日本糖尿病学会の「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン」の中から運動療法について前回に続いて紹介します。
◎運動療法の実際
冠動脈疾患の予防につながる運動の効果は、主としてエネルギー総消費量と関係があるといわれている。運動の強度は、運動中の酸素摂取量や心拍数ならびに自覚的運動強度(Borg指数)などで表されるが、一般に中等度の運動とは、最大酸素摂取量の40〜60%、あるいは個人の安静時の心拍数から最大心拍数に至るまでの50〜70%程度であるものを指し、自覚的には「ややきつい」と感じる程度である。個人の最大心拍数は段階的運動負荷試験で決定されるべきではあるが、簡易的には“220−年齢”で推定できる。また運動強度50%の時の心拍数は“138−年齢/2”で推定できる。
ただし、糖尿病神経障害を伴う場合や高齢者では、脈拍数を指標に運動強度を決定することは、不正確であったり危険を伴ったりする可能性もある。中等度以上の運動療法を行う際には、運動による望ましくない副作用や循環器系合併症の多くは運動の開始時か終了時に生じるため、運動の前後に各々約5分間の準備運動ならびに整理運動を行ったほうがよい。
近年、レジスタンス運動の有用性が注目されている。レジスタンス運動では、筋肉量や筋力を増加させるとともにインスリン抵抗性を改善し、血糖コントロールを改善する。一般的には週に2〜3日、主要な筋肉群を含んだ8〜10種類のレジスタンス運動を10〜15回繰り返す(1セット)により開始し、徐々に強度やセット数を増加させていくことが推奨されている。有酸素運動単独、レジスタンス運動単独と、それらの組み合わせを比較した検討では、HbA1c低下に相加的な効果を認めたとの報告とともに、併用によりHbA1c低下において有効性が高まることも示された。
レジスタンス運動の有効性が、有酸素運動に劣らないことが示され、有酸素運動の持続が困難な患者での選択肢となる可能性がある。しかし、高強度のレジスタンス運動は、虚血性心疾患などの合併症患者では不適切であり、高齢者においても有効性を示すエビデンスはあるものの、実際に行うことは困難であることから、レジスタンス運動における最低限必要な強度と量が明らかにされる必要がある。
運動療法の進め方は、個人の基礎体力、年齢、体重、健康状態などにより異なるが、最初は歩行時間を増やすなど無理のない程度に身体活動量を増加させることより始め、段階的に運動量を増加させていく。さらに、患者の嗜好にあった運動を取り入れるなど、安全かつ運動の楽しさを実感できるように工夫することにより、運動療法の継続が期待される。歩数計の利用は、糖尿病患者でも身体活動を増やす有効な手段となる可能性がある。運動は実生活のなかで実施可能な時間であればいつ行ってもよいが、食後1〜2時間頃に行うと食後の高血糖が改善する。運動療法の目標として一般的には、運動強度が中等度で持続時間が20〜60分程度の有酸素運動が勧められる。
また、糖尿病患者での糖代謝の改善は運動後12〜72時間持続することから、少なくとも週3〜5日間の運動が必要である。たとえば、体重60kgの人では1日に50分程度のウォーキング(速歩)または20分程度のジョギングを週5日行った場合、運動による消費エネルギーは1週間に約1000kcal程度となる。2年間観察を行った研究では、運動強度(METs)と運動時間(時)の積で表される身体活動量の単位「エクササイズ」(METs・時)が週あたり10を超えたエネルギー消費の運動増加を持続することで冠動脈疾患リスクが改善し、20を行えばその他のリスクを含めて有用な運動効果が得られたとしている。有酸素運動に関しては、運動を分割したほうが糖代謝を改善したとの報告もあり、持続的運動である必要は必ずしもないと考えられる。また、連続グルコース・モニタリング(continuous glucose monitoring:CGM)による解析では、単回の運動後24時間において、高強度の運動より低強度の運動において、血糖値の低下が見られたとの報告もある。