新型コロナウイルスが鬼であっただけでなく、自分が感染して他の人に感染させる人も鬼、感染対策よりも経済対策を優先させたために感染を広げた人も鬼だったかもしれません。新型コロナウイルスを終息(収束ではなくて)させることができたら、それこそ今回のタイトルどおりの「渡る世間に鬼は外」となるところですが、実際にはテレビドラマのタイトルの「渡る世間は鬼ばかり」と同じ状況になっています。
ロックダウンをすることなく経済活動も大切にしながら感染者増を抑える、旅行のキャンペーンをしながら感染者増を抑えるという方針は、成功すれば拍手喝采だったのですが、いまだに拍手は起こっていません。それどころか変異株は若い人で感染が拡大していて、そういった人たちこそが人流の抑制に協力をしないといけないところであるのに、若者の街の人流が減らない状況は、お金を使う世代の外出自粛に拍車をかけて、ますます経済が回らないのに感染確認者が増える一方です。
自宅療養という、過去には聞いたことがないことを強いられている感染確認者は、これを書いている段階では13万人を超えています。そして、急変したときに病院に運んでくれる救急車が呼んでも来ない、来たとしても病院が受け入れてくれないという状況は、まさに医療崩壊であって、「医療崩壊を防ぐため」と言われても俄かには納得できないことです。
感染拡大によって健康度が大きく低下したのは感染確認者だけでなく、その人たちのために身を犠牲にして働いている人も、外出自粛での運動不足、自宅時間が長いことによる食べ過ぎ・飲み過ぎ、過度のストレス、健診・検診の減少、通院の減少と国民的に健康度は低下しています。そんな時期だけに健康づくりのための活動を始めたかったのですが、大きな社会福祉法人グループは実際の健康づくりや講習などの打ち合わせもできない、大学では最新の注意を図ってはいるものの夏休みで地元に戻った学生が全国から戻ってくることを考えると教職員は自由に移動することもできないという状況になっています。そういったところとの健康づくりの取り組みを考えていた身には、これは厳しいことです。
コロナ禍を生き残って、社会に役立つことをするためには経済活動も必要ですが、多くの人たちに会う営業活動は感染リスクを高めて、自分が感染させる側の“鬼”になって、肝心なときに「鬼は外」と言われかねないという不安もあります。だから、経済も安全もの二兎を追うのではなく、一兎集中しかないという厳しい状態は、コロナ終息まで続きます。