投稿者「JMDS」のアーカイブ

私が初めてチョコレートを食べた(食べたことを覚えている)のは小学1年生のときで、山村の小学校で話題になっていたものの、存在は知っているけれど食べたことがないという子どもがほとんどでした。

私が初めて食べたチョコレートは、「大きいことはいいことだ」というフレーズのテレビコマーシャルで見ていた大きな板チョコでした。テレビコマーシャルを見ようにもNHKしか見られないという山村で、私は都市部の親戚の家に行ったときに見ただけでした。

現在の“おいしすぎる”チョコレートと比べたら、「本物のチョコレート?」と言われても仕方がないものでした。板チョコを1枚も食べたことを同級生に黙っておかないといけないような本当の田舎でした。

こんなことを覚えている(思い出した)のは、娘がチョコレートを初めて食べた日の一言がきっかけでした。チョコレートのカカオは未就学児には刺激的すぎるという説が広まっている時期でしたが、保育園のおやつで出た小さなチョコレートの2つのうち1つを娘が持って帰ってきました。

目を輝かせて「チョコレートという、おいしいお菓子があるんだよ」と見せてくれました。これが娘の初めてのお土産で、どんな味だったのか覚えていないくらい感激して口に運びました。

「全部、食べちゃダメだよ。半分だけね」と家族で分けて食べることを娘に言われて、食べるものの内容を研究していた身には、子どもの食育について真剣に考えるようになった機会でもありました。

私は小学4年生のときに1年間だけ、父親の転勤で都市部に住みました。チョコレートだけでなく、お菓子は簡単に手に入る環境ではあったのですが、両親の教育(食育)方針なのか、チョコレートといえば、チョコレートクリーム入りの菓子パン(チョココロネ)でした。

そのことを思い出したきっかけは、サンマルクカフェのチョコクロ(ビターテイストのチョコレートをクロワッサン生地で包み込んだお菓子感覚のパン)でした。

銀座の1号店(1999年)で食べてからファンにはなっていましたが、岡山で創業者の奥様が発案したものだと聞き、岡山で活動の場で一緒になる最近まで思いもしなかったことです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

バカは漢字では馬鹿とも莫迦とも書かれます。

馬鹿は知能が劣っていたり、役に立たないことを表すために使われることが多く、莫迦は道理や常識から外れていること、社会常識の欠如、度が過ぎることを指していることは前回紹介しました。

莫迦は、無知・愚かさを意味するサンスクリット語の「moha」(モーハ)に由来する仏教用語で、前回の説明を端的に示すと“真理を理解できない愚かさ”ということになります。

見た目の行動や言動ではなく、一見する正しいことを言っている、実践しているという人であっても、真理を理解しないままの行動・行為は莫迦と言われかねないのです。

では、馬鹿は、なぜ馬と鹿なのかというと、これは中国の故事「指鹿為馬」(しろくいば)に由来しています。出典は『史記』(司馬遷による歴史書)の「始皇帝記」で、秦の始皇帝の死後に権力を握った趙高(ちょうこう:秦の宦官)は自分の威光を試すために二世皇帝(胡亥)に鹿を馬として献上しました。

皇帝が「鹿ではないのか」と聞きましたが、趙高を恐れた臣下たちは「馬である」と嘘の返答をしています。そして、真実を言った臣下は、趙高によって処罰されました。

誰も逆らえない状況を作り出し、自身の権力を確固たるものにしたというエピソードで、権力者が真実を捻じ曲げ、周囲が同調する恐ろしさを伝える恐怖政治を今に伝えています。

そこから「指鹿為馬」(鹿を指して馬と為す)は、明らかに間違っていることや不合理なことを権力や権威、経済・金銭の優位を使って、正しいこととして押し通すこと、故意に事実を歪曲する行動を非難する際に使われています。

このような性質は“死んでも直らない”とされることで、その真意については、次回に続きます。
〔小林正人〕

嘘をつくのは、さまざまな気持ちが関係しています。防御本能が強くなり、隠そうとしていることや本心が現れるのを隠そうとして、さらに嘘を重ねることがあります。

そういった変化を具体的に見せてくれたのは、アメリカのテレビドラマ「Lie to Me」です。邦題は「ライ・トゥ・ミー 嘘は真実を語る」です。DVDのタイトルは「ライ・トゥ・ミー 嘘の真実」でした。

DVD版では43分番組が全48話で、さまざまな嘘の例が示されていました。モデルになったのは微表情研究の第一人者とされるアメリカの心理学者のポール・エクマン博士です。

書籍では『表情分析入門・表情に隠された意味を探る』、『顔は口ほどに嘘をつく』、『暴かれる嘘・虚偽を見破る対人学』が日本で発行されています。

嘘をつくのは防御反応の表れであって、嘘をつくつもりでなくても自然と表れるもので、表向きは歓迎の意向を示していても、恐れや恐怖などの気持ちが高まってきて、それが微表情として見えることがあります。

微表情研究では、表情は文化や人類には関係なく表れるということが基本となっていますが、日本人は以前から「表情の変化が少ない」「顔から気持ちがわからない」と言われ、これは能面に喩えられることもありました。

日本人は表情筋が動きにくく、日本人に限っては通じないのではないかとの指摘もありました。そこで日本人を対象とした研究も進められてきました。この結果については、次回に紹介します。

表情筋が動きにくいのは事実で、微表情を見抜くためには関係性や背景なども加味して観察していく必要があります。
〔小林正人〕

「わかめの日」日本わかめ協会が、発育に欠かせないミネラルが含まれるわかめを食べてもらおうと、こどもの日にちなんで制定。

「たべっ子どうぶつの日」ギンビスが、創業日(1930年5月5日)と、こどもの日から制定。

「うずらの日」日本養鶉協会が、5月は旧暦の鶉月(うずらづき)、5日は05=たまごの語呂合わせから制定。

「かずの子の日」北海道水産物加工協同組合連合会が、こどもの日に子孫繁栄の縁起物のかずの子を食べてもらうことを目的に制定。

「午後の紅茶の日」キリンビバレッジが、午(5)後(5)の語呂合わせで制定。

「フットサルの日」エフネットスポーツ(埼玉県川口市)が、フットサルは5人対5人で競うことから制定。

「かみ合わせの日」日本咬合学会が、こう(5)ごう(5)の語呂合わせで制定。

「あたり前田のクラッカーの日」前田製菓(大阪府堺市)が、こどもの日であることと1918年5月5日が創業日であることから制定。

「熱中症対策の日」日本気象協会と日本コカ・コーラが、立夏に熱中症の注意を呼びかけるために立夏に制定。

「こだますいかの日」茨城県筑西市、桜川市、北つくば農協地域農業振興協議会が、収穫最盛期となる立夏に制定。

「ゴーゴーカレーの日」ゴーゴーカレーグループ(石川県金沢市)が、ゴー(5)ゴー(5)の語呂合わせで制定。

「ゴーフルデー」神戸凮月堂(兵庫県神戸市)が、5がフルに揃った昭和55年5月5日に記念日を制定。

毎月5日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

日本の栄養学は、戦後の栄養不足の時代から飽食の時代へと変化があり、不足を補うことから摂りすぎを抑えることへと変化していきました。

量だけでなく、質の変化も大きくて、摂取エネルギー量だけを見れば、終戦直後の「食べるものがない」ときと、現在の「食べるものが多すぎる」時代であっても、1日の摂取エネルギー量がほぼ変わらないという状態になっています。

それなのに生活習慣病が大きく増えたのは、“食事の洋風化”が最大の原因とされています。これは私の師匠筋の栄養関係者も認める(というよりも言い続けてきた)ことです。

不足から飽食に切り替わったのは昭和30年代後半で、その時期には平均寿命は延び続けている一方で、生活習慣病は多くはない理想的な時代と認識されています。

その大変化の時代の真っ只中を進んできたのは昭和28年から昭和33年に生まれた人たちで、終戦から10年を経た昭和30年(1955年)に生まれた私も、そのうちの一人です。

新潟県の漁村で生まれて、その後は小学3年生までは山村で暮らしていたこともあって、食生活は日本の伝統的な食そのものでした。初めてパンを食べたのは、私は4歳だったと父母から聞いていますが、山村の同級生の多くは学校給食で食べたコッペパンでした。

山村の小学校であっても子どもの栄養摂取のモデル校だったのですが、それでも1年生の時には弁当の持参、2年生で牛乳給食(弁当+牛乳)が始まり、3年生の時に完全給食が始まりました。

牛乳といっても脱脂粉乳を溶かしたもので、一般に認識されている牛乳とは違ったものでした。その違いを小学2年生で知っていたのは、1年生の時に家に毎朝届けられるビン入りの牛乳を飲んでいたからです。

それを届ける“牛乳少年”は同級生だったのですが、脱脂粉乳の牛乳給食で初めて飲んだときに、「こんな味なのか」と、想像していた味(おいしいもの)とは違ったということを言っていました。

配達している牛乳を飲んだことがなかったということですが、そのときには牛乳と脱脂粉乳の違いがわからない子どもが多かったという時代の話です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

日本肥満学会は、新たな症候群の対策として体重を増やすことを主とした発表を行いました。

それは「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」で、これまでの体脂肪を減らすメタボリックシンドローム対策とは逆という印象があります。

その発表の中から、「低体重および低栄養による健康リスクや症状」を紹介します。

〔低体重および低栄養による健康リスクや症状〕
◎骨量低下および骨粗鬆症
若年期は骨密度ピークを獲得する最重要期です。

しかし、低栄養やエストロゲンの低下、低体重による物理的な過重負荷の低下が骨形成を阻害して、20代における骨減少をもたらし、将来的な骨粗鬆症リスクを高めると考えられます。

◎月経周期異常、妊孕性および児の健康リスク
低栄養や極端な体重減少は視床下部―下垂体―卵巣系に影響して、月経不順や排卵障害を引き起こします。

長期的には不妊や妊娠合併症の上昇が懸念されます。

低体重に伴う希発月経や視床下部性無月経は、妊娠前の体格や栄養状態の不良と相まって、切迫早産や低出生体重児の増加など児の健康にも影響を及ぼす可能性が示唆されています。

近年注目されているDOHaD(Developmemtal Origins of Health and Disease)の概念においても、妊娠中の母体の栄養状態が児のライフコース全体の健康に影響を及ぼすことが指摘されています。

この観点からも、若年女性の低体重や低栄養は、将来的な母体および児の健康リスクを高める要因となる可能性があります。

◎微量元素やビタミン不足による健康障害
低栄養の場合、複数のビタミン・ミネラルの不足が生じやすく、さまざまな健康障害を引き起こす可能性があります。

鉄、葉酸、ビタミンB₁₂の不足は貧血を引き起こし、亜鉛欠乏は創傷治癒の遅延や免疫機能の低下、味覚異常をもたらします。

さらに、ビタミンDやカルシウム不足は骨密度の低下を招き、骨粗鬆症や骨折のリスクを高めます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「バカは死んでも直らない」というお題について間違いではないかと言われたことは、今回のコラムを書くときだけでなく、周囲から何度も言われてきたことです。

最近になって“あえて間違える意味”を聞かれるようになってきましたが、間違いでも、間違っているわけでもありません。

間違いとして指摘してくれる方々の多くは、正しい言葉づかいとして「バカは死ななきゃ治らない」を教えてくれます。

「バカは死ななきゃ治らない」は昭和初期の浪曲家の広沢虎造(二代目)の「森の石松」の名フレーズで、当時はラジオの浪曲番組は人気があり、意味がわからない子どもさえも口ずさんでいたものです。

頑固で愚かな言動は根本的に直ることはない、これを治そうとしても治療することはできないという意味です。これは今回のお題ではなくて、「馬鹿は死んでも直らない」を取り上げたのは、ここに金言たる深い意味があるからです。

「バカは死んでも直らない」はハナ肇とクレイジー・キャッツの名曲のタイトルと同じで、楽曲では「馬鹿は死んでも直らない」と漢字になっています。

お題を馬鹿ではなく、バカにしたのは、その真理を伝えやすくするためで、語源はサンスクリット語の「moha」です。無知という意味で、一般には馬鹿が当てられていますが、その意味からすると「莫迦」が相応しいようです。

馬鹿は知能が劣っていたり、役に立たないことを表すために使われることが多いのに対して、莫迦は道理や常識から外れていること、社会常識の欠如、度が過ぎることを指しています。
〔小林正人〕

〔2026/5/4〕
アルコール飲料の提供を専門としている人は、いわゆる“酒に強い”というイメージがありましたが、「酒に強くてはいけない」と言われる方と出会ったときは驚きの感覚がありました。
その言葉をいただいたのは、パレスホテル(東京・丸の内)の「ロイヤルバー」の初代チーフバーテンダーの今井清先生です。
今井先生の異名は「ミスター・マティーニ」で、マティーニを作らせたら世界でも右に出る者はいないとまで言われた超有名人です。

マティーニはドライ・ジンにドライ・ベルモットを4:1の割合で合わせて、あとはステア(材料と氷をミキシンググラスに入れて手早くかき混ぜる)してオリーブを添えるだけのシンプルな作り方だけに、「カクテルはマティーニに始まりマティーニに終わる」と言われます。
初めての客に一杯目でマティーニを注文されたら、「試験をされているに違いない」と思って覚悟して作らなければならない、とも言われています。

マティーニはジンベースのカクテルの代表で、カクテルの王様とも呼ばれています。その王様を扱うミスター・マティーニと呼ばれるようになったのは、バーテンダー世界大会のマティーニ部門の優勝者ということだけではありません。
冷蔵技術が普及していない戦後の時期に、常温に置かれたジンを冷やしてからマティーニを作った最初の人で、ジンそのものの味を残した冷たいマティーニを飲むことができるようにしたパイオニアです。
また、マティーニを最もおいしく味わえる形状のグラスを独自に開発したことでも知られています。

ジンを冷やしておくことによって、ステアのときに氷が溶けて味が薄まることを極限まで減らすことができるわけですが、それだけでなく、さまざまな逆転の発想をされた方であり、それは私のような素人でもカクテルを通して学ぶことだらけの師匠でした。

もう一つ特筆したいのは、アルコール飲料全般との付き合いについてで、お酒に関わる仕事をする人は、いわゆる“酒に強い”のが当然と考えられるところがあります。中でもカクテルは、あらゆるアルコールの特徴を知っておく必要があるため、“飲める人”でないと務まらないとされてきました。
私のワインの師匠の桑山為男先生については前回書きましたが、ソムリエは五感が重要で、「胃の流れまで感じ取る」と言われるほど“飲める人”がほとんどで、桑山先生も同じでした。

ところが、今井先生はアルコールに弱い“飲めない人”でした。バーテンダーが酒に強いと、だんだんと辛口を好むようになり、カクテルのテイスティングも変化していくと教えられました。
“飲める人”ではいけないということではなくて、「味覚が変わるほど飲んではいけない」という教えであると勝手に解釈をして、その教えを今でも守っているつもりです。
〔小林正人〕

「ラムネの日」1972年5月4日に千葉勝五郎氏がラムネ(レモン水)の製造・販売の許可を取得したことにちなんで制定。

「口臭ケアの日」いいの製薬(神奈川県横浜市)が、こう(5)しゅう(4)の語呂合わせで制定。

「しらすの日」朝日共販(愛媛県伊方町)が、全国のしらす漁が解禁になる5月と、しらすのし(4)から制定。

「とろけるハンバーグの日」GROSBAL(神奈川県相模原市)が、とろけるハンバーグが2019年5月4日にロケットで初めて宇宙に行ったことから制定。

「巻寿司の日」あじかん(広島県広島市)が、立夏の前日の節分に巻寿司を丸かぶりすると幸運が訪れるとされることから制定。

毎月4日:「みたらしだんごの日」(山崎製パン)

全日本ミニマリスト協会というコミュニティがあって、この組織が法人化(一般社団法人)されたときに、3人だけの理事の1人として加わりました。“ました”と書いたのは、役割が終わった(社会的な役割か、それとも代表者の役割か)ということで、一般社団法人から任意団体に戻ったからです。

ミニマリストはミニマリズムを実践する人で、この活動の前からもミニマリストを自称する方とは数多く会ってきました。本当にミニマリストなのか、という感想や評価は別として、多くの考え方があることを、ずっと感じてきました。

そして、目的も目標も、それぞれ異なっていることを承知していて、あえて書こうとしているのは余計なものを買わない、持たない、整理するという一般的な認識ではなくて、人脈と時間のミニマリズムです。

自分が住んでいる空間には置くところが少なくて、そのまま持っていたら片付かないので、他に預けるというのはミニマリズムと言えるのか疑問がありました。私の場合は仕事に合わせて住まいを変えてきたので、収納スペースは広がったり、狭くなったりの繰り返しでした。

まだ収納スペースがあっても、一定の時期が来たら整理をして、実家(新潟県柏崎市)の蔵に移すということをしてきました。その中には子どものときからの写真の数々もあれば、卒業証書も武道の段位証明もありました。ここで“ありました”と書いたのは、過去のことというよりも、完全に消えてしまったからです。

それは中越沖地震によって蔵が崩壊したためで、何もかもなくなってしまいました。

大学の卒業証書が本物か偽造かと社会を騒がした自治体の長と同じ大学、同じ学部、同じ学科の卒業証書も見つけることはできませんでした。

私が蔵の中に納めたミニマリズムの結果が、本当に何もなくなるという完璧に消えたミニマリズムになってしまったのですが、そのおかげで記憶の中に留めることができています。

脳のスペースは限られているものの、その気になれば限りなく蓄積することができる、という一つの証明のようなものかもしれません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕