投稿者「JMDS」のアーカイブ

書くことから打つことに移ってきたのは、ワードプロセッサーのおかげで、初めは右手だけ、指3本だけというところから、左手も3本が使えるようになり、最終的には小指以外は左右ともに使えるようになっていました。

これは書くのと変わらない速度での原稿作成が求められていたので、必死になって挑戦した結果です。その当時は「書くこと=生活すること」で、それが打つことに変わっても生活していくための仕事であることには変わりはなかったことでした。

それに続いて、Windows95の時代となった1996年からはパーソナルコンピュータの文章作成ソフトでの文字打ち作業となったのですが、長年の首への負担があって、今度は左の手指がスムーズに動かせなくなりました。

これは中学生の時に空手の試合で相手の蹴りが首に入ってしまって、椎間板の一つが潰れた状態になりました。

これは姿勢をよくするというアナログな手段でなんとかなっていたのですが、負荷の蓄積と年齢の影響で左の手指に痺れと痛みが出るようになり、徐々に画面をタップすることで仕事をこなすことが増えてきました。

タップで仕事をするようになると、右手の指3本への負担が強くなって、これもできにくくなっています。そこで音声文字変換ソフトを使うようになったものの、代わりの方法を選択するたびに頭の回転に手指の動きが追いつかなくなっていきました。

仕事が変化して、今ではスピードは求めなくなったのですが、これからは考えたことが文章になるという夢のような世界があるのではないかと期待したいところです。それまでは我慢を続けるしかないようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

豊臣秀吉と石田三成の出会いと、三成が家来から奉行、大名に出世していくきっかけとして伝えられる「三献の茶」の逸話は、正しく伝えられないと金言どころか誤りを伝えることにもなりかねません。

目上の人が格下の者のところに出向いて、礼を尽くして重要な人物として迎え入れることをお願いすることだと思われていることもあるのですが、これは「三顧の礼」です。

三顧の礼(さんこのれい)は、中国の三国時代の武将の劉備玄徳が、諸葛亮孔明を軍師として迎えるために、家を三度も訪ねたという故事に由来した言葉です。

劉備玄徳は三国志の主人公として語り継がれる英雄で、魏と対立していた蜀の劉備玄徳が戦いに勝ち抜き、蜀漢の初代皇帝となったのは諸葛亮孔明の軍略があればこその結果と伝えられています。

三国志の英雄といえば劉備玄徳、関羽、張飛が三傑(英雄)とされ、桃園の誓いの「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん」という名シーンは、他の作品(小説、演劇、アニメまで)でも再現されています。

この誓いを実現させた有名な戦いというと赤壁の戦い、官渡の戦い、長坂の戦いが挙げられますが、これらは諸葛亮孔明の軍略である「空城の計」「八陣図」「火攻めの計」などが存分に活かされた結果です。

「三顧の礼」は、人に対して心を尽くして丁重に頼み事をすることを意味していますが、この“心を尽くして”というところが「三献の茶」の真理と共通しているところで、形ばかりの継承やマニュアルでは成し得ない重要なことを使える金言といえます。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

注意欠陥・多動性障害を理解するために、それぞれの状態(不注意、多動性、衝動性)について列記していきます。

今回は不注意と多動性についてです。

◎不注意
*ルールを守ることが難しい

*物忘れが多く、物をなくしやすい

*何回言っても忘れる

*気が散りやすく、集中力が続かない

*興味があるものに集中しすぎて、切り替えが難しい

*ボーッとしていて、話を聞いていないように見える

*事前によく考えて行動できない

*課題や活動を順序立てて行うことが難しい

*指示は理解できても、従うことが難しい

*行動が他の子よりワンテンポ遅れる

*字が乱れる

*不器用(縄跳びなどが苦手)

*片付けられない

*勉強で細かなところに注意を払わなかったり、不注意な間違いをする

*課題や遊びの活動で注意を集中し続けることが難しい

*気持ちを集中させて努力し続けなければならない課題を避ける

*あまり目立たないために注意欠如・多動性障害であることに気づかれにくい

◎多動性
*落ち着きがなく、授業中でも立ち歩く

*身体を動かすことがやめられない

*手足をそわそわ動かしたり、着席していてももじもじする

*一方的にしゃべる、しゃべり出すと止まらないほど過度にしゃべる

*夢中になると周りが見えなくなる

*遊びや余暇活動におとなしく参加することが難しい

*きちんとしていなければならないときに、過度に走り回ったりする
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

2回に渡ってバナナの安全性について紹介してきましたが、それに続いて残留農薬について説明していきます。

残留農薬は、収穫後に使われた農薬が、食品の中に残っている(含まれている)ものを指していて、国産の農産物では収穫後の農薬使用(ポストハーベスト)は原則禁止であるので、身近なリスクとして感じにくいかもしれません。

食品に残留する化学成分は食品添加物に分類されていて、袋などに入ったものには残留している食品添加物の名称を表示することが義務づけられています。バラ売りする場合には棚などに表示する必要があります。しかし、それが完全には守られていない現実があります。

輸入されたフルーツは、防カビ剤などとして使用された農薬が残留している場合には、その名称を表示することが義務付けられています。しかし、袋に入れずに店頭で販売されている場合には、表示を見て使用の有無を確認することはできません。

農薬のイマザリルやTBZ(チアベンダゾール)がバナナに残留していれば、それを表示することになります。そこで業界内で見極めのポイントとされているのは、軸の部分の緑色の状態です。

TBZはバナナの軸が腐ったり、カビが生えて房のバナナがバラバラにならないようにするために以前から使われていました。以前は軸だけに使われていたわけですが、TBZを使うと皮も果実も熟して黒っぽくなっていくのに、軸だけは黄色にならずに緑色のままということが起こります。

このことからTBZの使用は軸を見ればわかります。軸はバナナの身に栄養成分を運ぶ通路になっているので、そこには農薬や化学成分が入りやすく、残りやすいということを知っておいてほしいのです。

なぜ、このような農薬が残っている状態が許されているのかというと、収穫後に使用する農薬ということで、皮にしか残っていないので、皮を剥いて食べるものは安心できる、という考え方がされているからです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルの鉄の基本的事項の「消化、吸収、代謝」を紹介します。

〔消化、吸収、代謝〕
食事中の鉄は、十二指腸から空腸上部から吸収されます。

ヘム鉄は、特異的な担体によって小腸上皮細胞に吸収され、細胞内でヘムオキシゲナーゼによって2価鉄イオン(Fe2+)とポルフィリンに分解されます。

無機鉄は、鉄還元酵素duodenal cytochrome b(DCYTB)、アスコルビン酸等の還元物質によって2価鉄イオン(Fe2+)となり、上皮細胞刷子縁膜に存在するdivalent metal transporter1(DMT1)に結合して上皮細胞に吸収されます。

この吸収はマンガンと競合します。

吸収された2価鉄イオン(Fe2+)は、フェロポルチンと結合して、門脈側に移出された後に、鉄酸化酵素によって3価鉄イオン(Fe3+)となり、トランスフェリン結合鉄(血清鉄)として全身に運ばれます。

多くの血清鉄は、骨髄においてトランスフェリン受容体を介して、赤芽球に取り込まれ、赤血球の産生に利用されます。

約120日の寿命を終えた赤血球は網内系のマクロファージに捕食されますが、放出された鉄はマクロファージの中に留まってトランスフェリンと結合して、再度ヘモグロビン合成に利用されます。

鉄を排泄する能動的な経路が存在しないため、恒常性は鉄吸収の調節によって維持されます。

健康な人の場合、食事中の鉄の小腸上皮細胞への取り込み量と血液への移出量は、体内鉄量と反比例の関係にあります。

すなわち鉄の状態が低下すると、低酸素誘導因子hypoxia inducible factor2aが増加して、DCYTBとDMT1の発現を刺激し、上皮細胞への2価鉄イオン(Fe2+)の取り込み量が増加します。

同時にフェロポルチンの作用を抑制するヘプシジンが減少するため、フェロポルチンの作用が高まって、上皮細胞から血液への鉄の移出量も増加して、腸管での鉄の吸収率が高まります。

一方、鉄の充足時には、ヘプシジンが増加してフェロポルチンの作用が抑制されるため、鉄は上皮細胞内に留まり、鉄の吸収率は低下します。

留まった鉄は上皮細胞内にフェリチンとして貯蔵され、細胞の剥離に伴って消化管に排泄されます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、各論のエネルギー・栄養素について説明しています。その中から微量ミネラルの鉄の基本的事項の「定義と分類」と「機能」を紹介します。

〔定義と分類〕
鉄(iron)は原子番号26、元素記号Feの遷移金属元素の1つです。

食品中の鉄は、たんぱく質に結合したヘム鉄と無機鉄である非ヘム鉄に分けられます。

〔機能〕
鉄は、ヘモグロビンや各種酵素を構成して、その欠乏は貧血や運動機能、認知機能等の低下を招きます。

体内鉄の総量は成人で3〜4gであり、その約70%は赤血球中のヘモグロビン鉄です。

体内の鉄は、ヘモグロビンのように生理的な役割を持つ機能鉄と、鉄を貯蔵または運搬する役割を持つ貯蔵鉄に分けることができます。

代表的な貯蔵鉄であるフェリチンの血清中濃度は、鉄の栄養状態を反映する良い指標です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「いちごの日」全国いちご消費拡大協議会が、いち(1)ご(5)の語呂合わせで制定。

「ホームセキュリティの日」セコムが、1981年1月5日に発売したホームセキュリティシステムが2014年に100万軒を突破したことから制定。

毎月5日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

文章を書くことの変遷は日々邁進1、日々邁進2で書いてきて、途中に「そもそも邁進は何を示すのか」という話を2回挟みました。今回は書くことの続きですが、時代の流れに合わせて「書く、打つ、タップ、話す」と変化してきたわけではありません。

初めて商業誌(一般に販売される書籍)に原稿を書いたのは大学2年生の時のことで、クラシック音楽専門誌に短い原稿を毎月、書かせてもらったことでした。

私が通っていた大学の近くに歴史に名を残すような編集者が住まわれていて、そこに勉強のためにうかがっている時に息子さんがクラシック音楽専門誌の編集長であることを知りました。

そこから原稿を書くアルバイトを続けることになった経緯は、他の連載コラムで書いているので省略させてもらうとして、その経験が厨房機器の業界団体の月刊機関誌の編集(大学4年生から10年間)、スポーツ専門誌(バレーボール、バスケットボール、テニス)の執筆と編集につながり、大手出版社の書籍のゴーストライター15年間(150冊)へとつながっていきました。

転職をしたというよりも並行して続けていたので、途中で右の手指が腱鞘炎になって、もう手書きができないことを出版社に伝えたら、ワードプロセッサーが自宅に送られてきました。1983年のことで、当時は安価になったと言われても70万円を超えていました。

その出版社はバックに大手家電メーカーがついていたものの、当時はワードプロセッサーの製造はしていなくて、ライバル会社の製品でした。

これで書くから打つになり、なんとか打つことで書くよりも早く文章作成できるようになった時に、利き腕の右手の指と手首を傷めて、右指は2本、左指は4本が使えるという状態で打ち続けることになりました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「人生には3つの坂があります。それは上り坂、下り坂、そして“まさか”です」ということは、どこかで聞いたことがあるかと思います。

さまざまなシーンのスピーチで使われやすい人生訓の一つで、上り坂は順調に進んでいる時期、下り坂は不調や困難な時期、まさかは想像もしなかった事態が起きる時期を意味しています。

この話を持ち出したということは「真逆」を「まさか」と読んでのことですが、パソコンなどの文字変換ソフトを使うと「まさか」と打ち込んでも「まぎゃく」と打ち込んでも「真逆」と表示されます。

真逆(まさか)は、予期しなかったことが起こること、予期しなかったことが起こったときに口から出る「まさか!」という驚きを意味する言葉です。

真逆(まぎゃく)という読み方については前回(言い違い5)説明していますが、真は強調するために使われることから、全く逆、正反対という意味となります。

真逆(まさか)と真逆(まぎゃく)は、全く逆のことを表すために使われるので、それこそ真逆の意味となります。この場合の真逆は「まぎゃく」と読みます。

このような読み間違いがないように、言葉で使える放送(テレビ、ラジオ、ネット番組など)の世界では、原稿を読む場合には真逆と書いたら「まぎゃく」として、「まさか」と言うときには平仮名で書くのが原則とされています。

これが徹底していれば読み間違いはなくなるはずなのですが、真逆を「まぎゃく」と読まない人もいます。それではと、真逆(まぎゃく)、真逆(まさか)と読み仮名をつけたら、今度は「まぎゃく、まさか」と両方を読んでしまう人が現れています。

このようなことも、リハーサルで確認しておけば問題がないだろうに、まだ言い違いが起こるということは、ぶっつけ本番なのかと疑ってしまいます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

今や5万人を超えているとさえ言われる保健機能食品などのアドバイザリースタッフの通知が厚生労働省から出されたのは2002年のことで、厚生労働省が発足(厚生省と労働省が合併)した2001年の翌年のことでした。

急に通知や通達の中身ができあがることはなくて、数年前から厚生省で検討が重ねられてきました。検討が始まった当時は「サプリメントのアドバイザリースタッフ」という仮称であったことから、検討の委員会では“サプリメントアドバイザー”と呼んでいました。

その当時の事情を知っている関係者の中では、どこの団体がサプリメントアドバイザーの名称を取るかとのことも話題となっていました。

アドバイザリースタッフ制度の検討が始まったとき、その委員会に私も招集されました。長く付き合ってきた厚生省時代の幹部が合併によって初代の厚生労働事務次官になり、その関係もあって医学、薬学、栄養学の専門家でもない私に白羽の矢が立った形です。

その検討内容は、2002年に厚生労働省から『保健機能食品等に係るアドバイザリースタッフの養成に関する基本的考え方について』との題名での通知が行われました。

検討委員会には当時の国立健康・栄養研究所の田中平三理事長(医学博士)も委員として参加していて、その関係から国立健康・栄養研究所が認定する栄養情報担当者(略称:NR=Nutritional Representative)では私は法律講習を2003年から担当しました。

また、日本臨床栄養協会が認定するサプリメントアドバイザーの認定制度構築も手がけて、健康食品の講習も務めさせてもらいました。

通知の目的の一つに、アドバイザリースタッフが一般の方の理解を進めることによって、消費者が自分で健康食品などを選択して、的確に使うことができるようにしようということがあり、その目安として“10年後”ということが検討されていました。

しかし、2002年の通知から20年以上経って、当初の目的が達成されたのかというと、そのような事実もなく、兆候もないのは多くの人が感じていることです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕