文章は短いほうが頭に入りやすいということを常に心の中心に置いていて、1行が40字の文書作成ソフトの場合には2〜3行で句点(。)で区切るのを原則としています。これは小学5年生のときに父から書き写しをして文章の勉強をするように日課として渡された朝日新聞の天声人語(朝刊1面の連載コラム)の短文を見本としていたからで、短い文を数多く重ねるということで起承転結の書き方を覚えてきました。
当時の天声人語は800字でしたが、今は新聞の文字が大きくなったために603字となっています。文章は800字で完結させれば、それが1000字でも、それ以上でも増やすことは難しくないということも覚えました。
短文の面白さを知ったのは小学校に上がる前の3年間、母の実家の寺(新潟県出雲崎町)で暮らしていたときに、意味もわからずに正信念仏偈を見ながら住職の祖父の声を頼りに見ていたことがきっかけでした。正信念仏偈は親鸞聖人が記した7言120句の文章で、全体で840字となっています。
この長さなら覚えられるし、書けるという感覚でしたが、もっと短い文に巡り合ったのは中学3年生のときに、転校先の新潟県糸魚川市の相馬御風記念館(糸魚川歴史民族資料館)で見た相馬御風さんの詩でした。
出雲崎町は良寛和尚の生まれ在所で、良寛和尚を有名にした研究者の第一人者が相馬御風さんであったことから興味を持ちました。著名な文学者ですが、有名な詩としては早稲田大学校歌「都の西北」、童謡「春よ来い」、歌謡曲「カチューシャの唄」などがあり、私が通っていた糸魚川中学校の校歌の作詞者でもありました。
できるだけ短い文字数で表現することが仕事になったのは、機関誌の編集のタイトル、テレビ番組のテロップの作成でした。キーワードを本文の中に入れ込んで、書くことの重要性を教えてもらったのは若い頃に巡り合った米山正夫先生(あまりにも有名な作詞・作曲家なのでネット検索してください)で、有名な言葉をもじって強い印象を与えるというコラムの書き方でした。
その指導で私が文に使ったのは「身から出たサービス」「絵に描いたモチベーション」「オンをオフで返す」「狂気の沙汰も金次第」「腐ってもタイアップ」「信じるものは足元をすくわれる」などで、自分でも面白いと思った短文が思い浮かんだときには、よい文章になることを何度となく経験してきました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕