お題の「果報は練って待て」は「果報は寝て待て」の間違い(打ち間違い、変換ミス)ではなくて、ただ待っているだけでは幸運が飛び込んでくる確率は低いので、別の方法があるのではないかという気持ちがあって、わざわざ使っています。
果報は、前世の数々の所為が原因となって吉凶禍福の報いを受けることです。吉凶禍福ということは良いこともあれば悪いこともあるということですが、一般には良い報いの意味で使われています。
「果報は寝て待て」は、本当に良い結果は自分の力で招き寄せるものではないから、向こうからやってくるのを焦らずに待っていればよい、という意味となります。
ラッキーなことが訪れるのを待っていれば、必ず良いことが起こるわけではないのはわかっていても、焦って余計なことをして、かえって悪結果になりかねないことから、とりあえずは何もしないという人も多いかと思います。
このコラムのテーマの「業苦楽」は、浄土真宗の宗祖の親鸞聖人の教えの自業苦(じごく)と対比される業苦楽(ごくらく)を意味しています。
自らの業(やってきたこと)によって苦しんでいる人は寝て待つだけでは以前と同じことになりかねないだけに、これまでやってきたことを見直すことです。
そして、不足していることがわかったら、新たに補うだけでなく、これまでのことと組み合わせて練っていくことによって業による苦を楽にしていくことができる、それこそが「果報は練って待て」ということです。
同じ時間を経ても、ただ待つだけの人と、待っている期間に練っていく工夫と努力を重ねた人では結果が違います。見た目の結果は同じように見えても、再び困難に遭遇したときの耐えられる力、我慢できる力、改善できる力は違ってきます。
何もできないような、待つしかない時間が与えられたら、練っていくチャンスが訪れたと考えて、無理をしない程度に工夫と努力を重ねていく機会にしていきたいものです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕