奇跡の軌跡14 1995年からの執筆の軌跡

1995年というと、さまざまなことの始まりの機会となった年ですが、どんな年だったのかということを思い出すキーワードとして多くの方に通じやすいのはWindows95が発売された年です。

マイクロソフトがWindows3.1の後継として登場したコードネームWindows4.0の商品名として発売年を記念して命名されました。

Windows95の前と後とで時代の違いは明らかで、これまでは専門家でしか使えなかった機能が一般でも簡単に使えるようになり、いわゆる素人でも扱えるOSが導入されたことで、インターネットの普及が一気に進みました。

そのおかげで、調べごとをするのが楽になり、それまでは専門家だけがデジタルデータを引くことができた状態から、誰でも(その気になれば)専門家のように仕事ができるようになったきっかけでした。

その前の時代は裏付け資料を書籍や紙で保存しておいて、それを引いて資料を探すのが仕事の半分以上という時代だっただけに、物書きには“嬉しすぎる”大変化で、書くことに充てる時間を長くすることができました。

PHP研究所の出版物でゴーストライターを始めたのは1981年のことで、15年間で150冊を手掛けたので、最後の1冊が発行されたのは1995年のことでした。

経験の少なさからデータが足りないために書けなかったことが、自分でも可能になったことで、ゴーストライターだけでなく、自分で表現できるようになりました。

ゴーストラーターは、Windows95の前と途中の150冊のあとに、34冊を別の舞台(出版社や団体など)で書くことになりました。

といっても、私が使っていたのはMacintoshで、これは編集、印刷、研究分野で使われていたからですが、30年が経過した今でもMacにWindows変換ソフトを入れて使っています。

パソコンが専門分野で使われていたときでも、まだまだ執筆には使われていない時代で、原稿用紙に手書きすることから始まり、ワープロでの執筆に移っていきました。手書きをしすぎて、途中で腱鞘炎になってしまい、もう書けないと伝えたら、2日後に家にワープロが送られてきました。

ワープロといっても、まだワードプロセッサーと呼ぶのが相応しいような画面が緑色で、文字変換に時間がかかり、手書きよりも手間がかかるもので、それでも70万円以上しました。

打ち込んだ原稿をプリントして出版社に持ち込んで、オペレーターが印刷用のデータを打ち込むという手書きと変わらない工程でしたが、そのうちワープロのデータがパソコンデータに変換できるようになり、これをインターネットを介して送ることができるようになり、家から出ないで、ずっと書き続けられる時代となりました。

1999年には東証マザーズが始まり、その上場第1号のインターネット総合研究所の代表が親戚だった関係で、ネット環境は一気に改善されました。それでも通信で送るのは時間がかかり、フロッピーディスクを宅急便で送るのと、どちらが優位なのかという議論をするくらいの時代がありました。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕