毛髪の科学35 生まれつきの毛髪と諦めることはない

生まれつき毛髪の量が少なく、縮れ毛である先天性乏毛症・縮毛症という疾患があります。薄毛は個性であり、縮毛も個性とみることができますが、先天性乏毛症・縮毛症は疾患であるので、本来なら治療の対象になるものです。

しかし、先天性乏毛症・縮毛症は治療の対象とはされず、対症療法の一環として、かつらの使用がすすめられるか、個性として受け入れるしかないという程度でした。

先天性乏毛症・縮毛症の国内の患者数は約1万人と推定されています。これだけの患者が存在するにも関わらず、治療法が確立されていないのは発症機構が明らかでないことから、治療法も確立されていなかったからです。

その治療法に取り組んできたのが名古屋大学医学部附属病院と同病院の医学系研究科、藤田医科大学皮膚科学講座の研究グループで、2016年からの継続した研究の結果、有効性と安全性が評価された治療薬を発見しました。

その治療薬はAGA治療薬でもあるミノキシジルで、LIPH遺伝子変異による先天性乏毛症・縮毛症に効果があると報告されました。AGAは男性型脱毛症で成人男性によくみられる髪が薄くなる状態を指しています。

LIPHはリパーゼHと呼ばれるホスファチジン酸という脂質を分解して、毛髪の成長や毛包の分化に必要なリゾホスファチジン酸を作り出すために必要な酵素です。

研究によってLIPHの遺伝子の変異が主な原因であることが明らかになりました。人間は一般的に一つのタンパクを作る遺伝子を両親から受け継いで1ペア(二つ)持っていますが、その両方の遺伝子が変異を持つ場合に病気を発症する遺伝形式があり、LIPH遺伝子は、これに該当している常染色体劣性遺伝となっています。日本人は約100人に2人の割合でLIPH遺伝子の変異を持っているため、決して稀ではない遺伝子変異となっています。

ただし、LIPH遺伝子の変異は両親から受け継いだ1ペアの遺伝子のうち変異を有する遺伝子を一つは持っているものの、もう一つの遺伝子に変異がないもので、そのために先天性欠乏毛症・縮毛症は発症していない保因者となっています。先天性乏毛症・縮毛症は1万2000人に1人の割合であるので、これについては稀な遺伝子変異ということができるかと思います。

研究成果ですが、LIPH遺伝子変異による先天性乏毛症・縮毛症の患者を対象に、1%ミノキシジルローションを外用した特定臨床研究によって、有効性と安全性が評価されました。

対象となったのは4歳から38歳の小児5例を含む8例で、1日2回、頭皮に塗ってもらった結果、200日から400日の治療日数で8例全員に毛量の変化で毛髪の改善効果があり、そのうち4例は高い効果がみられました。

ミノキシジルは血管拡張薬として高血圧治療のために開発された経口薬ですが、後に発毛効果があるとして発毛剤に転用されました。ミノキシジルには壮年性脱毛症における発毛と脱毛の進行予防の効果が認められています。

壮年性脱毛症は男性型脱毛症やAGA(Androgenetic Alopecia)とも呼ばれます。ヘアサイクルの初期成長期には男性ホルモンが作用すると後期成長期毛と呼ばれる太い毛髪に成長しなくなり、後退期から休止期になることから毛髪が薄くなる症状を指しています。

ミノキシジルの有効性のメカニズムについては詳細なことは明らかにはされていないものの、毛包に直接作用して毛乳頭細胞から作られる毛母細胞を刺激する物質の産生を促進する働きや、毛乳頭細胞を増殖させる働きがあり、正常なヘアサイクルに戻すことが確認されています。これに血管を拡張して血流を促進させる効果も合わさって発毛を促進していきます。

ミノキシジルの外用は、安全性の確認については小児を対象とした大規模な臨床試験が実施されていないため、小児への使用は承認されていません。共同研究では安全性を確保した試験を続けたところ、副作用(頭皮の乾燥、多毛、逆まつげなどの)は認められたものの、重篤な副作用は認められませんでした。

小児にも有効性が認められたことで、早期の治療が期待される先天性乏毛症・縮毛症への道が開かれた研究報告となりました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕