偽る脳力89 何が重要かは人によって異なる

時間泥棒の被害に遭ってしまうのは、重要度と緊急度の認識が違っていることが原因になっていることがあります。重要度の認識が同じであれば、一緒に活動できるはずなので、活動のために時間がかかっても、それは必要な時間となります。

同じ重要度の高いことであっても、急いで対処することがあるときには、他のこと(重要度が一番でないこと)を止めても力を注いでいくことが求められます。

ところが、重要度と緊急度の認識が違っていると、片方は重要で緊急だからと時間をかけていても、もう一方は重要と思っていない、緊急と思っていないということだと、片方は自分が頑張っているのに平然とした顔をしていると判断して腹を立てることになり、もう一方は何を急いでやろうとしているのか理解できないということにもなります。

重要性と緊急性については4つに分類(A〜D)して優先順位がつけられているのが通常です。

〔A〕重要度が高く急ぐ必要があること
〔B〕重要度は高いが急がなくてよいこと
〔C〕重要度は低いが急ぐ必要があること
〔D〕重要度が低く急がなくてよいこと

第一に取り組まなければならないのは重要性と緊急性がある〔A〕であるのは当たり前のことで、重要性はあるものの緊急性がないことは〔B〕とされます。

通常は〔A〕の次は〔B〕であるはずなのに、重要でないのに急ぐ必要がある〔C〕、例えば苦情処理のように手間ばかりかかる雑多な仕事を先にしなければならないことが起こります。

そして、重要度が高くはなくて急がなくてよいことの〔D〕は削除対象になり、これに力を注ごうという人は少ないはずです。共通認識があれば、お互いが、このような判断をしてスムーズにいくことになるのでしょうが、認識が違っていると、どんなことであっても〔D〕と認識されがちです。

〔A〕だと思ってやっていることを〔D〕だと判断されたら、自分にとっては時間泥棒をされたことになります。そのようなことにならないように確認をしてから進めていても、後になって判断を変えたり、他に重要だと考えていることが生じたからといって、これまでの〔A〕〔B〕がすべて〔D〕にされてしまうこともあります。

自分時間泥棒をされたと思っていても、相手は何度も思わないということもあって、これが一緒に組んで進むことができない原因になることも少なくありません。

中には、共通認識だったはずの緊急性と重要性の軸を自分の都合で変えてくる人もいます。本人にとっては周囲に(人によっては自分自身に)言い訳ができれば変えることは問題がないのかもしれませんが、一緒に活動しようとしている人にとっては、こんなに困ったことはないのです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕