栓抜きは栓を抜いていない

旅先で、ご当地の瓶ビールを販売していましたが、瓶(ビン)ビールは一部のものを除くと指では開けられません。新幹線の駅で「栓抜きもついています」と表示して瓶ビールを販売していたので、思わず買ってしまいましたが、よくよく考えると“栓抜き”というのは正しくない呼び名です。栓というのは詰めて使うもので、飲み物でいえばワインのコルク栓が栓です。だから、コルク栓を抜くためにコルクスクリューという回しながら栓に入れて、引く抜くものが使われます。瓶ビールの口の部分に被せてあるのは栓ではなくて“蓋”(ふた)です。飲料業界では“王冠”と呼ばれます。
王冠は英語ではcapやcrownと表示されます。王冠はずしというのが正しいようです。栓抜きは英語ではbottle openerとも呼ばれるので、王冠はずしのほうもbottle openerでよいかもしれません。
明治初期のビールはコルク栓が使われていて、発泡の圧力に耐えて栓が抜けないように、瓶とコルクとが針金で固定されて販売されていました。シャンパンやスパークリングワインでコルク栓を固定するのと同じ方法です。瓶ビールを開けるのに使われてきたのが栓抜きだったので、これがコルクから王冠に変わったときにも「栓抜き」という言葉が使われたということです。瓶ビールを開けるのは栓抜きでもよいとしても、瓶ビール以外の王冠はずしで栓抜きという言葉を使うのは、どうかというのは、これからの議論です。
もう一つ気になる言葉は、これは食品の名称ですが、納豆と豆腐です。日本メディカルダイエット支援機構の理事長は、全国納豆協同組合連合会の納豆の広報戦略に加わったときにメディアと流通向けのリリース原稿を作成して、テレビや雑誌で納豆を取り上げるときのプランも作ってきました。そして、納豆の日(7月10日)のイベントでは納豆の健康効果の講演もしました。この広報が成功して納豆ブームが起こったことから、日本豆腐協会からも同様の展開が求められて、豆腐の日(10月2日)に合わせて、これらも担当しました。両方を手がけたことで、メディアから同じような質問が来ました。それは「納豆と豆腐は名前が入れ替わっていないか」ということでした。
これには即座に返答ができました。というのは、数年前に娘さんから、同じことを聞かれて、調べていたからです。「納豆は豆が腐っているみたいに見えるし、豆腐は豆が収まっているので、本来なら納豆が豆腐という文字で、豆腐が納豆という文字であったのではないか」ということです。中国から日本に伝わるときに入れ替わったのではないか、という疑問です。
これに対する返答ですが、「腐」という文字は中国では、元々は腐るという意味ではありません。軟らかく固まったものを指すもので、牛乳が軟らかく固まったように見えるヨーグルトは乳腐と書かれます。豆腐は豆が固まったものという意味になるので、豆腐の姿形を正しく示していることになります。そもそも中国の豆腐は、日本の豆腐のように水分が多くて軟らかいものとは違って、水分が少なくて硬いものです。煮る、炒めるといった料理をする材料で、日本の冷奴という食べ方はしていません。
納豆の文字ですが、これは奈良時代に寺院で作られたときに、出納事務を行う納所で、桶に豆を納めて発酵させたことから名付けられたという説が有力です。中国では納豆は鼓(し)と呼ばれ、これが日本に伝わって来たときには鼓(くき)と呼ばれています。今の日本の納豆とは違って、乾燥した納豆で、寺納豆や浜納豆と呼ばれる糸を引かない塩味が強い乾燥納豆を指しています。
ここまで知ると、文字が入れ替わったというのは俗説、間違いということが言えます。