初めて赤ワインを口にしたのは、小学生の頃に、母親の実家の寺院で、祖母が飲んでいた赤い甘いワイン(今にして思い出すと壽屋の赤玉ポートワイン)を味見したことかもしれません。赤ワインと健康との関わりについては日々修行153で書かせてもらいました。
壽屋は現在のサントリーの前身の会社ですが、私が子どもの頃に育った新潟県の山奥(当時の牧村)から都市部(高田市)に向かう途中にあったブドウ園で壽屋のワインが作られていたことから、このへんの経緯は知っていました。
さまざまな仕事を経験する中で、ワインを飲む機会はあったものの、アルコール度数が日本酒と大きくは変わらないので、同じくらいのペースで飲めば乱れることはないだろう程度の認識でした。
赤ワインと白ワイン、ロゼワインの製造法と内容成分については知っていましたが、これも今の時代であれば手のひら(スマホ)で簡単に検索できるような知識でした。それを知るための読んだ書籍は5冊ほどです。
また、肉料理には赤ワイン、魚料理には白ワインが合うということで料理との相性を滔々と述べる人もいましたが、フランスでは魚は食べないのか、ドイツでは肉を食べないのかといった素朴な疑問をぶつけたりもしていました。そんなことはないことは承知していたのですが。
まだ20代前半のときにフランスに行く仕事が舞い込んできました。これは厨房や臨床栄養の仕事でもテレビ関係の仕事でもなくて、霞が関の役人と政治家に付き合わされた形です。
当時はボジョレー・ヌーボー(新酒ワイン)が日本で紹介され始めた頃で、ちょうど訪問するのは蔵出しの時期ということで、フランスでボジョレー地区のワインを飲むことになったときには、仕方がないなという感覚でした。
ところが、ボジョレーのワインとして紹介されたのは、ボジョレー・ヌーボーとは別物でした。ボジョレー地区はフランスの中東部のブルゴーニュ地方の南側で、濃い赤色が特徴のボルドーと遠くは離れていない地域で、似たような濃厚のワインが出てきました。
これはボジョレーワインとして日本に紹介されるべきで、ボジョレー・ヌーボーと勘違いされてはいけないので別の読み方をしたほうがよいのでは、という話をさせてもらいました。それが受け入れられたわけではないのでしょうが、今では「ボージョレ・ヌーボー」と呼ばれるようになっています。
ボージョレ・ヌーボーで盛り上がっているのは日本とアメリカくらいと言われていますが、そのことを評してフランス人に言われたことがあります。それは「ワインの味がわからない日本人はボジョレー・ヌーボーでも飲んでいればいい」ということでした。
これは言い過ぎかとも思いますが、確かに抜栓して時間を経過させて、適度に酸化が進んでから提供しているのに、グラスに注がれてからグルグル回す人がいたり、ボジョレー・ヌーボーなのに同じことをしている人を見ると、そう言いたくなる気持ちがわからないでもありません。
ちなみに私は、ボジョレー・ヌーボーは2回しか飲んだことがありません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕