脳トレ5:脳が刺激される文字変換ミス

今にしてみれば大昔の話になりそうですが、印刷するには金属製のハンコを一つずつ選んで、これを並べることで、まさに一文字ずつ拾って埋め込むという方法が使われていました。そんな時代の出版物の文字校正は、文字の特性を知っておくことが重要で、どれくらい文字の違いを知っているかが編集者や校正者の能力の一つの基準ともなっていました。

どれくらい前の話かというと、ワードプロセッサー(ワープロ)が登場したのが1978年で、そのときから印刷の現場でも文字拾いから打ち込みに変わりました。それによって校正に求められる能力も変わりました。

職工さんが原稿を見て、一文字ずつ文字を選んでいたときには同じような漢字の間違いが多くありました。「読」と「語」のようなものですが、漢字の造りを知っておかないと読み飛ばしてしまうので、校正をするときには文章として読むのと同時に、一文字ずつ読んでいくことも求められていました。

それがワープロの時代になると、打ち込まれた原稿が、そのまま変換されるので以前のような細かな注意は必要なくなりました。ここで脳の使い方が変わり、原稿と印刷されたものを1センテンスずつ見比べる必要がなくなりました。

校正で気を入れてチェックしなければならないのは、まずは変換ミスです。一番ひどいのは実際に新聞に掲載されてしまった「御食事券」でしょう。これは「おしょくじけん」と打ち込んで変換したわけですが、実際に変換されてほしかったのは「汚職事件」です。汚職の見返りとして御食事券をもらったのか、と突っ込まれそうな変換ミスでした。

文字変換は一般的なものが初めに出てくるものですが、文字変換ソフトは多く変換される言葉が先に出るようになっていきます。新刊について多く書いている人が、「新幹線」と打ち込んだのに、新刊を選ぶという意味の「新刊選」が先に出てきたということもあります。

「書く仕事」が「隠し事」になったというユーモア小説の作家先生にメールで「ミステリー小説か」と送ったつもりが、「ミステリー小説家」と決めつけるのかと叱られたという編集者の飲み会談話もあります。

銭湯、戦闘、先頭、尖塔……と思ったとおりに変換されたのを確認しないと、意味がまったく違うことにもなるので、変換するときには脳をうまく回転させなければなりません。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕