毛髪の科学34 円形脱毛症の治療に光明

円形脱毛症は、通常の脱毛による薄毛とは違って、円形や楕円形の脱毛斑と呼ばれる脱毛部分が突然起こるものです。俗に「10円ハゲ」と呼ばれる10円玉くらいの脱毛が起こることが知られていますが、それ以上の広範囲に広がるものもあります。

再び発毛が起こる場合もあれば、完全に脱毛して元には戻らないものまで、さまざまなタイプが確認されています。

全人口の1〜2%に発症されるとされますが、円形脱毛症は、それまでの毛髪の状態、つまり薄い状態か濃い状態かには関係がなく、しかも特に兆候らしいことがないままに急にまとまって抜けるということが起こります。

脱毛部分が多いと、頭皮が直接見えるようになります。朝起きたときに枕に抜け毛がついているのは普通のことですが、まとまって抜けるようになると、これは円形脱毛症も疑われます。鏡にうつして自分で見ることができない部分もあるので、円形脱毛症の確認は合わせ鏡にするか、他の人に頭頂部や後頭部を見てもらうようにします。

初めから10円玉ほどの脱毛が起こる場合だけでなく、数本が抜け落ちるところから始まる場合もあります。まとまった脱毛が気になるときには、脱毛した部分の周りを引っ張ってみます。このときに簡単に抜けて、しかも抜くときの痛みが感じられない場合には、円形脱毛症の可能性が高いといえます。

円形脱毛症には脱毛の仕方によって複数のタイプがあります。毛髪に円形か楕円形の脱毛斑ができる最も多いタイプは円形脱毛斑が1つだけの単発型です。毛髪だけでなく、眉毛や体毛に起こる場合もあります。年齢にも性別にも関係なく、ほぼ同率で起こるのが特徴的で、80%ほどは1年以内で治るものの、次の多発型に移行する場合があります。

多発型は、円形脱毛斑が2つ以上起こるもので、治療を行っても完治するまで1〜2年かかる場合があります。円形脱毛斑が結合して拡大する多発融合型もあります。

多発融合型の結合が細長く、後頭部から側頭部の生え際に沿って蛇のように広がるのは蛇行型と呼ばれます。これも完治まで2年以上かかる場合があります。さらに進行して、脱毛斑が頭部全体に広がり、毛髪が完全に抜け落ちるのが全頭型で、ここまで進むと非常に治すことは難しくなります。

ここまで進んでしまう前に、できることなら円形脱毛症が起こり始めたときに、その原因を明らかにして、早めの対応をすることが重要になります。

円形脱毛症はアトピー性皮膚炎がある人に起こりやすいと言われているものの、それだけが原因ではありません。アレルギー症状は免疫が働きすぎる免疫異常によって起こるとされています。

本来なら外敵から体を守るはずの免疫細胞が、自分の細胞を攻撃してしまうのが自己免疫疾患で、毛髪の細胞が攻撃されると正常な発毛サイクルが乱されて、いわゆる「ごっそりと抜ける」という状態になります。

自己免疫疾患は感染症による肉体的なストレスや精神的なストレス、極度な疲労などによって体内の調整がコントロールできなくなることが要因となっています。免疫を司っている免疫細胞には白血球とリンパ球があります。リンパ球には抗体を作って外敵と戦うB細胞と、外敵を直接攻撃するT細胞があります。このうちT細胞が毛根の細胞を異物(外敵)だと間違って攻撃するのが円形脱毛症の原因と考えられています。

円形脱毛症は自己免疫疾患だけが原因で起こるものではなくて、アトピー素因がある人、遺伝的要素、精神的ストレス、ホルモン異常などが指摘されています。アトピー素因というのは、アトピー性疾患(アトピー性皮膚炎、気管支炎、アレルギー性鼻炎のどれか一つ以上)を持っている人を指していて、円形脱毛症の40%以上がアトピー素因を持つと言われます。

また、本人だけでなく、家族にアトピー素因がある場合も円形脱毛症が起こりやすいとされています。

円形脱毛症は遺伝的な要素があるということですが、それはアトピー素因だけでなく、円形脱毛症の家族がいる場合にも起こりやすくなっています。親等が近いほど発症率が高く、欧米の調査では円形脱毛症の一親等(親子)の発症率は、二親等以上の家族の10倍にもなると報告されています。それだけ遺伝が強く関係しているということです。

精神的ストレスは円形脱毛症の大きな発症要因で、精神的なストレスが高まるほど自律神経の交感神経の働きが盛んになります。強いストレスが長く続くと、交感神経が働きすぎることによって血管が収縮して頭部の血流が低下して、毛根への血流が低下します。

交感神経による血流の低下を補うために血圧が高まり、心拍数も増加します。全身の酸素不足から呼吸数も増えていきます。このような状態になっているときには、脱毛のリスクが高まっているといえます。

円形脱毛症は女性に多く、さらに若い女性の発症頻度が高くなっています。その原因として考えられているのが、女性ホルモンの減少で、特に指摘されるのが妊娠から出産後までの女性ホルモン値の変化です。

妊娠中には女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)の分泌量が多くなります。エストロゲンには発毛促進作用があり、これが減少すると発毛が抑制されて、抜け毛も増えるようになります。生理周期でも排卵期の前後のエストロゲンが多い時期には発毛が進み、毛髪の艶もよくなるものの、その変化はわずかです。

ところが、妊娠から出産後までに発毛が進んだあとに、急にエストロゲンが減少することで産後の3か月くらいには抜け毛が多くなります。このときに、他の要因が重なると円形脱毛症が起こりやすくなるのです。

円形脱毛症は多くの要因があり、遺伝子が関わってくることから、実際の原因は発祥の仕組みは明確にはされていませんでした。円形脱毛症の原因遺伝子については世界の研究機関で解明が試みられてきましたが、これまで同定されることはありませんでした。

この解明に取り組んだのが順天堂大学(大学院医学研究科皮膚科学・アレルギー学)と東海大学(総合医学研究所)の共同研究グループで、円形脱毛症の原因遺伝子の一つとしてCCHCR1を世界で初めて同定しました。

そして、円形脱毛症患者のCCHCR1遺伝子のリスクアリルをゲノム編集法で同じ遺伝子の変異を持つマウスを作成したところ、円形脱毛症患者と極めて類似の症状を再現できたと発表しました。

さらに、CCHCR1遺伝子のリスクアリルの有無によって円形脱毛症患者の毛髪の状態に差異が生じることを確認しています。

わかりにくいかと思われるので用語から説明していくと、CCHCR1(Coilde-coil alpha-herical rod protein 1)は、タンパク質の一つで、毛髪にもあることが明らかにされています。

遺伝情報と疾患の発現の関係性を統計学的に解析する遺伝統計学の手法を用いて円形脱毛症の原因遺伝子を探索したところ、人間の第6染色体の一部であるMHC領域(主要組織適合遺伝子複合体)に存在するCCHCR1遺伝子に原因となる変異があることを発見しました。

リスクアリルは疾患の発症リスクを高める対立遺伝子のことで、対立遺伝子(アリル)は両親から引き継いだ異なる遺伝子遺伝情報を有する遺伝子を指します。

原因遺伝子の解明のために共同研究グループは円形脱毛症患者の血液由来のDNAを用いた遺伝学的な解析を行い、遺伝子編集技術を用いたモデル動物の作成を行いました。

円形脱毛症患者と健常者の合計700人の血液のゲノムDNAを解析したところ、CCHCR1を構成する約750個のアミノ酸の配列のうち、587番目の配列が通常のアルギニンではなく、トリプトファンに置き換わっていることを発見しました。

この配列の違いは健常者では5%であるのに対して、円形脱毛症患者は15%で確認されました。これによって円形脱毛症患者は遺伝子の配列のタイプによって発症リスクが3倍になることを明らかにしました。

これによってアミノ酸の配列の違いが円形脱毛症の原因となっていることは明らかになりましたが、この違いによって、なぜ円形脱毛症が生じるのかという発症メカニズムの解明を進めることができます。

それによって円形脱毛症のタイプ別の診断法と各タイプに特化した治療法の開発も可能になると期待されています。それまでは、リスクが高い人は他の要因の影響を受けないように、ストレスの解消を初めとした予防策が重要になってくるということです。
〔日本メディカルダイエット支援機構 理事長:小林正人〕