学びの伴歩について書き進めていく前に、実際の伴歩(ばんぽ)について触れておくことにします。
視覚障害があるランナーの横を一緒に走るのは伴走で、進行方向や路面状況を伝え、距離や安全情報を伝える、障害物を避けるというように伴走者はランナーの目になって周囲を説明しています。
伴走者が役割を果たすことによって安心して走ることができるわけですが、伴走が横を走り、伴走ロープによって誘導するには、それなりの走る能力と経験が必要です。優秀なランナーなら、誰もが優れた伴走者になれるわけではありません。
それに比べると、ウォーキングの伴歩は楽なように思われがちですが、視覚障害がある人をリードして歩くことには、かなりの歩く知識と経験が期待されます。
それがウォーキングのイベントにように多くの人が同じ道を歩いている、それも自由に歩いているとなると、視覚障害がある人が歩いていることも気づかれないということは普通に起こります。
これは視覚障害だけでなく、その他の身体の障害、場合によっては発達障害の特性だけでも通常の歩行が、それこそ障害となることがあります。
マラソンなどのように走るルールが確立されていれば、身体の障害があっても走ることに“障害”を感じることなく参加することはできます。
ところが、歩くことでは他の歩いている人の障害に気づかないことが、その方の“障害”になっていることがわからないことが多いだけに、歩くという普通に思われることも障害を強めることになってしまいます。
このことについては、徐々に触れていくことにしますが、歩くことも学ぶことも“当たり前”と感じていることが実は当たり前ではなくて、困難さを抱えていることは、実際に伴歩をしてみないと気づきにくいことかもしれません。
〔セカンドステージ連盟 理事長:小林正人〕