家出(いえで)と出家(しゅっけ)は、同じ文字が使われていて順番が違うだけですが、意味合いはまったく違っています。家出はよくないことで、出家はよいことという分け方をする人もいて、家出は不良や非行の行動、出家は僧侶としての良い行動ということです。
家出は何も問題行動ではなくて、家庭に馴染めないことで一時的に離れる子どももいて、これを不良と決めつけるようなことはできないはずです。
出家は、俗世間と離れて仏門に入り、仏道修行をすることで、その行動をしている人も出家と呼びます。お坊さんと呼ぶ代わりに、「御出家」と言うこともあります。少なくとも出家はよくない意味はなくて、そうでなければ敬語のように使われることはありません、
出家を表す英語は諸説ありますが、「go off」が使われることがあります。「go off」の直訳は出発するで、去る、離れる、消えるといった意味もあります。
俗された世界から離れて、真理に向かって進んでいくのはONなのかOFFなのかと問われればONであるはずなのに、OFFと感じられることがあるのは、これまでの生活や実績からの離れていく、まるで“世捨て人”のような感覚があるからです。
世俗を捨てても、それは自分自身の欲望や周囲からの期待、思考を抑えても生きていかなければならないという苦しみさえ感じることから離れることであって、これまでに考え、積み重ねてきたことを捨てているわけではありません。
「go off」に対抗する用語は「go on」で、出家が「go off」なら、それと対をなす家出は「go on」となりそうですが、実際には、そうではありません。「go on」の意味は続けるであって、今の状態から離れることは「go on」ではなく、「go off」です。
だんだん禅問答のようになってきた感じですが、禅問答は「話が噛み合わない言葉のやり取り」という一般的な意味ではなくて、「禅宗の僧が悟りを開くために行うと問いと答えの繰り返し」としての本来の禅問答を指しています。
結論が出ないかもしれないことですが、それを行うことが悟りを開く、真実に近づくための行動ということからすると、このような自分自身への問いかけも重要と考えているところです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕