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算数障害の改善のために計算の単位を説明していて、教えるほうが戸惑ってしまう、ということを聞くことがあります。%(パーセント)は百分率で、1%は100分の1となり、これは世界共通の割合です。ところが割合を示す言葉として、日本では割(わり)が使われ、これは10分の1の歩合となっています。割の10分の1は分(ぶ)で、分の10分の1は厘(りん)です。
戸惑ってしまうのは「九分九厘」という言葉です。ほぼ確実、ほとんど完全という意味で使われていますが、百分率でいうと9.9%ということになります。野球の打率を表すときには3割2分5厘というように割の下の分、厘となっているので、これに従うなら九分九厘は9.9%です。わずか9.9%の確率なのに、ほぼ確実ということは言えないわけです。
なんだかお笑いのネタのような感じですが、九分九厘は十分に1厘だけ足りないことを指しています。この場合の十分は「じゅうぶ」とよみ、「じゅっぷん」でも「じゅうぶん」でもありません。同じ文字で読み方が違う異音意義の存在が、日本語をややこしくさせて、これば学習障害の識字障害に拍車をかけることにもなります。
九分九厘の正しい意味は「九割九分」です。これは日本で伝統的に使われてきた尺貫法と関係しています。(尺貫法については前回、前々回で紹介しました)
尺(しゃく)の下の単位は寸(すん)ですが、その下の単位として分、厘が設けられていて、さらに下には毛(もう)があります。野球の打率でも詳細単位として毛が登場します。1寸が基本(100%)となり、その10分の1が分、さらに10分の1が厘であったので、この表現法では九分九厘は99%ということになります。99%の確率であれば、ほぼ確実という意味で使われるわけです。

駄菓子は二つに大きく分類されています。一つは郷土駄菓子と呼ばれるもので、麦、ひえ、あわ、豆などの雑穀を材料としたものです。今でこそ雑穀は希少価値から価格が上昇していますが、駄菓子が広まった江戸時代には安価な材料でした。全国各地に今も残る伝統的な郷土駄菓子としては、仙台駄菓子、会津駄菓子、飛騨駄菓子、姫路駄菓子などがあり、歴史的な街の名物の一つにもなっています。もう一つの定義は、高級な上菓子に比べて下級な菓子を指しています。江戸時代から続くかりん糖、あめん棒、鉄砲玉、豆板糖などがあげられます。
江戸時代の駄菓子は、今の菓子のように嗜好品の位置づけではなく、食事代わりの軽食として食べられていました。夕食までに空腹を感じたときに、持参したおにぎりなどを食べるか、道端などの辻売りの駄菓子を買って食べていました。駄菓子は、つなぎの食事の一つで、空腹を紛らわす役目がありました。そのため栄養価が高い雑穀が材料となっていました。
現在の駄菓子というと、子どもが夕食前に空腹を感じたときに食べているシーンが思い浮かべられます。昼食から夕食までに時間があいたときに食べるのは、駄菓子の歴史を今に伝えているのかもしれません。
今の駄菓子のエネルギー量は、1つが40〜60kcalほどで、食事のご飯1杯分が約200kcalであるので、その4分の1から3分の1ほどのエネルギー量となります。駄菓子を1つや2つ食べたからといって、夕食が食べられなくなるようなことはありません。
エネルギー量は少なめであっても、お菓子であるので糖質が使われています。糖質は小麦粉や砂糖などを指していますが、糖質は脳と身体を機能させるためには欠かせないものです。糖質は胃で消化されてブドウ糖に分解されますが、ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源となっています。空腹感は間脳の視床下部にある中枢神経がブドウ糖の変化によって空腹、満腹を感じています。ブドウ糖が不足すると落ち着きがなくなり、イライラするようにもなります。そのため、甘いものを食べると安心感を得ることができるうえに、脳の働きを高めるためにも少量の糖質の摂取は効果的といえます。

約束をした日時を間違えないように、紙のカレンダーに書く、iPadとMacBookのカレンダーにも打ち込んでいくというように念を入れていますが、それでも心配になるときには家族に約束をしたことを話しておきます。このために家族に黙って、妙な約束を入れるということはできないのです。
その約束の日は、あさって、しあさってというように言われたときには、日にちで確認するようにしています。時間も3時と言われたら、15時であることを確認します。まさか早朝というか深夜というか、そんな時間に約束をしようということは普通はないことはわかっていても念には念を入れての確認です。
ところが、これだけのことをしても間違ってしまいそうな地域があります。三重県の伊勢志摩がよく例として出されるのですが、岐阜県の飛騨のほか愛知県や富山県の一部などでも使われる、ややこしい地域表現があります。それは「ささって」です。
今日の次の日は「あした」、2日後は「あさって」、3日後は「しあさって」というのが一般的ですが、前出の地域ではあさってとしあさっての間に「ささって」が入ります。つまり、3日後が「ささって」、4日後が「しあさって」となります。漢字では、あさっては明後日、ささっては再明後日となり、しあさっては一般的には明々後日と書きますが、ささっての次の場合には、しあさっては四明後日となります。
このような地方ルールがわかっていれば、約束の日を間違えることもなくなり、日にちで確認するようにするのですが、今、知っている地域以外でも「ささって」が使われている可能性もあり、もっと他の表現もあるかもしれないという思いで、いつも約束をするときにはドキドキしてしまいます。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)

肉は子どもが比較的好きな食材で、以前に比べると幼いときから肉に多く含まれる脂肪に慣れていることもあって、肉が食べられない子どもは減ってきました。しかし、食べられないことを訴える子どももいて、その対処のために苦労をしている保護者も少なくありません。肉が固くて、噛み切るまで時間がかかることが原因になっている場合には、まずは軟らかな肉、脂肪が多めで口の中で溶けやすいものを選びます。肉を焼く前には叩いて筋を軟らかくする、包丁で切れ目を細かく入れることで筋を切るという下処理をします。
冷蔵した肉を調理するときには、冷蔵庫から出したあと、常温に置いておき、肉の中心の温度が上がっていくのを待ってから加熱するようにします。この方法によってフライパンの熱が均等に肉の内部まで伝わるようになり、肉汁も流れ出しにくくなってパサつきを防ぐことができます。それでも肉の食感が気になる場合には、ひき肉を使うか、肉の味を感じにくくする味付けの工夫も必要になります。
肉の味や食感などが原因ではなくて、心理的な要因による場合もあります。牛が大きくて怖い、豚が汚れた場所で育てられていた、鶏に突かれそうになった、といったことが心理的なプレッシャーになって食べられないこともあります。また、動物に愛着を持っている子どもの場合には、可愛がっているものを食べることに拒否反応があり、これを解消しないことには小手先の対応では通じなくなっています。
ある程度の年齢が進んでくると、肉を食べると翌日か翌々日の便通がよくないことがあり、それが気になって肉の好まなくなる子どももいます。腸内細菌の悪玉菌は動物性たんぱく質と脂肪を主な栄養源としているため、肉食が増えると悪玉菌が増えて便通が悪くなります。善玉菌は糖質と食物繊維が主な栄養源で、善玉菌を増やすことによって悪玉菌を減らすことができることから、糖質と食物繊維を多めに食べるようにします。善玉菌の代表的なものはビフィズス菌で、子どもは特にビフィズス菌が多いので、ビフィズス菌の栄養源になるオリゴ糖を摂ることも効果があります。

国立高度専門医療研究センター6機関(国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センター)が連携して、研究成果として「疾患横断的エビデンスに基づく健康寿命延伸のための提言(第一次)」を公開しています。提言のエビデンスの解説(第4回)を紹介します。
成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)は、HTLV–1というウイルス感染が原因で、白血球の中のT細胞に感染し、感染したT細胞からがん化した細胞(ATL細胞)が無制限に増殖することで発症します。1977年に日本ではじめて提唱された疾患で、近年の調査で下記のことがわかってきました。HTLV–1ウイルスに感染しても必ずしも発症するわけではありませんが、他の白血球やリンパ腫より症状がさまざまで、根治が難しい場合もあります。感染から発症までの潜伏期間は長く(30〜50代)、HTLV–1感染者が生涯に発症する確率は約5%程度とされています。20歳代までの発症は極めてまれで、年齢とともに増加し、60歳ごろを発症のピークとして以降徐々に減少します。HTLV–1感染症では、ATLの他、HTLV–1関連脊髄症やブドウ膜炎などを発症する場合があることも知られています。
国内のHTLV–1感染者は、もともと日本の西南部(九州・沖縄地方)に限局していましたが、最近は都市部を中心に全国に拡散しており、国内感染者数は約100万人と推定されています。近年の研究では、年間新規感染者数は4,000人と推定され、感染拡大傾向にあると考えられています。海外でもオーストラリアなど、世界各地で高い感染率を示す地域が判明してきており、国際的にも大きな問題となってきています。
感染経路は、母乳による母子感染、輸血、性交による感染です。日本では、もともと大部分が母乳による母子感染でしたが、妊婦への検査普及や母乳授乳制限推奨などによって、近年では母子感染が抑えられてきています。一方、最近の研究で、性交渉を主とする水平感染の拡大が判明し、その感染拡大抑制が重要課題となってきています。

日本の伝統的な食文化というと食材と料理だけでなく、食べ方も独自なものです。今でこそ個人の食べるものの種類と量が決まっているという“お膳”は料理屋か冠婚葬祭などの儀式のときにしかお目にかからなくなりました。しかし、お膳こそ使わないものの、個人が食べるものが決まっていて、他人の料理には手を出さないのが日本人の食卓の基本となっています。これはお膳の伝統が残っている食べ方だと言えます。
お膳を使うにしろ使わないにしろ、日本人は自分が使う食器が決まっていて、手に合った食器、箸で食べています。日本以外で個人の食器が決まっているのはモンゴルなどの一部の地域に見られるだけです。食べる量は成長や年齢などによって変化をするので、それに合わせた食器を使うということで、おかずなどの量も個人に合わせてあります。だから、ご飯とおかず、ご飯と汁物という“口中調味”の食べ方によって、前に書いてきた健康維持をはかれるという優れた食文化となっています。
個々の食欲を事前に考慮して食器に入れる量を加減しているわけですが、実際の食欲は食べてみなければわからないところがあります。そこで大皿で提供して、家族で箸を伸ばして食べるという方法が登場します。コロナ禍で、外食では直箸ではなく、取り箸を使って感染防止をすることが進められていますが、家庭内では取り箸はお上品な方法になります。
大皿から食べると、個人が食べる量が制限されているわけではないので、“口中調味”の食べ方がしにくくはなりますが、自分の体調に合わせた食べ方が身についていれば、無駄に多くの量を食べるようなことはなくなっていきます。食事スタイルは中華料理のメインディッシュが大皿で、そこから好きなだけ取り分けるという形であっても、日本人のお膳文化での食べ方を思い起こして、個人の状態を把握した食べ方の健康面での効用を考える機会を設けてほしいものです。

学習障害の算数障害の理解の一環として前回は尺貫法について触れました。この尺貫法を学習障害の困難さを紹介するために使ってみたいという声があり、もう少し尺貫法について説明させてもらいます。
尺貫法は、中国で発展した計算法で、中国から文化が伝わってきた古墳時代には尺貫法で建物や道路、古墳なども作られたと伝えられています。尺貫法は律令制度によって定着していきますが、長さの1尺(しゃく)はメートル法では303mmで、その10分の1の1寸(すん)は30.3mmです。尺の上の単位は間(けん)ですが、1間は1820mmと6倍となっています(細かく計算すると少し合いませんが、そこまで正確ではないところでよしとされてきました)。
1間は6尺ということになり、1辺が1間の正方形の面積は1坪(約3.3㎡)となります。土地の単位の坪は、こういった計算で決められていたわけで、これは尺貫法が土地や建物に関する計量に認められていた1966年(昭和41年)以降も脈々と使われています。
間の上の単位は町(ちょう)で、1町は60間(360尺)となります。その上の1里(り)は36町で、一般には4kmとされていますが、正確には3927,272mにプラスして小数点以下が3927となります。
尺貫法は、すべてが十進法でなくて、十の単位が10倍を繰り返していなかったり、六十進法の単位で、6で割り切れても10で割り切れないという特徴というか、困難さがあります。
高さについては、尺は伝統的に使われています。「アルプス1万尺」という使い方が今でもされていますが、1万尺は3,030mとなります。フランスとイタリアの国境になるアルプス山脈の最高峰のモンブランの標高は4,810mです。1万尺とは合っていないのですが、日本の南アルプスの北岳は3,193m、北アルプスの奥穂高岳は3,090mです。実は「アルプス1万尺」のアルプスは日本アルプスのことで、「小槍の上でアルペン踊りを踊りましょ」の小槍は槍ヶ岳の山頂(標高3,180m)を指しています。
なぜ、こんな蘊蓄(うんちく)のような話をするのかというと、学習障害の子どもは関心を示したことは頑張って学ぼうとするところがあり、少しズレたとしても印象に残る話をすることが大切だということを伝えたくて、あえて紹介させてもらいました。

心身ともに成長期する時期に、高度経済成長が重なっていた昭和30年代、昭和40年代に生まれた人は、駄菓子から高級なお菓子まで、さまざまなものを食べてきた世代です。日本メディカルダイエット支援機構は、その世代が中心メンバーであることから駄菓子についても栄養学の面から研究をしてきました。それとは別に、日本人の体質や食事の歴史についても研究をしてきましたが、その中で昼食の歴史的な位置づけについて発表してきました。
今でこそ1日に3回の食事は当たり前になっていますが、日本人の庶民が昼食を食べるようになったのは江戸時代中期からでした。それまでは起床してすぐに朝食を食べ、日が沈んできたら夕食を食べるという食事パターンで、その間に空腹を感じたときには、軽食を食べていました。そのことを講習で話したあとに、エネルギー代謝に必要なビタミンB群のビタミンB₁、ビタミンB₂、ビタミンB₆、ビタミンB₁₂のうちビタミンB₁とビタミンB₂は体内で24時間は保持されるのに対して、ビタミンB₆とビタミンB₁₂は12時間ほどしか保持されないので、朝食と夕食ではビタミンB₆とビタミンB₁₂が含まれた食品を食べる必要があると話しています。
この話で納得はしてもらえるのですが、昼の空腹を紛らわすために何を食べていたのか、ということを聞かれたときのために文献を当たってきました。その結果として突き止めたのが駄菓子の存在でした。駄菓子といっても今の駄菓子ではなくて、一文菓子と呼ばれた安く食べられる雑穀から作られたもので、一文は今の価格では10〜20円くらいでした。つまり価格面では今の駄菓子と同じだったのです。駄菓子の時代から江戸時代中期以降は、おにぎりと漬け物を持って仕事場に出るようになり、駄菓子は働き手のものから子どもが楽しみで食べるものになりました。
駄菓子に高価な砂糖を使うことは許されず、あまりおいしいものではなかったことから、お菓子の位置づけになってから雑穀を水飴で練ったものが作られ、素朴な味わいが駄菓子の特徴となって、今に受け継がれているということです。

「勉強をするのは学校だけではない、学校以外でも学び続けなければならない」ということを言い続けていたのは父でした。今では学校以外にも学習塾や習い事があって、これは学校以外ということになりますが、そのことを言っているのではなくて、卒業してからも学ぶことが大切という教訓的な話です。
私が健康関連の講習の最後の言葉として使っているのは、父の教訓ではなくて、学園ドラマの「金八先生」で主人公が卒業式のときに生徒に向かって話した「これまで教えたことは全部ウソです」という言葉です。ドラマでのセリフとはニュアンスが違うのですが、医学や科学などに関する知見は、常に変化をしているもので、前に常識として覚えたことが数年を経ると古い話、間違った話にもなりかねません。
だから、これまで学んだことを常に振り返り、疑ってもかかって、最新情報に更新することをすすめています。そのために、私どもの講習には、終わってからの定期的な情報発信がセットとなっています。これは“小さな親切”で始めたことですが、たまに“大きなお世話”と言われてしまうこともあります。
父の口癖は、もう一つあって、「人生は重荷を背負いて遠き道を行くがごとし」です。
これは卒業してからの勉強は楽なものではなくて、むしろ卒業業のほうが苦しいこともある、ということを言いたかったようです。父は昇進試験がある公務員だったので、定年退職までは学び続けで、上の昇進試験ほど困難度が高まるので、実際には家庭で勉強をしている姿が目に焼きついています。
父が言っている意味を知りたくて、徳川家康の遺訓を後になって勉強してみたら、意味合いは同じでも言葉そのものは違っていました。だから父親がどうのこうのというのではなくて、子どもにわかりやすく伝えようとしただけのことです。
徳川家康の遺訓として伝えられているのは、「人の一生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。」です。これが多くのシーンで使われることが多いのですが、これには続きがあります。東照公御遺訓を引用すると「不自由を常とおもえば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて、人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。」
現代用語風に変換していますが、なんだかコロナ禍で我慢を強いられて、不満を口にする人が多い今の時代にこそ、思い起こしたくなるところです。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)

発達障害による極端な偏食のために野菜が食べられないという子どもは少なくありません。しかし、そのほとんどは特定の苦手な野菜があって、その苦手とすること(見た目、味、食感など)を料理で手を加えることで改善できます。ところが、中には野菜全般が食べられなくて、かろうじて食べられるのはイモだけということもあります。そのイモも食物繊維が多く含まれるサツマイモではなくて、食物繊維の量が少なめのジャガイモという例もあります。
こうなると食物繊維を、なんとかして摂取する方法を考えなければなりません。保護者の中には「食物繊維は消化も吸収もされないので必要ないのではないか」と考えている人や、食品のグループ分けは知っていても、それが体を作るもの、エネルギーになるもの、体の調子を整えるものとされていて、食物繊維は、どれにも当たらないと考えている人もいます。
食物繊維は以前は食品のカスのように考えられていた時代もありましたが、腸内環境を整えることの重要性が認識されるようになって、糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルに次ぐ“第六の栄養素”とされています。
野菜が食べられないために食物繊維が不足していると、その役割としての腸壁の刺激、便の量の増加といったことが得られなくなります。食物繊維は胃では消化されず、小腸は形を変えずに進んでいきますが、大腸では腸内細菌によって分解されて糖質になります。そして、腸内細菌の善玉菌が糖質を栄養源(エサ)としていることから、善玉菌の働きを高め、善玉菌を増やして便通をよくすることができます。
食物繊維は、そのままの形で胃と小腸に存在する不溶性食物繊維と、水分を吸って膨らむ水溶性食物繊維があります。不溶性食物繊維は便を硬くする作用がありますが、水溶性食物繊維は水分を吸うことから便を軟らかくする作用があります。水溶性食物繊維が多く含まれる海藻、きのこ、果物が食べられるなら、この点はクリアすることができます。
それも食べられないという場合には、善玉菌の中でも代表とされるビフィズス菌の栄養源となるオリゴ糖を摂ることがすすめられます。オリゴ糖は糖ではあっても、胃での消化も小腸での吸収もされずに大腸まで運ばれます。