町おこし、地域おこしは、私の場合は岡山に移住するきっかけの一つにはなっていたのですが、一般に言われる地域おこしとは一風違った活動を東京・虎ノ門で経験しました。
私が51歳まで住んでいたところの住所は港区虎ノ門で、最寄駅は東京メトロ日比谷線の神谷町駅でした。虎ノ門の北側は霞が関と面していて、霞が関にある厚生労働省までは私の住まいから歩いて12分という近さでした。
虎ノ門の南側は、今では麻布台ヒルズもあって、神谷町駅から地下道でつながっています。神谷町駅から北上すると突き当たりはホテルオークラで、私のワインの師匠(日々修行161)の仕事場のレストランも近い距離でした。
虎ノ門地域は霞が関のお役所も近く、森ビルも林立していて、外資系の会社も多く、夕方は“飲める店”は大盛況でした。ところが、混雑しているのは、いわゆる初めの飲み会の時間だけで、次に行く店が少ないことから急に閑散とするという地域でした。
ここに“二次会”の居場所を作ろうというプロジェクトが立ち上がり、そのコーディネーター役が知人の出版社の代表であったので(その出版社の事務所の上の階が私の事務所という関係)、私の人脈も加わっての活動となりました。
ホテルオークラの関係もあって、そのレストランの料理も楽しめるようにしました。当時は虎ノ門パストラル(東京農林年金会館)があって(現在は東京ワールドゲート・虎ノ門トラストタワー)、全国の食材が楽しめるレストランもあって(パストラルは田園の意味)、この食材も使わせてもらいました。
虎ノ門パストラルのレストランは、当時は週の半分はランチに通っているほどの近さで、知人が東京農林年金会館を運営していた農林年金(農業漁業団体職員共済会)の理事長でした。
その方は、私が子どものときに住んでいた新潟県の山村の隣の家のお兄ちゃんで、全国農業協同組合中央会の広報部長も務めていたので、農業の表も裏も学ばせてもらいました。
また、ランチ営業は夜の集客につながるということで、ホテルのレストランで仕込んだカレーを運んで、通常のランチの価格でホテルのカレーが食べられるということで、案の定の人気となりました。
二次会の居場所は成功して、虎ノ門ヒルズの再開発で立ち退きをするまで続きました。
私は近くに住んでいたこともあって、店に私の知人(お役人、メディア、酒造会社など)が来店すると呼び出されるということがあって、行けば飲まされるということで休肝日を作れない日々が続いていました。
このときの経験は、地域おこしで役立ったのか、それともアルコール飲料と健康的に付き合う方法を身につけることになったのか、その答えは次回(日々修行165)に続きます。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕