忘れる脳力28 時々の初心

室町時代の能楽の大家の世阿弥が記した能の秘伝書『花鏡』に残した言葉には、「是非とも初心忘るべからず」に続いて、「時々の初心忘るべからず」と書かれています。

年盛りから老後に至るまでの、それぞれの段階で年相応の芸を学び、それぞれの初めての境地を覚えていることによって、幅広い芸が可能になると説明されています。

年齢に相応しい芸と技能があり、それぞれの段階を経験して、それぞれの試練を乗り越えていくことを指しています。

本当の意味の初心者だけでなく、段階を重ねて、すでに初心者と呼ばれることがないようになっても、それぞれの段階で初心者の心構えで励むことの重要性を述べている言葉です。

今の自分は一足飛びに初心者から、技術や経験を重ねた状態になったわけではなくて、すべての段階で初心を大切にして歩んできたからこそ、技術と経験に裏付けられた現在の地位があるという考えです。

これは本当の意味の“初心”を忘れないように常に振り返るだけでなく、それぞれの段階に達したときに得た“初心”を抱くことによって、さらに次の段階にステップアップしていくことができます。

この初心の境地は、能などの芸事だけでなく、あらゆる仕事にも通じるところではあるものの、単に売り上げが伸びた、地位(役職や責任など)が高まったということでは、達成しにくいことかもしれません。

芸事の世界には家元制度があるところが多く、一つずつ高まっていくという目標が明らかにされていて、地位は信頼と収益が着実についてくる仕組みになっています。これは家元制度の中にいれば、着実に質と地位が保証される伝統的な世界であるからです。

これに対して、現在の転職が当たり前、組織を離れることこそステップアップという感覚が当然と考えられるような時代には、「時々の初心」の意味合いが違ってきます。新しい職場、新しい取り組みが、それぞれ初心となり、これを克服することこそが「時々の初心忘るべからず」ということになるようです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕