臨床栄養の師匠の山本辰芳先生から学ばせてもらった「文化性のない食事はエサである」というフレーズの意味合いの前半は前回(日々修行53)書きましたが、その続き(後半)を書いていきます。
山本先生が国立病院医療センター(後の国立国際医療研究センター)の栄養管理室長から転身して、病院栄養管理のHDS研究所を設立されたときに、私は主任研究員として加わり、本人からだけでなく、研究所を訪れる多くの方からも「文化性のない食事はエサ」について伺うことが増えていきました。
付き合いが長くなり、考えていることがわかってくるうちに、食文化とは距離がある(距離が遠い、無縁という感覚も)病院給食では、“文化性”というキーワードを心の内に持って取り組まないと、患者の心理面にダメージを与えるような食事にもなりかねないということが理解できるようになりました。
具体的なことは、これから徐々に出していきたいと思いますが、入院患者が治療として食べる食事は、心身ともに好結果に導いていくために提供されているもので、肉体によい食事であっても、それが精神的に負担をかける食事であるということではいけないはずです。
むしろ食事をすることで肉体面でも精神面でも、よい結果となるものであることが理想であり、その理想に近づくために食事内容だけでなく、食べる環境などにも気を配ることは当然のことです。
食事の時間になったら、ほぼ一斉に目の前に出されて、同じように食べて、同じように片付けられるという状態は、「まるで学校給食のようだ」と表現されることもあります。それは、まだ程度がよい表現で、「食べているのは自分と同じ人間だということを忘れているのではないか」と言われることもあります。
これこそがエサを与えられている状態で、食事の内容や体調などによって充分に食べられないことがあったときに、「ちゃんと食べないと治りませんよ」というような声がかけられるようでは、せっかくの食事がエサに感じられるようなことも起こりえます。
病院給食の内容を、いくら料理屋に近づけても、単一メニューではなく選択できるようにしても、サービス係(とは病院給食を患者のところに運ぶ人は思っていないことも多いようですが)の態度によって食事の味わいや満足度、また消化や吸収にも影響があることを訴えるために、「文化性のない食事はエサである」という標語を、あえて掲げているということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕