忘れる脳力29 老後の初心

「初心忘るべからず」の最後の教えは、「老後の初心忘るべからず」で、室町時代の能楽の大家の世阿弥が記した能の秘伝書『花鏡』の「是非とも初心忘るべからず」、「時々の初心忘るべからず」に続く言葉です。

「時々の初心忘るべからず」では、それぞれの段階の初心について記されていて、その段階には老後も含まれています。家元制度のような伝統芸の世界では、身体が動き限りは、たとえ体力の衰えで表立った芸事が続けられなくなっても、指導する立場は延々に続きます。

「いつまでが現役か」と問われれば、「死ぬ直前まで」と答えるのが当然と考えられるような世界です。だから、「時々の初心」と老後も含まれているので、最後の「老後の初心」は必要がないように思われることもあります。そのような解説もされがちです。

ところが、あえて「老後の初心忘るべからず」と重ねて記しているのは、「時々の初心」を超える重要な「老後の初心」の意味合いがあるからです。それは、年をとっで初めて行うことがあることを指してのことです。

例えば、家元制度で言えば、トップは宗家(家元)であって、そこを目指そうとしても宗家は、その家に生まれた者だけが許されるゴールです。会社社会のように社長、会長になるチャンスは誰にもある、可能性はゼロではないという世界とは違っているのです。

組織のトップを目指すのでなければ何を目指すのかということですが、はっきりとしているのは「年をとったから、もういい」ということがない世界だということです。

幾つになっても初めて遭遇する局面はあり、それに対しては新たな気持ちで向き合わなければなりません。また、年齢を重ねて技術を高め、周りから尊敬されるようになっても油断をすることなく、さらに自分を磨き上げなければならないと言う深い意味合いがあります。

一つの世界にいた人は、芸事でも技術職でも、その内容だけで評価されるわけではなくて、人間性という世間の評価がついて回ります。それだけに自分が、どう感じているかではなく、周りの人に任せるしかないことです。

“老後”という用語には、その年齢に達した身には抵抗感を感じることもあるのですが、常に学び続ける姿勢は忘れてはいけないことです。それを的確に表す用語として、メンターン(mentern)という造語を掲げています。

これは指導者、助言者を意味するメンター(mentor)と、経験を積む立場を意味するインターン(intern)を合わせたもので、常にメンターンの気持ちをもって学び続けることは、今のように変化が激しく、これまで想像もしていなかったことが起こりかねない時代には大切な姿勢だということを伝えています。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕