日々修行33 3つの活動を並行その2

自分のことを振り返ると、3つどころか4つも5つも同時進行させるのは当たり前のことでした。次から次へと案件が持ち込まれるのは、一つの重要なことができていないからだと言われることがあり、断れない性格だから仕方がないと言われたこともありました。

私が同時進行をさせていたのは、今の私を見て「一つの仕事で稼げないからだ」と見る人もいますが、東京で動いていたときは一つの仕事で充分な収益が得られていました。その始まりの年は1995年のことで、40歳になったときのことです。

1995年は阪神・淡路大震災が発生した年であり、野茂英雄がMLB(メジャーリーグベースボール)に挑戦した年であり、地下鉄サリン事件、海の日の制定、NHKの「ためしてガッテン」が始まった年でした。そして、Windows95が登場した年です。

ただ年表からあげているのではなくて、この年にはもっと多くのことがあり、今につながることの始まりの記録と記憶に残る年です。その中から5つの出来事をあげたのは、このすべてに関わっていたからです。

この5つについては、徐々に説明させてもらいますが、その前に「日々修行」のタイトルと関わる個人的なことから書かせてもらいます。

個人的なことの初めは健康科学情報センターを設立したことです。

それ以前は臨床栄養の民間の研究所のメンバーとなり、健康関連の情報を得ながら、メンバーやメンバーの所属機関・団体などを通じて情報発信をしていました。

健康科学情報センターは任意団体でしたが、栄養学、薬学、食品科学、運動科学などの専門家が参加していて、そこに健康関連のジャーナリスト(新聞、雑誌、テレビなど)が集っていました。研究者と情報の手段を持っている人が交流する場として、健康ブームの中、かなり重宝されていました。

1995年は、私が1981年から始めた大手出版社のゴーストライターとしての最後の書籍(150冊目)を書き上げた年であり、それ以外の複数の出版社の書籍のゴーストライターに移っていくタイミングでした(公式には34冊を執筆)。

それ以外に、自らの名前(個人名)で出した書籍はないものの、グループ名では複数の書籍を出しています。その初めの『安全な食べもの事典』が発行された年であり、そのきっかけは1993年の“平成の米騒動”を受けて、食品の中身が大きく変わったタイミングです。

また、1995年はWindows95の登場を受けて、パソコンの認識と使い方が大きく変わった年であり、インターネット総合研究所の設立の前年でありことから、日本のインターネットのスタートの年ともされています。

インターネット総合研究所は親戚の者が代表で、1999年に始まった東証マザーズでは上場第1号の企業でした。そのため、自分にとっては遠い存在であったパソコンとインターネットが急に身近なものになり、新たな修行に取り組まないと何が話されているかもわからないという恐ろしい時代の始まりでもありました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕