「エスキモー」という呼び名は今では使ってはいけないとされています。エスキモーは現地の言葉で「生肉を食べる人」という意味で、生肉を食べていたのは昔の話であって、今は食べていないので相応しくないということからです。
それで今は「イヌイット」という民族名が使われていますが、世界の健康長寿の話をするときには避けることはできないので、あえてエスキモーを使うことにします。
エスキモーと呼ばれた時代に食べていたのはアザラシの生肉です。彼らはカナダとアラスカ、グリーンランドという寒冷地に住んでいた先住民族のため、野菜、穀類、果物などの食料は少なく、主な食料はアザラシを中心とした肉類と魚でした。欧米では北部で文化が栄えたことからエネルギー源を肉類に頼り、肉食文化が進みましたが、その欧米人と比べてもエスキモーは2倍以上の量の肉を食べていました。
肉類の摂りすぎといえば動脈硬化を思い浮かべるかと思います。アメリカ人の死亡原因の第1位は心筋梗塞などの心疾患で、肉食の影響が、そのまま現れています。エスキモーは、その2倍もの肉を食べていたのでは、さぞかし動脈硬化が多かったのだろうと思われがちです。ところが、その発症率はアメリカ人の半分ほどでした。
どうして、そのようなことが起こるかというと、アザラシの肉は牛や豚などと違って不飽和脂肪酸が多く、魚を中心に食べているのと同じような良質の油を摂ることができたからです。アザラシが主にエサにしているのは、イワシなどの青背魚が中心です。青背魚にはEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)といったオメガ3(n‐3系)の不飽和脂肪酸が豊富に含まれていて、いわゆる“血液サラサラ”のもととなっています。エスキモーはアザラシを通して、青背魚の油を摂っていたので、動脈硬化を起こしにくかったのです。
ところが、エスキモーからイヌイットに呼び名が変わったときには、保護を受けるようになり、生活の大きな変化から牛肉をはじめとした肉類を食べるようになりました。それも生ではなくて焼いて食べるようになり、疾病にも変化が起こりました。
違う種類の肉を、別の調理法で食べるようになったとはいえ、食べる量は、そうそう変わるものではありません。その結果、動脈硬化はアメリカ人の2倍になりました。つまり、イヌイットの時代になって、一気に4倍にも増えてしまったのです。