食事を摂ると血糖値が上昇して、健康なヒトの場合は血糖値を下げる働きをするインスリンが膵臓から分泌され、細胞内に糖質が取り込まれるために血糖値は下がります。ところが、食後のインスリン分泌が少ない場合や、インスリンの働きが不十分だと、血糖値が高いままの状態である食後高血糖を引き起こします。
食後の血糖値が高い状態が続くことは糖尿病予備群の可能性があり、さらに動脈硬化の危険因子となるため、注意が必要です。
そこで、これまで食後の血糖値上昇を抑える食品や食事法に関する研究が数多く行われてきました。その一つが「咀嚼、噛むこと」です。
咀嚼は消化の最初のプロセスであり、固形物を粉砕し、唾液の分泌を促します。さらにエネルギー吸収に関与し、充分な咀嚼は空腹感を抑えることが報告されています。
健康な成人を対象とした研究では、食事の前にガムを噛む、または食事中の咀嚼回数を増やすことにより、食後の血中グルカゴン様ペプチド−1やグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチドなどのインクレチンの分泌が促進され、早期のインスリンの分泌が促されることで、食後血糖値の上昇が抑えられることが明らかとなっています。
食事の初めに野菜を摂取する、いわゆるベジタブルファーストの食事法は、食後血糖値の上昇を抑える働きがあることが報告されています。これは野菜に多く含まれる食物繊維が関係していると考えられます。
また、野菜の形状の違い(固形または液状)によって食後血糖値に及ぼす影響は異なることが報告されています。しかしながら、野菜を咀嚼して摂ることが食後血糖値とインスリンやインクレチンなどのホルモンの分泌に及ぼす影響は不明でした。
早稲田大学スポーツ科学学術院、同大学スポーツ科学研究センター、キユーピーの研究グループは、野菜(キャベツ0)を「咀嚼して食べるとき」と「咀嚼せずに食べるとき」の食後における代謝への影響を調べたところ、噛むことで食後の血糖値を下げるホルモンであるインスリンがしっかりと分泌され、その作用機序の一つとしてインスリンの分泌を促す作用を持つホルモンであるインクレチンが食後の初期段階で刺激されることを発見しました。
19人の健康な成人男性(平均22歳)を対象として、野菜を噛んで食べる「咀嚼条件」(千切りキャベツ+ゼリー飲料)と野菜を噛まずに食べる「非咀嚼条件」(キャベツ粉砕物+ゼリー飲料)のそれぞれ2条件に参加する交差試験が行われました。
食べ始めを0分として、0分、15分、30分、45分、60分、90分、120分、180分後に、それぞれの条件で採血を行い、血糖および血糖値変動メカニズムの指標としてインスリン、インクレチン(GIP、GLP-1)の血中濃度が調べられました。
試験全体(180分)におけるインスリンおよびGIPの上昇曲線下面積が咀嚼条件で高値を示すことが確認されました。一方、血糖では明らかな差は確認されませんでした。
また、消化吸収速度で血中の応答が変わってくるGLP-1には、胃内容物排出の遅延を介した食後の血糖値の上昇を抑制する作用を有するため、GLP-1の血中の経時変化による解析を行い、比較したところ、咀嚼条件で食事開始45分から90分の時間帯で高値を示すことが確認されました。一方、試験全体(180分)におけるGLP-1の上昇曲線下面積では明らかな差は確認されませんでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕