投稿者「JMDS」のアーカイブ

「さかなの日」さかなジャパンプロジェクト推進協議会が、さ(3)とな(7)の日に魚を食べることを提案していることから制定。

「サウナの日」日本サウナ・スパ協会が、サ(3)ウナ(7)の語呂合わせで制定。

「メンチカツの日」味のちぬや(香川県三豊市)が、メンチカツを関西ではミンチカツと呼ぶことからミ(3)ンチ(7)の語呂合わせで制定。

「ななつのしあわせミックスナッツの日」九南サービス(宮崎県都城市)が、7種類のナッツをミックスした、ななつのしあわせミックスナッツの普及を目的にミ(3)ックスナ(7)ッツの語呂合わせで制定。

毎月7日:「生パスタの日」(全国製麺協同組合連合会)、「Doleバナ活動の日」(ドール)

京都を意識し始めたのは中学生の頃です。それまでは祖父母のお土産でしか感じていなかった京都へ連れていってもらえることになってからのことです。

私の母親の実家の寺院の本山は東本願寺で、宗祖700回忌の1961年と親鸞聖人生誕800年の1973年の間の特に大イベントがない年ではありました。

しかし、私が中学1年生の1968年(昭和43年)は「明治100年」の年と重なっていて、学校でも「明治は遠くなりにけり」と盛んに言われていました。

これは俳人・中村草田男の1931年(昭和6年)の句で、「降る雪や明治は遠くなりにけり」の一節です。この句は港区立青南小学校正門内の後者前庭の句碑に記されていて、東京に住むようになってから現物を見に行ったことがあります。創立70周年(昭和52年)の記念として建立されたもので、中村草田男が除幕をしたと聞きました。

昭和の初期は今から比べると、随分と昔のような感じですが、明治と比べると大きな変化があり、「遠くなりにけり」と感じるのも当たり前のような感覚です。

明治時代は江戸時代最後の慶應に続いて1868年から始まりました。それまで京都に置かれていた都が東京に遷都されたわけですが、実際の遷都は明治元年ではなくて明治2年のことです。

東京への遷都は政治体制の移行が最大の理由とされていますが、実際には元治元年(1864年)に京都で起こった禁門の変(蛤門の変)が大きく影響をしていました。

そのことを京都の地で知って、それからは機会があるたびに京都の歴史的な背景と、京都人の“進取の気風”に触れ合うことになました。

その一つが、京都発祥の大手出版社(PHP研究所)でゴーストライターを引き受けて、15年間で150冊を手がけたことで、京都出身の編集者の発想と、取材・執筆を通じて知り合った京都の企業や京都出身の経営者の発想を知ることができました。

千年以上の歴史に裏打ちされた伝統を大切にする心と、進取の気風というキーワードは、私の基盤でもあり、古稀を越えた私の新たな活動の原動力にもなっています。

東京で仕事をする中で知り合った企業は、オムロン、島津製作所、京セラ、任天堂、宝酒造、ワコール、高島屋、大丸などです。

新たに京都からグローバル展開をはかっていくサンマルクホールディングスは、岡山発祥の企業であり、今は岡山に住む身としては、その動向には大きな関心を抱いています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「磨けば光る原石」という言葉が気になって、人材としての原石を考えるようになったのは、PHP研究所の創設者である松下幸之助さんの「ただの石をいくら磨いてもダイヤモンドにならない」という言葉に出会ってからでした。

そのまま読むと、“石を磨いても意味がない”と捉えられてしまうこともあるのですが、この言葉には続きがあります。

「しかし、ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかも磨き方いかん、カットの仕方いかんで、さまざまに燦然とした輝きを放つのである。人間というものは、それぞれに磨けば光る、さまざまな素晴らしい素質をもったダイヤモンドの原石のごときものだと思う」

磨けば光る原石の話をする人の中は、磨くのは本人の努力であると口にする経営者もいますが、松下さんは経営者の責務だと考えていました。

それを示しているのが、「経営に携わる人は、このこと(磨けば光る素晴らしい素質をもったダイヤモンドの原石であること)を正しく認識して、一人ひとりの持ち味を、どう生かすかを考え、実践していくことが大切である」という前に続く言葉です。

松下さんは病弱であったために、自らが先頭に立って仕事を進めることは難しいと考えており、人を信頼して、仕事を任せざるを得なかった、と伝えられています。

それだけに人材育成を重視して、力を注いできました。それは一流企業と評価される前からのことで、将来の発展を踏まえていたからで、自分ができないなら他の人に任せればよいという、ありがちな判断とはまったく違っています。
〔セカンドステージ連盟 小林正人〕

食品や食事についての関心度の低さが子どもの発育に影響を与えて、発達障害児の特性でもある極端な偏食には大きな影響を与えています。
その実態と背景を考えていくテーマとして“フードリテラシー”をあげています。

リテラシー(literacy)は、読み書きの能力を意味する言葉で、発達障害の一つの学習障害の識字障害、書字障害、算数障害のうちの初めの2つに該当するという見方もあります。

しかし、日本では読み書き能力という意味で使われることはあまりなくて、特定の分野に関する知識や理解能力の意味として使われることが多くなっています。

そして、理解するだけでなく、学んで身につけた知識や能力を有効活用する能力について使われることもあります。

リテラシーが低いというと、知識や理解能力が低いことを指すことが多いのですが、その低さの元になっているのは関心度の高さです。

フードリテラシー(food literacy)は食品に含まれる栄養成分の知識という意味で捉えられることも多いものの、食品の栄養だけでなく、栄養成分の消化、吸収についても学ぶべき範囲は広がっています。

その前の食べるという行為や、さらに前の栽培などの生産、食品の選択、調理も重要になってきます。

人間の身体の仕組みと正常に働かせるための知識を、食品や食べることをきっかけにして学んでいくことがフードリテラシーの範囲として期待されています。

食事の適正な摂取については厚生労働省と農林水産省によって食事バランスガイドが示されていますが、これに合わせた食行動を起こすことも重要で、そのための教育も重要です。文部科学省による食育も、フードリテラシーに基づくものであると考えられています。

食育というと、今では学校で学ぶ家庭科の範疇を超えて、すべての教科に渡っていて、それぞれの教科との関わりで考えていくものとなりつつあります。

ということを示すと、フードリテラシーは学校で教えるものであり、親の仕事ではないという考え方をする保護者が出てきます。本来の食に関する知識と能力は家庭で身につけるもので、家庭科などで身につけるものではないはずです。

発達障害に限らず、子どもの発育に関わる知識と能力を身につけられるように導いていくのが地域の方々であり、その役目を担ってほしい児童発達サポーターにもフードリテラシーについて考えてもらいたいという思いがあります。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕

厨房業界の食器の洗浄というと、厨房機器の一つである食器洗浄機が使われます。小規模の厨房ではボックス型の回転式の食器洗浄機が使われます。小型の飲食店では、料理の提供で使われる食器の数は多くても、ボックス型で足りる程度の量です。

これが給食になると大量調理であることから、その後の洗浄も大量にこなすことができるベルトコンベア式の食器洗浄機が使われます。食器も大量洗浄に向くプラスチック食器(メラニン樹脂製など)が使われています。陶磁器とは違って、汚れやすいものがあり、特別なシステム洗浄が必要になります。

というのは、大量に食事をする食器は、多くの人の口元に行くことから細菌感染には最大限の注意が必要となります。給食の対象者が多くなるほど感染症対策は重要になり、中でも対象者が病人である病院給食、高齢者や弱者の福祉給食は衛生対策の重要度が大きく異なります。

そのために使われる洗浄剤は強アルカリ性のものとなり、その扱いは一般的な洗浄(食器洗い)とは大きく異なっています。

アルカリ洗剤は、汚れ落ちも衛生面でも効果があるものの、洗浄後に食器に洗浄剤が残るようだと毒物が料理に入ることにもなります。そして、残った洗浄剤を体内に入れてしまうことにもなります。

そこで食器洗浄は、洗浄からすすぎまで洗浄水などの量と勢い、噴射角度が定められていて、洗剤の濃度、洗浄水の温度が異なると洗えなくなるだけでなく、すすぎも充分に行うことができなくなります。

そのために食器洗浄機への食器のセットの仕方が決まっているのに、それが守られていないために充分に表れていない、すすぎも充分でないということが起こります。

もちろん、食器を傷つけないための配慮も重要になります。プラスチック食器のコーティングが剥がれるようなことになると、そこに汚れが残るようになるだけでなく、プラスチックが徐々に口から入ってくるようなことにもなりかねません。

こういった知識は、食に関わっている間は必要であることから、大量の洗浄だけでなく、小型施設であっても食器洗浄機を使っている店舗なども気になります。洗浄のチェックをして、安全の確保をすることを今、依頼されたとしても、すぐに対応できる状態です。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連について説明しています。その中の骨粗鬆症と食事の関連の「発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係」の続きを紹介します。

〔発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係〕
「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」では、「若年者における予防」、「中高年における予防」として、それぞれ高い骨密度獲得に関する介入、骨折リスクの低減に関する記述を行っています。

また、骨粗鬆症を有していても、骨密度が低下するだけでは重大な支障を来さないものの、一度骨折すると重大な障害を来して、特に大腿骨近位部骨折や椎体骨折をすると死亡のリスクも上昇します。

したがって、骨粗鬆症予防の最終目標は骨折予防であり、骨粗鬆症の重症化予防としては低外力によって生じる脆弱性骨折のリスクの低減が重要となります。

「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版」では、骨粗鬆症の一般的な治療における食事指導の内容として、栄養素全体の摂取のバランスを取ることについて述べた上で、各栄養素に関して記述を行っています。

ここでは、重症化予防の観点では、主に中高年者を対象とした脆弱性骨折リスクと食事要因の関連について述べます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連について説明しています。その中の骨粗鬆症と食事の関連の「発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係」を紹介します。

〔発症予防と重症化予防の基本的考え方と食事の関係〕
骨粗鬆症の発症予防としては、骨量減少にある者と骨粗鬆症および骨量減少のない正常な骨密度を有する者を対象に、若年者に対しては最大骨量の最大化を、閉経期女性に対しては閉経後骨量現象を、男性対しては加齢による骨密度低下を、それぞれ最小化することを目指すことになります。

現時点では、若年者への介入で最大骨量が上昇したとしても、それが高齢期の骨粗鬆症予防につながることを直接的に証明できるほど長期にわたる追跡研究はないものの、若年期の高い骨密度を獲得しておくと、後年になって骨密度の低下があっても、骨粗鬆症の発症や骨折閾値への到達を遅らせることができて、骨粗鬆症の発症予防に資すると考えられます。

日本人女性における年齢別骨密度に関する調査によると、思春期に骨密度は高まり、およそ20歳で最大値に達して、40歳代前半まで、それが持続した後に閉経前頃から低下することが示されており、最大骨量を最大化するための最も効果的な介入時期は少なくとも18歳以前にあるといえます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連について説明しています。その中の骨粗鬆症と食事の関連の「概念と定義」の続きを紹介します。

〔概念と定義〕
「原発性骨粗鬆症の診断基準の2012年度改訂版」では、問診、身体診療、血液・尿検査、骨密度測定、脊椎X線検査等から、低骨量をきたす骨粗鬆症以外の疾患または続発性骨粗鬆症を認めず、骨評価の結果が次に述べる条件を満たす場合、原発性骨粗鬆症と診断することとしています。

まず、脆弱性骨折があり、その部位が大腿骨近位部か椎体であった場合は骨密度に関係なく骨粗鬆症と診断します。

骨折部位がそれ以外の場合は、骨密度が若年成人平均値(young adult mean:YAM)の80%未満であれば、骨粗鬆症と診断します。

脆弱性骨折がない場合は、骨密度がYAMの70%以下または-2.5標準偏差(SD)以下の場合は骨粗鬆症と診断します。

骨密度が-2.5SDより大きく、-1.0SD未満の場合は骨量減少と呼び、-1.0SD以上の場合は正常とします。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕

「ミールタイムの日」ファンデリー(東京都北区)が、ミールタイムを通じて食事の大切さを知ってもらうことを目的にミー(3)ル(6)の語呂合わせで制定。

「ミロの日」ネスレ日本が、麦芽飲料ミロの普及を目的としてミ(3)ロ(6)の語呂合わせで制定。

「スリムの日」ワコールが、3月から薄着のシーズンでスリ(3)ム(6)の語呂合わせで制定。

「ミルクの日のミルクの時間」中央酪農会議が、3月(ミ)6日(ル)午前9時・午後9時(ク)の語呂合わせで制定。

毎月6日:「メロンの日」(全国メロンサミットinほこた開催実行委員会)、「手巻きロールケーキの日」(モンテール)、「手巻きロールの日」(モンテール)

健康や人生観などにまつわる講演のテーマの一つに、「自分が今あるのは親や祖父母、曾祖父母をはじめとした祖先のおかげ」という話があります。ずっと祖先を辿っていくと、「そのうちの1人でもいなかったら、出会わなかったら、自分は生まれていなかった」という事実に行き着きます。

講演の話題としては、それでよいのですが、研究者の立場では、「どれだけの人間が自分が存在するために必要だったのか」ということを考えてみないと気が済まなくなります。

単純計算ではあるものの、最近その祖先の話を聞くことがあって、いけないことかもしれませんが、聞いている途中から計算を始めていました。

自分にとっての1親等は両親で2人います。2親等の祖父母は4人、3親等の曾祖父母は8人というように倍々で増えていきます。

4親等は16人、5親等は32人、6親等は64人、7親等は128人、8親等は256人、9親等は512人、10親等は1024人、11親等は2048人、12親等は4096人と、フェイスブックのお友達の上限近くの人数になります。

13親等は8192人、14親等は1万6384人、15親等は3万2768人、16親等は6万5536人、17親等は13万1072人、18親等は26万2144人、19親等は52万4288人、20親等は104万8576人と、岡山市の人口を超えます。21親等は209万7154人と、岡山県の人口を超えます。

1世代が20年と単純計算をすると21代は420年で、江戸時代の初期になります。そのときの日本人の人口は2500万〜2700万人と推計されるので、まだ余裕(?)があります。

22親等は419万4304人、23親等は833万8608人、24親等は1677万7216人と、今度は東京都の人口を超えます。25親等は3355万4432人、26親等は6710万8864万人、27親等は1億3421万7728人と、とうとう日本の人口を超える数になりました。

「27世代×20年」で計算すると540年前で、1483年というと京都の銀閣寺(慈照寺)が室町幕府第8代将軍の足利義政によって建立された年です。京都人が言う“先の戦”は第二次世界大戦ではなくて、応仁の乱のことだという“あるあるネタ”の応仁の乱(1467年)の後のことです。室町時代の日本の人口は1500万人ほどであったと推計されています。

この時代に今の日本の人口を超える人がいなければ今の自分がいないというになると、どこかで血筋がつながっていることになります。ひょっとすると隣の席で一緒に話を聞いている人も遠い親戚であるかもしれないことになります。

講演で講師が話をする「人のつながりは大切に」ということを、妙に実感を持って感じた場面となりました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕