苦しかった時代のことは思い出したくないという人も多いのですが、なぜか思い出したくないことを思い出し、思い出したいことが思い出せないということがあります。これも年齢を重ねてきて、いろいろと体験しすぎたことや、脳の機能の低下が関係しているのかもしれません。
私の親の世代に聞くと、思い出したくない言葉というかキャッチフレーズとして「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」があげられることが多いようです。これは戦時中の国策標語の一つで、「欲しがりません勝つまでは」と並んであげられます。
物や金がなければ知恵でなんとかしろといった意味で、資源不足も貧困も個人で対応しろという精神論の最たるものです。「精神論では勝てない」ということは、幼いときに親元を離れて暮らしていた母の実家の寺の行事のときに、檀家の方々がよく話していたことで、子ども心にも強いインパクトを持って感じ入っていました。
苦しい時代になると、驚くような標語が出てくるのは世の常で、コロナ禍の時期にも「足らぬ足らぬは我慢が足らぬ」と言う人が増えました。本当なら、コロナ禍にこそ「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と言いたかったところですが、戦争の時代と比較することへの抵抗もあってのことかと思います。
いくら工夫をしても対応できない状況になったときには、工夫をし続けなければいけないということで「足らぬ足らぬは努力が足らぬ」というキャッチフレーズも出てきました。このキャッチフレーズは、東京で仕事をしていた大手広告代理店からの依頼で、時代を反映したフレーズの案として提案したときに、他の方が提案したものです。
そんな「足らぬ足らぬ」と言わないで済むような時代が、いつまでも続くことを願って、倫理コラムとして書きました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕