発達障害サポーター44 現代の寺子屋の重要性

子どもたちの第三の居場所について討議されることが増えています。第一の居場所の家庭、第二の居場所の学校や幼稚園・保育園、それ以外の場所として学習塾や放課後児童クラブ、放課後等デイサービスがあり、家庭や学校などとは違った環境に子どもたちが集って学ぶ場が強く求められるようになっています。
そのような場を設けることは、何も今に始まったことではなくて、昔から存在していました。江戸時代の寺子屋や手習所にまで遡ることはなくて、昭和の時代にはお寺が第三の居場所となっているのは当たり前の感覚でした。私は、小学校に入学する前の2年間は母の実家のお寺に預けられていました。
生まれたのはお寺ではあったものの、4歳になって戻ってくるまでは父の仕事の関係で山奥の地域にいたので、余所者(よそもの)ではないとしても新参者ではありました。しかし、お寺の孫という立場で、お寺は地域のコミュニティの場だったので、疎外感がなかったとは言わないものの、受け入れてもらえないようなことはありませんでした。
別に学習を教える場ではなかったものの、漁師町で豊かとはいえない地域だったので、子どもたちの甘いものへの欲求を満たす場所としては、お寺は絶好の場でした。目的は饅頭やお茶菓子であったとしても、私と遊びに来たという体裁ではあっても、遊んだあとのおやつが楽しみでした。おやつまでの時間つぶしが、本を読むことであったり、体を動かす遊びであったりして、それがお寺をコミュニティの場としていました。
昔の子どもには家でも地域でも仕事がありました。お寺の行事にも檀家の子どもたちが集まって来て、親の手伝い、お寺の手伝いをしていました。そのこともあって、お寺は敷居が低い存在で、よい遊び場、よい学びの場にもなっていました。
そんな地域コミュニティの場所が、今、発達障害児のためだけでなく、多くの子どもに必要だと認識しています。
(日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人)