噛むという習慣が健康によいことは昔から知られていました。江戸時代の儒学者である貝原益軒は『日本歳時記』で、「人は歯をもって命とする故に、歯といふ文字をよわい(齢)ともよむ也」と書いています。これは、齢という文字に歯が入っているのは人が健康を保って命をつなぐために噛むことが大事である、ということを示しているわけです。
現代人は早食いだ、とよく言われます。過去の食事に比べて食物繊維が多く含まれる野菜などを食べる機会が減って噛むのに時間がかからなくなった一方で、肉類や脂肪の摂取量が増えて消化に時間がかかるようになりました。
消化力が弱い日本人にとっては、胃液を補う消化液である唾液の分泌は重要で、唾液を多く分泌させる咀嚼は年齢を重ねても消化力を低下させないために大切なことです。
ところが、日本人は仕事や学業、遊び、休憩などに少しでも時間を割こうとして、咀嚼にかける時間をおろそかにしがちです。咀嚼は前歯の切歯と犬歯で粗噛みしたものを奥の臼歯で細かく噛み砕き、磨り潰していくことを指しています。
食べ物が口の中に入ってきたときには、まず粗噛みを7~8回して、それから10回以上は噛むのが通常の咀嚼の状態で、咀嚼をしてから飲み込むことによって消化も進みやすくなります。
2歳児は誰に教わることもなしに一口につき平均17回は噛んでいるといいます。軟らかなものを食べている子どもでさえ17回なので、硬いものを食べている大人なら30回以上は当たり前のように噛まなければならないはずです。しかし、実際には多くても7~8回でしかなくて、軟らかなファストフードやハンバーグ、カレーライスなどでは4~5回くらいと粗噛みの段階で飲み込んでいる人も多くいます。
このような食べ方では胃液の少なさを唾液で補うことができずに、食品に含まれる栄養素が分解されにくくなるために吸収も悪くなりかねません。よく噛んだ場合に比べると10%ほども栄養吸収率が低下するとの報告もあります。
噛む回数の推移については、さまざまな報告がありますが、弥生時代の日本人は1回の食事で約4000回は噛んでいたといいます。鎌倉時代には約2500回、江戸時代には約2000回になり、第二次世界大戦前には約1400回、食べるものが大きく変化した戦後には600回くらいになり、今では300回を下回る人も少なくないのです。
〔健康ジャーナリスト/日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕