食事提供と栄養学のマッチングは病院給食から始まりましたが、私が所属していた民間の病院栄養管理研究所には、新規の案件として福祉給食のコンサルタントの依頼が舞い込むようになっていました。
一つの理由は、研究所の事務長(元職は日本栄養士会の事務局長)は東京都世田谷区の住人で、奥さんが区役所の近くで居酒屋を経営していて、その客の中に高齢者福祉としての配食(家庭への弁当配布)の担当者がいたことでした。
もう一つは、世田谷区の配食の検討会のトップとして招聘されたのが私の叔父の社会福祉学者で、当時は日本社会事業大学の学長を務めていました。大学は当時は原宿にあり、叔父も私も原宿の住人で頻繁に会っていたので、検討会の委員として参加することになりました。
叔父のおかげで、他の2つの区が同じような配食事業を始めるときにも委員として参加して、臨床栄養の関係者に献立作成、衛生管理などの仕事を依頼することができました。
今でこそ高齢者の食事は施設内であっても配食であっても身体の状態に合わせた治療食のような内容になっていますが、そのきっかけとなった活動に名を残すことができました。
このあと、高齢者施設の中でも有料老人ホームの栄養摂取とおいしさの両方が求められる食事のコンサルタントを務めるようになり、3施設の改善も手掛けることができました。その延長で、大手外食(居酒屋)チェーンが新たに始めた有料老人ホームのコンサルタントとともに、食事提供にも関わりました。
これは私が付き合ってきたIT関係の代表者が、外食チェーンのグループのホームページの管理を行っていたことからの紹介でした。
その活動をしているときに宅食の発案があり、私は調理から配食までのシステムづくりの企画提案をしました。そのときには、外食チェーンと有料老人ホームの事業を結びつけただけの提案と酷評を受けることになりました。
ところが、景気低迷とコロナ禍を経験して、外食チェーンが低迷になってきて、画期的な事業として始まったのが宅食で、その内容は私が提案した内容とほぼ同じで、臨床栄養の内容であることも同じでした。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕