮影現場にいて助監督などの確認に返答しなければならないので、食事とトイレ以外は決まった椅子に座りっぱなしでした。あまりに暇で、座り続けていればよいだけなので、映画関係者と雑談ばかりしていました。私がテレビ担当者の知り合いであったことから、何かと接触してくる方が多く、面白い裏話を、それこそ何冊も本にかけるくらいのことを聞き続けていました。これは後にゴーストライターをするときのインタビュー技術として役立ちました。
撮影現場を知ったことで、テレビや映画で時代劇を見ると気になることが多くて、いまだに変わっていないことは、今でも会話の話題にさせてもらっています。時代劇に登場する馬は、絶対に江戸時代には走っていなかったことは、広く知られていることかもしれません。登場する馬はサラブレッドです。サラブレッドが日本に初めて輸入されたのは明治10年のことです。
武士が乗っていたのはサラブレッドよりも小柄な在来馬で、体高(肩までの高さ)は135cmくらいです。サラブレッドの体高は170cmほどなので、時代劇では随分と高いところで演じていることになります。馬上から刀を振るって戦えたのも体高が低かったからで、小柄なのに鎧兜をつけて乗ったら、そんなにスピードが出なかったので、戦い方のシーンも違ってきます。
時代劇に登場する江戸の町の井戸は四角で、釣瓶(つるべ)を使って水を汲んでいますが、日本橋から日比谷、高輪にかけては真っ平らになっていて、これは埋め立てをしたからです。水道(木管)は浅いところを通っていたので、江戸時代の井戸は底のない桶を埋めて、柄杓(ひしゃく)で汲んでいました。他にも気になることはあるのですが、東京にいたときに“江戸を歩く会”で見聞きしたことは別の機会に紹介させてもらいます。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)

幼いときには魚をおいしいと言って食べてくれていたのに、成長の途中で急に魚が食べられなくなるということがあります。その原因を探っていくと、食事に関する感覚(味覚、嗅覚、視覚、触覚、聴覚)の問題ではなくて、栄養学的な対応では食べられるようにするのが難しいということに突き当たることもあります。魚は食べ物だと思っていたのに、絵本やDVD、水族館などで可愛いお魚の姿を見て、それ以降は食べ物と考えることができなくなるという例も珍しくはありません。
大人でも観光地で子羊を可愛がったあとで、レストランでラム肉が出てきたら、子羊の姿が頭に浮かんできて食欲が急に湧かなくなってしまった、という話もあります。大人の場合には食欲の問題で済むかもしれませんが、子どもにはショックなことで、さらに発達障害児であった場合には身体が受けつけないということにもなりかねません。
幼いときでも魚が食べられたのは親が骨を取って、さらに食べやすくほぐしてくれるからで、自分で骨を取らなければならなくなったら、急に食べられなくなることもあります。骨を取る、避けて食べるというのが面倒だからということだけではなくて、その思いがあると魚の味や臭いが急に気になり、それが偏食につながることもあります。刺身なら骨がなくて、簡単に食べられることから刺身なら食べられる、その刺身も小骨がある種類の魚ではなくて、マグロしか食べられないという子どももいます。
まずは食べられる魚があり、骨を避ければ食べられる、缶詰の魚なら抵抗が少ないということがあれば、そこから食べるトレーニングをしていくことです。しかし、マグロのように脂肪が多いものばかり食べていると、魚は身体によいといっても脂肪の摂りすぎになるので、量には注意が必要です。

国立高度専門医療研究センター6機関(国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センター)が連携して、研究成果として「疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言(第一次)」を公開しています。提言のエビデンスの解説(第5回)を紹介します。
高齢者に対するインフルエンザワクチン接種により、インフルエンザによる肺炎やインフルエンザによる入院・死亡リスクが低くなることが報告されています。近年、高齢化に伴い、肺炎死亡数が増加し、肺炎は死因の第3位を占めています。高齢者は基礎疾患をもち、医療機関への入所も増加するため、肺炎が重症化しやすく、肺炎予防は重要です。日本人を対象とした研究で、ワクチン接種による肺炎の予防効果や経済効果がみられています。大規模コホート研究では、65歳以上の慢性疾患を有する対象者に対して、インフルエンザと肺炎球菌ワクチンを併用することにより、肺炎、脳卒中、虚血性心疾患、入院、死亡のリスクが低下することが示されています。
「成人肺炎診療ガイドライン2017」ではインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの併用接種の有効性についてシステマティックレビューが実施され、死亡と肺炎発症抑制に有効であることから両ワクチンの接種が強く推奨されています。インフルエンザワクチンは毎年秋に1回、肺炎球菌ワクチンは65歳以降に1回接種することが推奨されています。また、インフルエンザと肺炎以外にも、高齢者では60万人が毎年帯状疱疹に罹患し、80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を経験すると推定されています。帯状疱疹はどの年齢でも発症しますが、50歳以降になると発症頻度が増加し、帯状疱疹自体は完治しても、その後、一部の人々は神経痛に苦しみ、高齢者の日常生活活動を低下させることから、特に高齢者において注意すべき疾患です。ワクチンによる帯状疱疹の予防に関しては、高齢者を対象とした国内外の研究で、その効果が明らかになっており、2016年に50歳以上の帯状疱疹予防ワクチンが承認され、ワクチン接種が可能となりました。
なお、帯状疱疹のワクチン接種については、自治体により費用補助などが異なる場合があるため、それぞれの状況に応じて無理のない対応が推奨されます。

広く健康に関わる記念日について紹介します。
6月15日 永谷園が奈良時代から神様に生姜の感謝を捧げるのが6月15日であったことから「生姜の日」と制定。オウムやインコと愛情を持って接することをすすめるTSUBASAが供養と鳥の幸せを願う日としてオウム(06)インコ(15)の語呂合わせで「オウムとインコの日」と制定。
6月16日 日本和菓子協会が848年6月16日に天皇が16個の菓子や餅を神前に供えて厄除けと健康招福を祈ったとされる故事にちなんで「和菓子の日」と制定。はくばくが麦(6)とろ(16)の語呂合わせで「麦とろの日」と制定。マザーフーズが6が手羽元の形に似ていることとトロ(16)の語呂合わせで「手羽トロの日」と制定。堂島ロールを販売するモンシェールが6が一巻きロールの形をあらわし、いいロール(16)の語呂合わせで「堂島ロールの日」と制定。毎月16日は「十六茶の日」(アサヒ飲料)、「トロの日」(カッパ・クリエイト)。
6月17日 毎月17日は「減塩の日」(日本高血圧学会)、「いなりの日」(みすずコーポレーション)、「国産なす消費拡大の日」(冬春なす主産県協議会)。
6月18日 毎月18日は「おにぎりの日」(中能登町)、「防犯の日」(セコム)。
6月19日 にっぱんが立喰い寿司の魚がし日本一の1号店が開店した1989年6月19日にちなんで「魚がし日本一・立喰い寿司の日」と制定。毎月19日は「いいきゅうりの日」(いいきゅうりの日プロジェクト)、「クレープの日」(モンテール)、「シュークリームの日」(モンテール)、「松坂牛の日」(やまとダイニング)、「熟カレーの日」(江崎グリコ)。
6月20日 うなぎ屋たむろが父の日にうなぎの蒲焼を贈る人が多いことから「父の日はうなぎの日」と制定。日本健康住宅協会がカビをはじめとして健康被害が懸念される梅雨の時期から「健康住宅の日」と制定。毎月20日は「シチューライスの日」(ハウス食品)、「発芽野菜の日」(村上農園)。
6月21日 味のちぬやが海老の形が6に見えることとフ(2)ライ(1)の語呂合わせで「えびフライの日」と制定。AGE測定推進協会が夏至の日を「AGEについて考える日」と制定。キャンサーリボンズが夏至の日にがんとの関わりと見つめて支える日として「がん支えあいの日」と制定。

NHKのアナウンサーは言葉のプロという感覚で見ているために、言い間違いはないという思い込みがあります。ところが、超有名なベテランのアナウンサーが「押しも押されぬ」と話していたときにはビックリしました。これは本人が勘違いしているのか、それとも原稿を読んでいただけなのか、そこのところはわからないのですが、正確には「押しも押されもせぬ」です。「押すに押されぬ」と混同しているのだと思われます。
この言葉であれば間違いに気づきやすいのですが、最近は「全然」が否定語として使われるのではなくて、肯定の意味で使う人も増えてきました。若者用語というだけでなくて、いい大人が使うようになっています。肯定語の場合は「断然」です。全然ない、断然あるというように使うのが大原則なので、語尾が聞き取れなくても全然とくれば否定、断然とくれば肯定ということで安心して会話が続けられます。
以前はテレビ番組では、話している人が「全然」と言ってもテロップで「断然」として表示することがありました。ところが、今では「全然」と話したときには「全然」と表示されています。
全然でも断然でも意味が通じるのだからいいではないか、という考え方もあるものの、次世代に正しい日本の伝統や文化を伝えていくということになると、やはり正しいことだけは教えておきたいところです。
今では当たり前のように使われて、辞典に載っている言葉も、間違いとされたものが使われているうちに定着してきて、正しい使い方と認識されるようになったことは多々あります。全然も辞典を引いてみると、否定の意味だけでなく、強調の意味で使われると書かれたものもあります。さすがに肯定の意味だとは書かれてはいないものの、明治時代までは全然は当たり前のように強調の意味で使われていたという事実があります。「全然納得している」「ここに全然あった」といった感じで。昔、使っていたから間違いではないというコメンテーターの言葉には違和感があるのですが、どちらの意味でも全然を使うようなことだけは受け入れがたいところです。
もう一つ困った言葉としてあげたいのが「ヤバイ」です。これこそ肯定にも否定にも使われていて、ヤバイ味は美味しいのか不味いのか聞いただけではわかりません。
あるVR(バーチャルリアリティー)のゲームで、危険を感じたときには手を上げるか声で危険を知らせてほしい、そのときには停止させるというものがあります。そのゲームで利用者が「ヤバイ」と言うのでストップさせたら、怒られたということです。事前に、ヤバイだけは使わないでほしいと言っておかないと、とんだトラブルにもなりかねないということです。