アルコール飲料の提供を専門としている人は、いわゆる“酒に強い”というイメージがありましたが、「酒に強くてはいけない」と言われる方と出会ったときは驚きの感覚がありました。
その言葉をいただいたのは、パレスホテル(東京・丸の内)の「ロイヤルバー」の初代チーフバーテンダーの今井清先生です。今井先生の異名は「ミスター・マティーニ」で、マティーニを作らせたら世界でも右に出る者はいないとまで言われた超有名人です。
マティーニはドライ・ジンにドライ・ベルモットを4:1の割合で合わせて、あとはステア(材料と氷をミキシンググラスに入れて手早くかき混ぜる)してオリーブを添えるだけのシンプルな作り方だけに、「カクテルはマティーニに始まりマティーニに終わる」と言われます。
初めての客に最初にマティーニを注文されたら、「試験をされているに違いない」と思って覚悟して作らなければならない、とも言われています。
マティーニはジンベースのカクテルの代表で、カクテルの王様とも呼ばれています。その王様を扱うミスター・マティーニと呼ばれるようになったのは、バーテンダー世界大会のマティーニ部門の優勝者ということだけではありません。
冷蔵技術が普及していない戦後の時期に、常温に置かれたジンを冷やしてからマティーニを作った最初の人で、ジンそのものの味を残した冷たいマティーニを飲むことができるようにしたパイオニアです。
また、マティーニを最もおいしく味わえる形状のグラスを独自に開発したことでも知られています。
ジンを冷やしておくことによって、ステアのときに氷が溶けて味が薄まることを極限まで減らすことができるわけですが、それだけでなく、さまざまな逆転の発想をされた方であり、それは私のような素人でもカクテルを通して学ぶことだらけの師匠でした。
もう一つ特筆したいのは、アルコール飲料全般との付き合いについてで、お酒に関わる仕事をする人は、いわゆる“酒に強い”のが当然と考えられるところがあります。中でもカクテルは、あらゆるアルコールの特徴を知っておく必要があるため、“飲める人”でないと務まらないとされてきました。
私のワインの師匠の桑山為男先生については前回(日々修行161)紹介しましたが、ソムリエは五感が重要で、「胃の流れまで感じ取る」と言われるほど“飲める人”がほとんどで、桑山先生も同じでした。
ところが、今井先生はアルコールに弱い“飲めない人”でした。バーテンダーが酒に強いと、だんだんと辛口を好むようになり、カクテルのテイスティングも変化していくと教えられました。
“飲める人”ではいけないということではなくて、味覚が変わるほど飲んではいけない、という教えと勝手に解釈をして、その教えを今でも守っているつもりです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕