業苦楽11 前と同じように書けなくなる苦

出版に関わる仕事というと周囲で多かったのは編集者で、作家の先生の書いた原稿を書籍にするという役割ですが、私の場合は書籍ではゴーストライター歴が184冊ということで、作家の先生のように創作の苦しみを味わうことはありませんでした。

しかし、創作の苦しみと闘う先生の横について、実力どおりの作品とすることを通じて、苦しみを共有して、その苦しみを自分のことのように感じることだけはありました。

一緒の作家団体の役員をされていた先生が高血圧であるのは知っていて、顔を合わせるたびに仕事を続けながら血圧を安定させる方法について話をさせてもらっていました。

それが通じないほど血圧が上昇して、高血圧症と診断され、降圧剤も出されていたのですが、急に“筆が遅くなった”と聞きました。遅筆ということがない、むしろ速筆の先生だったので、ご自宅を訪ねました。

そのときに知ったのは、収縮期血圧が190mmHgを超えてⅢ度高血圧という最高レベルになっていたのに、降圧剤を飲んでいないということでした。血圧が下がると集中して書けなくなるということで、そのときは書く前には飲まないということでしたが、後になって仕事があるときは飲まなくなったということを聞きました。

ずっと書き続けてきた人が思ったように書けなくなることは苦であって、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の教えの「自業苦」(じごく)と同じことだと感じました。この自業苦を越えた先の「業苦楽」(ごくらく)を期待して、降圧剤を飲まない分だけ、生活改善として食事、休養、運動をすすめました。

それも簡単にできて、続けられる方法を伝えたつもりでしたが、改めることができなくて、結局は脳梗塞になって書けない状態になりました。書くことはできないものの、そのほかの脳の機能は残されていたために、書けないことの自業苦は、それから5年も続きました。

そうなったときに私たちができたことは、読者に知られないようにして過去の作品を文庫にして、亡くなられてからも印税が残された家族に入るようにすることだけでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕