欺瞞錯誤9 ネット情報の斟酌

ネット情報は、執筆者や監修者、分析者の氏名が表示されていれば、それなりの信頼性があることになりますが、誰が書いたのか、誰の考えなのかということを知ることができないのが普通のことです。

ホームページの運営者の氏名が表示されていると、その人が書いていると思われがちですが、これも誰が書いたのかわからないというのが往々にしてあることです。

ネット上に公開されている文章を、そのまま写し取るようなことは、まとめサイトがよくない手口の見本のように報道されたこともあって、さすがに見られなくなりました。しかし、公開されている文章をアレンジしたり、複数の文章から抜き出して書く、複数の文章を組み合わせて書くということは今も続いています。

主張をする内容の文書は、誰が書いたのか、個人名はなくても会社や団体が文章の責任を取るということでないと、端から(最初から)信じるわけにはいかなくなります。

ネットニュースは、すでに公表されているニュースの中から、特徴的なニュースや話題となるニュースをピックアップして掲載する特徴があり、これはテレビのニュース番組と同じように全体を網羅して、公正に報じていると考えられがちです。

記名ニュースが選ばれるのが一般的なことですが、どんな基準で選ばれているのか、誰が選んでいるのか、何を目的としているのかによって、ネット情報の信憑性が大きく違ってくることになります。

誤った情報を流しているわけでなくても、そこに斟酌(しんしゃく)があると、極めて偏った情報になりかねません。気を遣って内容や伝え方を変えることは斟酌ですが、これを忖度(そんたく)と混同して使われることがあります。

ある大手のネットニュースでは、商品の販売につながるニュースが優先されることがあり、ニュースでムードを作っておいて、その商品の情報が出てくるという流れがあります。露骨な表現ではなくても、ムードが作られてしまうと、自分で選んでいるつもりでも、実は選ばされているということにもなってしまうのです。
〔小林正人〕